第13話 神人劇場(後編)
広場に設えられたのは石で組んだ四基の臨時の竈である。それぞれに汁物の鍋、焼き物の鍋、直火炙りの焚火もある。これまで出し惜しんできた食料を出しての宴に祭の様相を呈し始める。子供らを含めた村の衆がすべて出てきて火を囲む。この前のヤギ肉も残ってるしね。バーベキュー大会です。ここでは油を使った料理が少なかったのか、油なしの「煎る」はあっても「炒める」はなかったらしい。陶板焼きに近い石焼はあったけど。鉄鍋にバターを引いて焼く香ばしい匂いに笑顔がこぼれる。粥ではない米も炊かれ握り飯が振舞われると歓声が上がった。配られた汁の椀にゴジョウ坊が目を見開いた。言葉もなく二口三口と啜り
「ほぅ」
と感嘆を漏らす。大男などはひたすら食い続け椀が空になってから顔を上げる。給仕役の女性がその様に「ほほ」と笑い声をあげた。
「何とも美味い……」
にやり。出汁が効いてるからね。豚骨スープを参考にヤギ骨と生姜等の香味野菜でアクをとりながら煮込み続けたものだ。遠洋にいるカツオで出汁をとるのはここではまだだろう。ヤギ有能!
「ただの汁ではありますまい」
コクのある旨味が凝縮されたスープに味噌で味付けしてしてある。大根、ゴボウ、里芋に贅沢に薄切り肉やキビ粉で作った団子も入っている。〆はラーメンで行きたい逸品だ。くうっ!
「これもミカミ殿が……」
骨を煮てるときには「骨!」「いくら何でも……」「バカじゃねえのか」さんざん言われたけどな~。次に出てくるのは平たい石の上で焼かれたみそ焼きの肉だ。生姜に茗荷に紫蘇、薬味がざっくり味噌に乗る。
「これこれ、こちらに来る楽しみでありました」
これも今回は一味違う。
「いつになく美味く感じまするぞ!」
そうだろう、そうだろう。ただの味噌じゃない。味噌バターだ。
「これも……」
もう言葉はいらない。神人がいるとこれ程違うのだという事を目に胃に刻むが良い。単に僕がうまいもん食いたかっただけなんですけどね。みんな喜んでるし、たまにはいいっしょ。再三にわたる見せつけにゴジョウ坊がついに痺れを切らせた。
「ミカミ殿、御身を都へお迎えしたく存じまする」
いいね。僕は答える。
「都へ行っても僕なんか役に立つかどうかわかりませんよ。ここならみんな有難がってくれますし」
嘘です。罵倒されてました。そんな事を微塵も感じさせないように、お館様自ら若造の僕に酌とかしちゃうわけですよ。
「何をおっしゃいますか、都の者も神人の御業に畏れ敬いますことでしょう」
いやいや、それじゃあ、もっと役に立つものを出せって事になるよね。戦に役に立つような物とかさ。そんなもの知らねえし。
「都へ行って、食べて行けるだけの仕事が僕にできるかどうか…」
「出来ますとも!」
返事早いな。僕らの策にがっぽり嵌ってますね。
「まあ、お急ぎになることはありますまい」
お館様は悪い顔で微笑む。
「いやいや神人の事じゃ、いつ神世に帰られてしまうか」
そこで僕は僕が都へ行くのをためらう理由を上げて見せる。
「都へ行くと言っても道中にも不安が。危険なのでしょう?」
「そこは私共が居りますし、身形も目立たぬように変えて行くというのが」
「僕、ほかの服なんか持ってませんし、旅をするにはお金もかかるでしょう?お金も持っていないんですよ」
ゴジョウ坊が目をむくが、お館様は空とぼけて明後日の方を見やる。「我等は貧しき村にて」仕方ないでしょという風にコレチカも呟く。お館様をはじめ村の衆が神人を都へ遣らぬために良くない話を聞かせ服や路銀を出し渋っていたように見える筈だ。いやいや無駄飯食いって追い出されるとこだったんだけどな。
「そのような物はこちらで用意できまするに」
あ、経費で落ちますか。いいですね。にやり。
「神人は都へ送るのが慣いでございましょう」
お館様らを牽制する。
「うーん、でもなぁ…」
僕は迷うそぶりを見せておく。
「都に興味がないわけじゃないんですよ。僕のほかにも神人が居たというのならば、その人について知りたいですし」
それでちらっとゴジョウ坊を見たりしちゃうわけよ。
「もちろん神人の記録は多く残っておりますぞ」
もう、食いつき良すぎ。
「でも、この村の人たちとも仲良くなったし、離れ難いというか…」
ゴジョウ坊は僕から都へ行くという言質をとれずに手を揉みしだく。
「あ、そう言えばこの村の品を都へ売りに出すっていう話があるんですよね」
これにはお館様も頷く。
「そういう話はございますな」
「都にも知り合いがいると心強いし、この村の人が都へ行くのならば、その時に一緒にでいいかなって」
商品の売り込みと市場調査が必要だと思っているんですよ。アンテナショップがあればなお良し。
「ではこちらの方もこの機会にこちらに出向くというのは?」
「いや、急なことで路銀などとても」
お館様もコレチカも慌てて断りを入れる。都へ人を遣るなどとは数年越しの準備が必要になる村なのだ。が、ゴジョウ坊はこれを機とみて畳みかけた。
「我らと一緒なら往きは問題ありません」
滞在も以前そうだったようにゴジョウ坊らの家に滞在すればよろしいと言う。
良し、言ったな!
