30_爪痕

 居並ぶ居酒屋を横目に帰路に就く。店内を覗くと、ジョッキ片手に笑顔のサラリーマンが見える。漂っている炭火焼きの匂いが、空腹の俺の胃を刺激した。


「この髪型にしたら、更にタクくんそっくりになったな。今でも見分けるの難しいかもしれんぞ」


 浅井にはそう言われたがまだまだだ。タクはもっと引き締まってる。こんな所で気は抜けない。とにかく、白石さんに会うまでに全力で絞り込まないと。



 自宅の最寄り駅に着き、電車を降りた。いつもの事だが、白石さんに会わないように周りの状況を確認する。タクにますます似ていると言われた今、一番会ってはいけないタイミングだからだ。一応、白石さんのバイトのシフトは、やりとりしているメッセージから推測するようにしている。だが先日、居酒屋で居合わせてしまった事を考えると、念には念をいれておいて間違いは無い。

 

 周りを見渡していると、改札口近くに貼ってあった花火大会のポスターに目がいった。


「花火大会か……」


 白石さんと行ってみたいなと思うと同時に、ノベルティグッズのアイデアに繋がらないだろうかとも考える。新商品の方もいつまでも時間を掛けるわけにもいかないからだ。


 帰りにスーパーマーケットに寄った。俺もタクも使っていたスーパーだ。晩ご飯の鶏胸肉や、ジョギング前に口にするフルーツなどを買い求める。遅い時間だからか、客足はまばらだ。


「こんな時間に珍しいですね、お仕事帰り?」


 青果売り場でバナナを見ていると、店員のおばさんに声を掛けられた。


「え、えーと……もしかして俺の従兄弟と間違ってるかもしれませんね」


「そうなの!? ごめんなさい。いつもバナナを吟味してらっしゃったから、いつものお兄さんかと! 従兄弟さんなんですか、凄く似ていらっしゃいますね。よく言われるでしょ?」


「そ、そうですね、よく言われます。彼、最近引っ越してしまったので、顔を見せることは少なくなるかと思いますが」


「あらあ。残念……『良いバナナって特徴ありますか?』とかね、最近の若い人には珍しく、色々と聞いてくれる人だったのよ。引っ越しちゃったんだ、残念ねえ……」


『俺がいなくなっても、俺の存在は殆ど影響ないんじゃないかなって思っています』


 手紙にそう書き残していたタク。


 何言ってんだ……色々と爪痕を残してるじゃないか。

 


***



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こんばんは。今日、山岡君とシフト一緒だったんだよね? 大丈夫だった?

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 筋トレと食事も終え、今日は俺から白石さんにメッセージを送った。


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こんばんは! そうですそうです! めっちゃくちゃ謝られました。私の友達にも申し訳ないって。あれだけ一生懸命に謝られたら途中から可笑しくなっちゃって。

もういいですよ、って笑

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そうなんだ! それは良かった。山岡君も好きだし、仲良くしてくれた方が俺も嬉しい笑

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山岡君「も」ですか笑

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あああ、そこは笑

会う日、来週って言ってたんだけど、今日言いたいと思います

8月24日はどうですか?

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あえてその日を選んでくれたんですか?

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うん、先客が無ければだけど……

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大丈夫です! 嬉しい! 楽しみにしています!

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 8月24日、白石さんは27歳になる。

 

 俺はこの日、白石さんに告白しようと思う。

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