第10話「女の子に染まってる」
昼休みまであっという間だった。思っていたほど緊張することはなかったけど、新しい環境はやっぱり新鮮で、退屈する暇がなかった。マイ以外にも休み時間の度に何人かが話しかけてきたけど、そんなに仲良くなれそうな感じはなかった。何か探られてるみたいな感じで、警戒感がある。それは仕方ないことだ。ボクだっていきなりやってきた転校生といきなり友達になろうなんて思えないだろうし。
「昼ご飯どうするの?」
マイだけ、最初から警戒心がなかった。だから、ボクの気持ちも解けたんだと思う。
「パン買ってきたから、ここで食べるつもり。マイはいつもどうしてるん?」
「私はお弁当だよ。一緒に食べる?」
「うん。でも、ちょっと飲み物買わなきゃ」
「それなら売店まで行かなくてもすぐ近くに自販機あるよ。私も買いたいから一緒に行こう」
ボク達の教室は校舎の一階の一番端にある。そして、校舎出てすぐのところに自販機があった。
ボクはちょっと迷って紙パックのコーヒー牛乳を、マイは無糖の紅茶を買った。
「甘いの好きなんだ?」
「パンにはコーヒー牛乳ってイメージ」
教室までの短い距離じゃまともに会話をする時間もない。
席に戻ると、ボクはコンビニで買ったコロッケパンをカバンから取り出す。荷物に潰されてちょっと可哀想なことになっていた。それに対して、マイのお弁当は華やかだった。炊き込みご飯に置かずは唐揚げと卵焼きに人参と里芋の煮物、ブロッコリーにプチトマト。彩りも鮮やかで健康的だ。
「コロッケパンじゃん!それセブンのやつでしょ?いいセンスだね」
「そんな豪華なお弁当持って何言ってんの?」
「今日から新学期だからって、母さんが張り切ったみたい」
きっと、すごくいいお母さんだ。そういえば、ボクの母さんも新学期のはじまりとか節目にはちょっとだけ気合いの入ったお弁当を作ってくれた気がする。一人暮らしをはじめてまだ2日目なのに、ちょっとだけ家が恋しくなった。ある程度生活になれるまで母さんが一緒に住んでくれるって言ってたんだけど、断ってしまったんだ。ちょっと後悔した。
「素敵なお母さんだね」
「冴のお母さんはお弁当作ってくれないの?」
「私、一人暮らしだし」
「え?マジ?寮じゃなくて?あ、だったら寮の食堂で食べるはずだもんね」
「変な時期に転校してきたから寮に空きがなかったんだよ」
ボクがコロッケパンを頬張ると、マイもブロッコリーに箸を伸ばした。野菜から食べる主義らしい。そういえば、リカもそうだった。彼女のことを思い出したら、こうして平和に女の子とお昼ご飯を食べていることが申し訳なくなる。
「マジか!めっちゃ羨ましいんだけど!一人暮らしって憧れるなあ」
ブロッコリーをしっかりと咀嚼して、飲み込んでからマイは口を開く。言葉遣いは汚いけど、こういうところは上品だ。ボクのことをお嬢様呼ばわりしたけど、多分、マイの方がずっとお嬢様だ。よく見るとすごく姿勢もいいし、いろんなところから上品さが滲み出している。
「どうした?冴みたいなキレイな子にそんなに見つめられたらドキドキしちゃうよ」
急にキレイとか言われてしまって、ボクはさらに言葉を失ってしまった。微妙な空気の沈黙を誤魔化すためにボクは慌ててコロッケパンをもう一口頬張っって、気持ちを落ち着けて、言葉を探す。
「マイって結構お嬢様っぽいな、って思って」
結局、思ったままの言葉を吐き出した。ボクはあまり口が巧い方じゃないから。
「なんだよそれ」
マイがちょっと照れたみたいに笑う。
「なんか、育ちが良さそうだなあって思ってさ」
「別にそんなことないよ。うち、ヤクザだし。父さんは組長」
本当なのか冗談なのか判断が難しいところだけど、ボクは軽口を叩く。どっちでもいいし。
「じゃ、やっぱお嬢様だ」
マイは一瞬驚いた顔をして、すぐに大笑いした。
「何だよそれ。やっぱり冴って変な子だ。私の家のことを知ったらみんなドン引きして関わらなくなるのに。イジメられることもないけど」
「ヤクザでも、いい家庭ならいいでしょ。マイのお弁当にはお母さんの愛が詰まってる」
ボクだってヤクザは怖いし、最初から知ってたら関わらなかったかもしれない。でも、一歩踏み込んでしまったらどうでもよくなるものだ。
「そんなこと言われたのはじめてなんだけど。でも、思い切って言ってみてよかった。仲良くなってから距離置かれるのってキツいから、最近は隠さずに早めに言うようにしてるんだ」
明るく見えるマイだけど、多分毎日が楽しいわけじゃなかったんだろう。むしろ辛いことの方が多かったのかもしれない。でも、マイは強い。ボクだったら、きっと親を恨んでると思う。彼女の心の中の深い部分はわからないんだけど、親を恨んでるとは思えなかった。むしろ、大切に想ってる。
きっと、本当にいい家庭なんだ。
「それって、私ともっと仲良くなりたいってこと?」
「私と仲良くなると他の友達できなくなるかもよ?」
「別にいいかな。もう結構仲いいつもりだし」
「私も」
二人で笑った。本当はボクの置かれてる状況は暢気に笑っていていいものではないんだけど、久しぶりに人と触れあった気がした。そして、ボクはきっと怖かったんだ。女の子になったことで、ボクは家族以外の全部の人間関係を断った。そんなゼロの状態から、新しい人間関係を築くなんてできるんだろうか。そんな不安があった。
マイと出会えたお陰で、スムーズに女の子としての第一歩を踏み出すことができた気がする。
ガールズトークをしていると昼休みはあっという間だ。ちょっと急いでコロッケパンを飲み込んで紙パックのコーヒー牛乳で流し込んだ。ものすごく甘かった。
「ガールズトーク?すっかり女の子に染まってるじゃん」
悪霊の声が響いたけど、ボクは無視した。
あの得体の知れない悪霊を探してリカを助け出さなきゃいけないんだけど、今の所は何も手がかりがない。それでも日常は流れ続ける。
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