第6話「多分かわいい」
あれから、いくつかの心霊スポットに行ったけど、空振りばかりだ。有名スポットなのに霊がそもそもいなかったり、霊の死体しかないなんてこともあった。霊はいても喧嘩相手にならない、なんてこともあった。お陰でユミはずっとイライラしてる。
「この辺、全然悪霊いないじゃん!どうなってんだよ」
「平和なのはいいことだろ」
ボクの行動範囲にそんなにたくさんの悪霊がいたらたまらない。
「冴、お前なんで自転車しか持ってねえんだよ。車かバイク買えよ!そしたらもっと行動範囲広がるだろうが」
「車の免許は十八歳から。ボクは十七歳。どっちみちうちの高校は免許取るの禁止だし」
「マジメかよ!ていうか、どうせ転校するんだろ。免許OKのとこにしろよ」
ボクは転校することになりそうだ。女の子になってしまった以上、男子のまま高校に通い続けることはできない。着替えやトイレなんかの問題もあるし。夏休み明けにはまだ毎合わないんだけど、父さんが転校できそうな高校を探してくれてた。
転校先では、当たり前だけど女子生徒として通うことになる。女子高生になってしまうんだ。
「いい加減、男の格好やめたら?」
まだギリギリ男に見えるけど、別にスカートを履いても、多分違和感はない。認めたくはないけど、ボクは女の子の方が似合う身体に成長しつつあった。これまで、ほとんど性ホルモンの影響をうけたことがなかった身体は劇的に変化する。遅れてきた成長期だ。
「別に何着たっていいだろ」
「好きにすればいいけど、似合うと思うよ。多分かわいい」
バカにされたのか褒められたのかわからなくて、ボクは黙ってしまう。
「せっかく褒めてやったのに、素直に受け取れよ。私はお前の身体だから、ますます欲しくなったんだ。美しさは女の武器になる」
ユミの言ってることの意味はよくわからないけど、ボクが女の子としてもっと成長することを望んでるみたいだ。どっちみち、この変化は止められないんだけど。
でも、確かにどうせ女の子になるんなら、可愛くなるに越したことはない。きっと、その方が生きるのがちょっと楽になると思う。
「ちょっとその気になっちゃってるんじゃない?」
ボクが話さなくても、心の中を読まれているから面倒だ。ボクはユミの心は読めないのに不公平だ。
「どうせ、そのうち嫌でもスカート履くことになるんだし、高校の制服は多分スカートだし」
いつになるのかはわからないけど、確実にそんな未来はやってくる。胸が張ってる感じがする。また、大きくなってるんだ。本当、成長が早くて困る。ボクの心はまだ全然追いついてないのに。
「全然別の人間になったって、案外すぐに慣れちゃうもんだよ。多分、冴もすぐに慣れると思う」
この悪霊は時々優しくなるのもまた困るところだ。憎みきれない部分がちょっとだけ、ある。基本、憎い寄りなんだけど。でも、これだけ毎日会話を交わしていると、多少は情が移るものだ。
「どうした?冴、もしかして私に惚れちゃった?」
「それだけは絶対ない」
「なんだよ。私も昔はめちゃくちゃモテたんだけどなあ」
そういえば、あの井戸の曰くが本当だとしたら、ユミは相当な美女だったはずだ。そして、悲劇的な最後を遂げたことになる。ちょっと胸が苦しくなった。
「あ、あの噂、嘘だよ。私はあの神社で巫女やってたんだ」
「マジ?心霊スポットの曰くは嘘が多いって聞くけど、実際はそんなもんなんだ。でも、なんで巫女さんが悪霊になるの?」
「私にも色々あったんだよ」
声のトーンがいつもと違って暗い。人を悪霊にしてしまうくらいの何か大きな出来事が生前のユミにはあったんだろう。
「私は今も生きてるから、生前って言い方はやめてほしいな」
「ごめん」
今日は妙にしおらしいユミだから、ボクも素直に謝ってしまう。
「私は、ただの巫女じゃなくて、力があったんだ。いろんなことができた」
「例えば?」
「未来を予言したり、人の心を読んだり、霊的なものを視たり、祓ったり。スプーンを曲げたり」
スプーン曲げをするキレイな巫女さんを想像して思わず笑ってしまった。
「そこはジョークだよ。わかってるじゃん。悪霊ジョーク」
なんだそれ。よくわからないけど、ユミに悪霊らしくない理由のひとつによく冗談を言うってところが挙げられる。ブラックなジョークも多いけど、結構人を笑わせようとしてくるんだ。
「私も結構自分の能力に酔ってたし、調子に乗ってた。でもこういった他の人にはない力は隠すべきだったんだ。それなのに、人に見せすぎた」
さっきまで冗談を言っていたのに、またマジメなトーンに戻る。
「そしたらね、私の力を利用しようとする奴らが現れたんだ。それも、かなり悪い奴らでね。闇社会の奴らだね」
確かに予言だけでもかなりの価値だ。ちょっと考えただけでも、いろんな使い方が思い浮かぶ。
「そして、私も闇に染まっちゃったんだよね。巫女だったのに。昔話はここまで。気が向いたらまた続きを話してあげる」
気になるところで無理矢理に話を強制終了されてしまった。でも、無理に聞くこともないだろう。
悪霊にだって過去があるんだ。ちゃんと人間としての人生があったんだ。
「当たり前だろう」
声のトーンがいつもに戻った。その方がユミらしくていい。
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