第7話「君、待たせすぎ」
花火大会はうちのすぐ近くの河原が人気スポットだ。そんなに大規模ではないけど、出店も出て賑やかになる。毎年八月の最後の土曜日に開催される夏休み最後のイベントだった。そして、もしかするとこれがリカとの最後のデートになるかもしれない。急転直下でボクの転校先が決まってしまったからだ。夏休みが終わったら、ボクは別の学校で女の子として新生活をはじめることになる。うちから通える距離ではないので、寮に入ることも決まっていた。
ボクはまだそれを彼女には言ってなかった。最後のデートが湿っぽくなってしまうのも嫌だし……というのは言い訳で、結局は勇気がなかったんだ。でも、さすがに黙って姿を消すなんてことはできない。だから、別の理由をつけて遠くの学校に転校することになった、と伝えるつもりだ。そして、ちゃんと別れる。ケジメをつけないと彼女は新しい恋を、幸せを見つけることができなくなってしまうから。
リカはかわいいし、いい子だ。きっとボクなんかいなくても誰かが幸せにしてくれるはずだ。
こんなお別れの日がやってくるなって想像もしてなかった。リカと最初に出会ったのは中学一年生の頃だ。同じクラスになって、ボクはすぐに彼女に惹かれるようになった。とは言っても、いきなり行動を起こしたワケじゃない。最初は彼女を目で追うくらいのことしかできないヘタレだった。
二人の関係が変化したのは、中学二年生の夏休み直前。ボクは昼休みに本を読んでいた。そんなに友達も多くないから、ボクは休み時間を一人で過ごすことが多かった。そんなぼっちの昼休みのお供に小説の文庫本はぴったりだ。その日、読んでいたのはホラーもの。夏休みに公開される映画の原作として、ちょっと話題になっていたものだ。
「それって、今度映画になるヤツでしょ?」
いきなりリカに話しかけられて、ボクは多分挙動不審だったと思う。
「そうだよ」
「浅井くんってホラー好きなんだ?私も凄く好き」
ボクは特別にホラー好きというわけではなくて、普段は青春モノとかそんなのばかり読んでる。でも嘘をついた。
「ホラー大好きなんだ」
彼女の仲良くなれるかもしれない、という下心でいっぱいの嘘だ。そして、ボクの思惑通りに、ボク達はすぐに仲良くなった。これは後で聞いた話なんだけど、リカもボクのことが気になっていたらしい。
「じゃ、その映画一緒に行こうよ!ホラー好きの友達いないからさ」
初デートは映画館に決定だ。ベタだけど、すごくドキドキしていた。気になっている女の子からのデートのお誘いで舞い上がらない男はいないと思う。
「ボクも観に行くつもりだったから、一緒に行こう」
本当は全然観たいだなんて思ってなかった。だってこの小説、つまらなかったし。ボクはただリカと一緒にいたいだけだ。
「やった!約束だよ!」
それまでのボクの人生で一番嬉しくて、幸せな約束だった。
それから、一緒に過ごす時間はどんどん長くなった。それでも、奥手なボクが彼女にちゃんと告白できたのは、中学三年生の春だった。一年、二年とずっと同じクラスだったのに、三年で別れてしまった。
「別のクラスになっちゃったね。寂しいな」
「ボクも寂しいけど、別に会えなくなっちゃうワケじゃないし」
「私のクラスまで会いに来てくれる?」
「大げさだな。隣のクラスだし、すぐに会いに行けるし」
「休み時間の度に?」
「いいよ」
「そんなに毎回来てたら、周りに冷やかされちゃうかもよ?」
「別にいいよ。だったらさ、いっそ本当に付き合っちゃおうよ」
流れの中で、自然に告白してしまった。それもちょっと冗談めかした卑怯な言い方だ。でも、これがヘタレなボクの限界だった。
「うん。付き合おうよ。ていうか、君、待たせすぎ。私、ずっと君が告白してくれるの待ってたんだよ」
「いつから?」
「去年の夏休みから。映画だけじゃなくて、一緒に花火大会とか行きたかったなあ」
「今年は一緒に行こうよ」
「そうだね。これからは堂々とデートに誘えるし。君からもちゃんと誘ってよ?」
彼女とはすでに何度もデートはしていたけど、ボクから誘ったことはなかった。断られちゃったらどうしよう、とか、彼氏でもないのに、とか考えてしまっていた。そして、誘ってくれる彼女に甘えていた。
きっと彼女だって、ボクと同じ様に不安だったはずなのに、やっぱりボクは卑怯だ。
「もちろん、誘うよ」
こんな情けないボクを彼女は好きになってくれた。散々待たせたのに、好きでいてくれた。だから、ボクは卑怯な自分を変えて行かなきゃいけない。じゃない、彼女に相応しい彼氏にはなれない。
あの日、ボクは決心したんだけど、もうおしまいみたいだ。もっともっと、彼女と一緒にいたかったけど、叶わない。最後にちゃんと彼女にお別れをする。これが彼氏として彼女に最後にできることだ。
花火大会がはじまるまでにはかなり時間がある。ボク達は早めに待ち合わせをしていた。せっかくだから露店を見て回るつもりだ。
珍しく彼女は少し遅刻してきた。浴衣の着付けに手間取ってしまったらしい。水色の浴衣は彼女にとても似合っていて、また愛しさが溢れてくる。湿っぽくなっちゃだめだ。ボクは涙を堪える。
「来年は冴もかわいい浴衣を着れるよ」
悪霊のささやきに涙が一瞬で引っ込んだ。
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