第5話 親切な現地の人って何ですか

 方丈に行くとお館様とコレチカ、昨夜は姿を見なかった婆が待っていた。ハトジと紹介されたけれど名前なのかどうかわからない。「おっ、奥方様でしょうか?」と聞くと「年嵩じゃから女衆をまとめてはおる」と笑われた。ハト婆は女衆の代表としてこの場にいるらしい。お館様の奥さんが女性代表だろうと思ったのだが、奥方様は久しく昔に亡くなっており、半分ハズレ。身分制度って難しい。

「わしのかか殿は女衆と共に働いておる」

コレチカが言う。小川で水につかっていたあの中にいたのだろう。単純に年功序列というわけでもなさそうで、親や教師以外の大人と接する機会などなかった僕がどうふるまうべきか悩むのをよそに、三人は僕の手荷物に目を奪われていた。

「……まあ、何とも…」

どうやらそれらは言葉を失うような代物らしい。飲み終えたペットボトル2本。ビニール紐一巻き。レジ袋。個包装になったマスク。財布も兼ねてる携帯電話。そのすべてが入っていた小ぶりのリュック。ことビニール類が珍しいらしく、撫でたり透かしたりしている。いざと言うときの電力確保のために切ってあった携帯の電源を入れて爺婆親父と一緒に自撮り。って撮っても誰に見せるっちゅうの。が、三人は画像には開いた口がふさがらぬようで、「…時を止める道具とな」これはちょっと気分がいい。ほら串刺しにしちゃわなくて良かったでしょ。僕の手柄じゃないけどなー。次から命に危険が及んだときはこれを使おう。そしていよいよ本題に入らねばならない。

神人とは何だろうか

という事である。

「あの……僕は……突然見知らぬ場所にいて、元の場所へ帰ることもできないし、何も持ってないし…昨夜、皆さんは僕のことを神人だと言ってました」

顔はモブ、身長は今時低めの一七三で中肉、ファッションセンスはし〇むら、音楽絵画芸術センスゼロ、大学受験全敗程度ののび太、部活は途中退部の根性なし、気分次第の予備校ライフを送るやる気のなさ……自分で考えてイヤになりそうなこの僕を、神人だと言った。

「本当に僕は……カミヒトなのですか?だとしたら神人って何なんですか?」

三人は平凡太郎(え?それ以下?)の僕を見つめる。

「……其方が神人だという事は確かであろうな」

お館様が僕の持ち物に目を落とす。唐突に見知らぬ場所に出現した状況。見たこともなく作ることも不可能な品々。コレチカとハト婆も頷く。

「が、何と言われても……神人は神人じゃな」

ごく当たり前の事を説明する方が難しいという顔をする。儂等とは違う、と首を捻る。そこよ!どう違うのよ。

「その……神人は特別な、普通の人ができないような事ができるのでしょうか?」

そう、重要なのはそこなのだ。だって異世界だよ?何か特別感があってもよくない?転移してしまった不利益を補うような詫びチートが。無人島に一つだけ持って行ける物的な異世界物語をたくさん読んできた。その異世界転移が起こったんだよ?そうならば僕にもチートがあっても良いでしょう?思いつくままに挙げ連ねた。

「魔力があるとか!精霊の加護があるとか!身体強化ができるとか!病気や怪我を治すことができるとか!不老長寿とか!魔物を手なずけるとか!ステータスが見えるとか!鑑定できるとか!収納魔法が使えるとか…」

言いつのる間に三人の目が見開かれてゆき、婆がくッと噴き出すと

(えええ?)

歯に抜けた口をさらして三人はふわっふわ、ひえっひえ笑い出した。婆など笑いすぎて胸を押さえて突っ伏してしまう。はッ、恥ずかしすぎるッ。自分でも躊躇いはあったのに聞いてみたんだよ?「鎮まれ俺の左腕」とか言ってねぇのにっ!しかも一つ一つの言葉の意味を説明させられるという羞恥プレイ付き。ええ、現代日本のハジ晒しときましたわ。が、散々笑ったせいで場はほぐれた。コレチカが下がった眉のまま継いだ。

「神人は人だ」

僕のささやかな希望は完全に否定された。神人は人だから腹も減れば眠りもする。切れば血が出るし、病や老いで死にもする。ただ一点だけが違う。

ある時ある場所に何の前触れもなく降臨りる、

と。いやいや、神だろうが人だろうがいきなり出現するって異常事態よ?魔力(と中二)が笑われて転移は常識って納得がいかんでしょ。そして

「神はあったりなかったりする」

こうなるともう理解不能です。

「居ったはずの場所に居なかったり、居る筈がないところに居たりする」

そもそも神って言うのだから有難いものを想像するのに、湧いて出て消えるだけなら有難くもなんともない。しかも不随意、意図的に転移、移動できるわけでもないらしい。

「……それって神なの?」

期待があった分テンションダダ下がり。役に立たない。マジで役に立たない。

「神人は神世の知恵をもたらすのよ」

コレチカが僕の不満にこたえた。この国の起こりの頃には幾柱もの神人が降臨したのだそうで、神世の技で富み栄えた人々が道を敷き或いは海沿いに川を遡って土地を開いていった歴史があるのだそうだ。