これには「ほう」とお館様、コレチカが愁眉を開く。が、どうだと伺った肝心の僕がまだ納得していない。僕は腕を組んでそれを考慮中、のふり。そして今思いついたとばかりに条件を挙げてみせる。
「一番いいのは都とこの村を好きな時に行ったり来たり出来るということですね」
「行ったり来たり…」
あ、上手く伝わってないな。
「僕が伝えて作ってもらったような品がこれからもこの村から都へ運ばれてゆきます、荷駄が通れるような道もあれば行き来しやすいんですけどね」
流石にこれには困惑したようだ。
「道ですか。道を敷くなど大掛かりなことは政でございますよ」
そこへお館様が口を開く。
「いずれ我らもとは考えておりまするが」
「ほうほう、ではいよいよこちらもヒの元に戻られるか」
長年の懸念材料はお互い承知の話なのだ。この村もどこかへ帰属し、先々納税や交易のために道を付けることもあるだろうと。ならば言う事聞かせられると思ったでしょ。そこはスルーして
「だが、神人の知恵や技をもって作ったこれらの品を託すに足る領がありましょうか」
お館様は別の問題を挙げて見せた。
「それは……」
僕が伝えた神人の知識や知恵がどれほどのものか、ゴジョウ坊には全体像が把握できていない。この村がどこかの領に帰属することになれば、その技術も知恵も富もその領のものとなるだろう。隣領クキに更なる繁栄をもたらすか、それともナナツギに機会を与えるか。ゴジョウ坊は逡巡する。僕を都へ連れてゆく事ができたとしても独占できなければ意味がないのだ。いずれにせよ中央政府のためにはならない。迷うなよ。ほら、妙案があるでしょ。ヒという国や都が神人を抱え込むためには
「信頼できるところで」
「道を敷くくらいできる規模の大きなところで」
「僕が行ったり来たり出来る」
「……都に王家の御用牧がございましてな、この村をそのような扱いにするというのは如何なものでしょうか」
正解。
いずれ税を払ってゆかねばならないのなら、少ない方がいいだろう。江戸時代の話として税率は四公六民。これは天領、幕府直轄地の話で諸藩の税率はややも変わる。何故なら諸藩が幕府に収める分に加えて、諸藩の運営費がかかるからだ。つまりは中間搾取が行われているから。僕がお館様に提案したのはこれ。中間搾取を廃せば、税率は下がる。目指したのは天領化。この商談、最大の取引材料は僕だったのだ。
税を取り、いい商品を手に入れたければ道も作っていただきましょう。交易路の敷設も丸投げだ。そう、そして最大のキモは、このプランがゴジョウ坊の方から出されたという事だ。彼は神人を都へ連れ帰るために、このプランを実現すべく国の内で動くだろう。王の耳目にこの村に後ろ盾を得るための手足となっていただきましょう。ちなみに僕的にはご飯が食べていけるならどっちでも良いんです。移動することで神世に帰ることもあるっていうからね。ヤギシステムはもう稼働しているし問題ナッシング。さあ、人の金で都へ行くぞ!
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