第18話 常識を知らぬ天才
《エマ》
訓練場の外れ。
他の魔術師の顔が見えない程の距離まで離れ、ゼノが魔導具を持って結界を張っている。
その薄い膜のような結界の中で、私はリュアティスと向かい合っていた。
「エマ。攻撃魔術で得意な属性か性質はなんだ」
「特に無い。風の魔術は使い慣れてるけど」
「そうか」
私の答えに、リュアティスは初めから知っていたように言う。
魔術には属性や性質などがあり、それは今も増え続けているらしい。
そして魔術師にはそれぞれ得意分野などがあり、魔術の使用例として代表的な攻撃魔術はそれが顕著に表れる。
ただ、私にはそれが無い。
自分でもそう思うし、ゼノに聞いた時も練度以外に差はないと言われた。リュアティスもそれを感じ取っているみたいだ。
「取り敢えず片っ端から私に攻撃魔術を撃ってみろ」
「良いの?」
「構わん。お前如きの魔術なら、どれだけ魔力を込めようが傷一つ付かないからな」
「……」
そう言われた瞬間に魔術の組み立てを始める。
魔術を構成する要素は無数にある。
今話した属性や性質の設定もあるが、それ以外にも込める魔力や適正距離、対象の指定方法など、設計図のように組み上げる事で、魔力は形を成し魔術として発動する。
属性は風、押し飛ばすイメージで、込める魔力はそこそこ。軌道は直線に飛ばして、距離は10mぐらい。
それを大体2秒ぐらいで組み上げ、リュアティスに向けた手の平から放つ。
地面に生えた草を巻き込みながら、魔力が込められた空気がリュアティスの体に直撃した。
「——なるほどな。ゼノが好みそうなやり方だ」
虫を払う様に私の魔術を消し飛ばし、軽く髪を揺らしながら嬉しそうに言う。
「……どうやったの?」
「魔術師に手の内を聞くのはご法度だぞ。別に教えて良いものだが」
ならその前置きはいらなかった。とは言わず、自分の魔術を消した方法に耳を傾ける。
「因みにお前が興味を惹かれるような内容じゃない。手に魔力を纏わせて魔術を弾いただけの力技だ」
「そんな事出来るの?」
「魔術に込められた三倍ぐらいの魔力を使えばな。因みに結界を張って防いだり、相性のいい魔力をぶつけた方が早いし得だ。ほら、もっと撃ってこい」
少し離れた場所にいるゼノから聞こえて来る「大人気な……」という声が聞こえた。
……突っかかっても意味がない。我慢しよう。
イラっとはするが、先に魔術の評価が知りたかった。
そう考えて、火、水、風、土、雷の初級魔術をリュアティスに撃ち、そのどれもが弾かれた所で攻撃をやめる。
「……その魔術の組み上げ方は、ゼノに言われてやっている事だな?」
「うん。最終的に発動が速くなるのはこっちだって」
『魔術の構成は毎回手を抜かない事。発動を早めようとすると術式の構成が雑になるし、どうせ慣れれば同じぐらい早く発動できる。それなら威力と精度が高く、毎回臨機応変に魔術式の内容を変えられる方が良い』
これは、ゼノに魔術を教えて貰う時に言われた言葉だ。
魔術は小規模な攻撃魔術一つとっても、膨大な情報が含まれている。それを毎度一から組み上げるのは大変だが、最近は段々と構築が速くなっている。
「どうだった?」
「威力も精度もかなり高い。速度はその年にしては上等なものだが……その構築方法では速度は参考にならんな。一度、自分が出来る最速で魔術を撃ってみろ」
「……いいの?」
「構わないと言っているだろう。ほらほら、全力で撃ってこい」
リュアティスにそう言われて一応チラリとゼノを見ると、意地悪そうな微笑みで頷かれた。
なら良いかと思い、さっきと同じ様に掌を向けて、同時に目を閉じる。
この距離で、人の肉体を傷つける最小限の威力が出るように魔力を込める。
魔術を発動する前兆を最後まで見せずに、掌から細く絞った風を飛ばす。
……って言うのが、普通に速く魔術を撃つ時に考える事。
でも、最速で人を害するのにそれは必要ない事を知っている———
———ある日の魔術の訓練中、ゼノにあることを言われた。
「エマ。一度いつもの構築の仕方を止めて、自分が今出来る一番の速さで魔術を撃ってみて」
今やっている魔術の構築方法は魔術の早撃ちとは程遠いもので、かなり特殊な構築方法らしい。