「其方はこれを作れようか」

お館様が例えばと空のペットボトルを指す。透明で軽く割れない丈夫さの水を漏らさぬ容器。これが量産できるなら、輸送や経済、生活も大きく変わる事だろうと僕にもわかった。だけどこれは作れない。プラスチックが石油製品である事は知っていても、石油を採掘することも生成することもできない。ペットボトルに限らない。僕は僕がもっていた物のどれか一つでも自分で作り出すことができない。

「僕は…僕は何の技術も知識も持っていないです」

僕は僕のまま何も与えられずにこちらの世界に放り出されている。「其方とて昨夜コレトウの足を手当して見せたではないか」というが、あれはたまたま同じ怪我をした経験があったからであって僕は医者でも何でもない。スキルも魔術もないならば、ホームガード候補生の僕にできることなどないのだ。今度はコレチカが迷いながら言った。

「此処は他所との行き来がない村よ」

この村では年に二度だけ塩や鉄器、ここでは作り出せぬ物、どうしても必要なものだけを都の伝手から手に入れている。道もないから人が担いでくる分だけの量を細工物や毛皮と交換するのだそうだ。

「豊かな村ではあらねば」

物々交換の交易で貨幣経済すら浸透しているのか怪しい、ほぼ自給自足の村。なぜ貴族に転生する話が多いのかようやく僕にも分かった。サジほどの子供でさえ食うために働く。貴族でもなければ即座に働かねばならないのだ。これまで僕は親がいて予備校生をやらせて貰っていた。自慢じゃないが食べる心配はしたことがない。では僕が僕自身の食い扶持を狩りや採集で手に入れる事が出来るかといえば

(…ムリ)

エコ&ナチュラルなんか興味なかった僕には自然派生活に役立つ知識もない。

(マズいよね、これ)

ってか、状況を察するのが遅いって?その通りです。簡単に言えば、これは村の代表三人の前で

「お前何かできるの?」

って話をしているのだ。神世の知識や技術はこの村で利用することができる物なのか。僕がこの村に役立つかどうか。答えは明白だ。

(完全無能……)

あれ?これって無能の烙印を押された召喚者の件に似てない?いやいや、あれは後から実はチート有だったことが証明されるから面白いのであって、まんまリアルの無能確定している僕の場合はどうなるの?マズいよ…ね……。

「……僕が身に着けている物を売ることは出来ますか?」

僕にはもう初期装備を売りに出すことくらいしか思いつかない。

「都ならば出来ようが」

神の裔である事を誇る貴族には高値で売れるだろうと言われた。しかし、僕が身に着けていた物はここでは生活に必要がない、無くても困らない物に対価を支払うことは出来かねるらしい。また所持していた物を売ることは神人である証がなくなってしまう事でもある。よくよく考えた方が良いと助言される。

「都……」

ここは神人によって興った国だ。国ならば人の集まる中心がある。

「都へ行くのも手であろう」

貴族として遇されようから食うに困ることはないとお館様は言う。この国が統治する各領は神人が現れた場合速やかに都へ送るよう申し付けられているのだそうだ。神人がもつ知恵や技術を一つの地域が抱え込んでしまわないようにだろう。と、いう事はですよ、この三人が僕を引き留めずに都行きを示唆するのは役に立たなそうと判断された訳ですよ。間違ってないわ、それ。

(……行くか?都…)

考える。都ならば持ち物の一部を売って凌げるだろう。だけどさ

(僕だよ?)

迷う。きっとすぐにも無能であることがバレる。それって、スゲエところからきた転校生が、見た目も中身も期待値に反してそれ程でもなかった時みたいにならない?顔もモブだし。国とか貴族ってことは税金で食わせてもらえるかどうかに関わる話よね。転校生がイケてるかどうかよりシビアな話になることは間違いない。それでも僕は行くべきか。コレトウを助けたことで少しは感謝されているここで自活の道を探るのか。世界を救う旅に出るかを迷うどころか、路頭に迷う瀬戸際よ。よく考えろ、僕。

「都は遠いですか?……車とか電車とかないんですよね?歩いて行くとしたらどのくらい?」

情報を増やそうと考えたが、それ以前の問題も発覚した。

「その姿のまま街道へ出れば貴族だと思われよう」

なんとこの村の人たちのように前を袷せる形の服装だけではなく、珍しくはあるが洋装があるらしい。こと貴族は神人との繋がりを示したがるために、その傾向が強く、一人歩きの貴族だと思われれば身ぐるみ剥がされて殺される恐れもある、と。

(そんなに危険なところなの?)

しかも僕はスキルなしよ。武力どころか喧嘩もしたことないのよ。流石に死に戻りするかは試せませんて。

「伝手はあるが故に」

年に二度来るという交易の相手に頼めば都までは送ってもらえる。そして、しばらくすればその相手が来る季節であるらしい。要するにそれまでに決めろという事よね。

(……)

都に行くにしろ行かないにしろ、それまでの間どのように暮らしてゆきゃいいよ?既にツんでない?これ。


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