31_歓迎会

 タクが家を出てから1週間が経った。


 相変わらず、タクから音沙汰は無い。朝のジョギングに始まり、仕事に行き、帰ってきて筋トレ、夜は白石さんとメッセージのやりとり。これが最近の日課となっていた。


 そして今日は、夜の7時から俺の歓迎会がある。


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入社3日目で? 期待されている証拠ですね!

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 白石さんに伝えると、こんなメッセージが返ってきた。実際には、入社から1ヶ月半ほど経っている。タクがいなくなってから、まだ1週間。些細な嘘を付かなくてはいけない状況は続いていた。時が経てば、そんな状況も緩和されていくのだろうか。その都度、胸を痛めるのはもう嫌だ。



 歓迎会を前に、社長の幸田も含めて新商品の会議になった。俺のアイデアを聞いた営業が、「一度社長に通してみましょう」という話になったからだ。


 文具メーカーにいた頃は経験しなかった、企画提案の会議が始まる。プリントアウトした用紙を皆に配り、俺のつたない説明から始まった。


「えー……1枚目に見て頂いているのが、もう今年は間に合いませんが、夏の花火大会などに使って貰うゴミ袋ポーチです」


「これは何度も使うの? 使い捨て?」


 営業部長の平下が俺に聞く。


「基本、使い捨てになります。家庭で分別の上、そのポーチも捨てて貰う事になります。もちろん、洗えばまた使えますが、それはユーザー次第かと思います」


「こんな凝ったゴミ袋欲しがるかな?」


「このポーチの意図は、それを身につけてるだけで、『私はゴミを捨てません、持ち帰ります』というアピールになるんです。今からなら、ハロウィンバージョンを作りたいと思ってます、それがプリントの2枚目です」


「あー、渋谷なんかでもハロウィン後のゴミとか問題になったもんね。それを持って歩いてる人は、意識高いってアピールになるわけか」


「そうですそうです! だから敢えて凝った作りにして、誰もが持ちたいって思えるものを作ることが出来たらと。かと言って、ビニール袋に紐を通しているだけなので、コストもそこまで掛かりません。デザインで勝負できればと思っています」


「ええやないか! やってみよか! それで3枚目が年末年始用か。なるほどなるほど。ゴミを捨てないっていうクリーンなイメージは、クライアントさんも喜んでくれるやろ、これは」


 幸田も手放しで評価してくれた。今日の歓迎会では、美味しい酒が飲めそうだ。



***



 歓迎会には、出張中の営業1人を除く全員が出席してくれた。


「今日も皆さん、お疲れさん。斉藤くんの歓迎会、藤田さんには早くしてあげてって怒られてんけどね……やっと出来ます。新入社員の斉藤……えーと、名前なんやったかな」


「あ、斉藤拓也です。今日はお忙しい中、みなさんありがとうございます。……え? 乾杯の音頭? 俺がですか!? ……で、では乾杯!」


 何故か俺が乾杯の音頭を取って、歓迎会は始まった。会話らしい会話をした事が無い人もいるので、少しでも馴染めることが出来ればと思う。


「いやー、斉藤くん。あのポーチは面白いわ。あれ売れそうやな、山口さん」


 山口さんは営業2年目。歓迎会の幹事も担当してくれた、ショートヘアが似合うボーイッシュな女性だ。歳は俺の少し下くらいだろうか。


「どこに営業行っても、『何か面白い商品無いの?』って聞かれるのうんざりしてたんで、凄い嬉しいです。斉藤さん、ありがとうございます!」


「いえいえ、山口さんが推してくれたからじゃ無いですか。これを機に、もっと面白いの出して行けたらって思ってます」


「とりあえず、これをバンバン売ってくるんで、新しいのも期待してますね!」


 その後はビール瓶片手に、他の席を挨拶して回った。どの人も良い人ばかりだ。この会社で良いものを作って、会社がもっと売上げを上げて、会社も大きくなれば……こんな嬉しいことはない。


 一通り挨拶も終えて元の席に戻ると、隣の山口さんから話しかけられた。


「お帰りなさーい、誰かいい人いましたか?」


 山口さんは少し酔っているようだ、さっきと違って目が据わっている。


「ええ、みなさん良い人で、これからも上手くやっていけそうです」


「いや、そっちじゃなくて女性っていう意味で。斉藤さんは彼女いるの?」


「まあ、一応……それっぽい人はいます」


「なにそれ。もしかして、斉藤さんって遊び人?」


「いや、そういうのじゃなくて、いいなあと思ってる人がいる感じですね」


「そうなんだー、羨ましい。誰か私に良い人いませんかねぇ? この仕事やりだしてから、本当に出会い無いんですよ。……そう言えば斉藤さんっておいくつ?」


「32歳で、年末には33歳になりますね」


「……やだ、すみません!! てっきり私より年下かと思って! 私は今年30歳のペーペーです! いやー恥ずかしいっ」


 山口さんはそう言うと、急に姿勢を正した。元々が体育会系なんだろう。昔は若く見られるのが嫌だったが、最近は嬉しく思ってしまう。それこそ、年を取った証拠なのかもしれないが。


「いえいえ、全然。先輩なんですから気にしないでください。ちなみに好みのタイプとかありますか? 俺と同じ歳でよければ聞いてみますけど」


「うーん、タイプか……これと言ってないんですよね。好きになった人がタイプっていうか。私ガンガンいっちゃうので、気の強い人とはぶつかっちゃう、ってのはあるかもしれませんけど」


 なるほど。どっちにしろ俺が紹介出来そうな男なんて、吉川か柳原くらいだ。……んー、こりゃ合わないかな?


「そうそう、これが私の一推し自撮りなんです。送っておきますね」


 山口さんはそう言うと、交換したばかりの連絡先に自撮り画像を送ってきた。


 積極的で面白い人だ。浅井たちとのメッセージグループに、山口さんの画像を流しておいた。

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