確かに魔術の教科書に載っているやり方とは違うけど、ゼノからそうするように言われてるし、こっちの方が難しくて楽しい。
それに加えていつも『丁寧』という事を意識して魔術を構築していたので、速さはあまり意識したことが無かった。
……速さを求めるなら、構築の無駄を限りなく無くさないといけない。
まず目的をはっきりさせる。
生物への攻撃。しかし命を奪うほど高火力である必要は無い。
速さも必要だ。
いくら構築が速くても飛翔する魔術が遅ければ意味がない。
速度と言えば雷属性だが、それでは構築が遅くなる。
なら、そんなものは必要ない。
わざわざ魔力を物理的な属性、性質に変えて現実に干渉しなくて良い。
属性を設定していた場所を【無】と定義する。
イメージはいらない。
魔力の量も、込める量は最小限。
対象の指定も必要ない。だってそこに居るのだから。
しっかり感じ取れば、相手の体の中までよくわかる。
ここまで要素を絞ることが出来れば、多分魔術式を介さなくていい。
私の脳みそで事足りる。
あとは———
———ただ鋭くした魔力を、目の前の魔力に向けて飛ばす。
「——ッ、今のは……ハハッ! こりゃ凄い!」
「っ……急になに?」
「おいゼノ! もっと早く言え!」
リュアティスは、私が抱いていた「冷静で底がしれない人」という印象を覆すような子供みたいな笑顔を浮かべ、ゼノに向かって凄く明るい大きな声で話しかけている。
ゼノは笑うだけだったが、その顔はちょっと誇らしそうというか、嬉しそうだった。
……ゼノの子供みたいな笑顔。可愛い。
「この異能は、そばに置きたくなる気持ちがよくわかる。この年であの気持ちの悪い構築をこなせるだけで、十分天才だというのにな」
私の飛ばした魔力を受け止めた腕を痺れた時みたいにブラブラと振り、芝生を踏みながら私の方に近づいてくる。
「加えてこの魔力操作。遊べる要素がてんこ盛りだ」
「わかるの?」
「あぁ、さっき訓練場でお前に声をかけた時、ビビッて魔力操作が乱れただろう。体内の魔力循環が乱れれば流石に分かるさ」
そう言えば、訓練場でいきなりリュアティスが出てきた時、ゼノに向かって『さっきの反応で気づいたが、随分スパルタだな。この年の子供にやらせることでは無いだろう』なんてことを言っていた気がする。
「いつからやっているんだ?」
「何ヶ月か前から」
「何? それでその練度は……一日にどのぐらいの時間やっている?」
「寝る時以外? お風呂入って力抜けたら、たまに忘れる」
「……ストイックだな」
「楽しいし、別に」
リュアティスが言っているのは、私がずっとやっている魔力操作の鍛錬の事だ。
人間の体には、魔力が通る為の道のようなものがある。
魔力はずっと、その道をぐるぐると循環している。
私はその回路を知覚して、魔力の流れを加速させている。
ちょっと疲れるけど、魔力を操作する感覚が楽しくてそこまで苦じゃない。
ただ楽に出来ても意味が無いので、ゼノがたまにそのレベルを上げるように言ってきて、今度はそれをキープする。と言うのを繰り返していた。
因みにそのやり方は身体強化の方法に似ている。
なんかその練習をしてたら身体強化が出来ていた。その時のゼノのポカンとした顔は可愛かったので覚えている。
「ならそのまま続けていろ。絶対に意味のあるものだ」
「分かってる」
「だろうな。……どうせだ、もう少し遊ぶとしよう。ゼノ、良いか?」
フッと笑ったあと、リュアティスがゼノに向かって話しかけた。
「僕はちょっと魔術師団の人に挨拶してくるよ。ほどほどにね」
「あぁ、懇切丁寧に遊んでやる」
ちょっと不思議な表現に疑問を覚えたが、魔術を学べるとうのが楽しみだったので、気にせずにゼノの背中を見送った。
森で拾ったボロボロ少女の世話する~とてもいい子に育ってくれた——ちょっと育ちすぎたかも~ nola @nonnke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。森で拾ったボロボロ少女の世話する~とてもいい子に育ってくれた——ちょっと育ちすぎたかも~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます