第十六話 再会の日
「シャニナリーア様!」そんなる日、ハミがすっ飛んでくる。
様呼び、いい加減やめてくんないかな。他の皆はシャニって呼び捨てなんだけど。その方が気楽なんだけどな。
「カーサイレ様との繋ぎが取れました!」
何ですと?
「ほんとに?カーサ母様と?」
「はい。こちらに向かっているそうです。日にちはかかりそうですが」
会える。会えるんだ。カーサ母様と。一年ぶりで。
会ったら何から話そうか。
胸が躍って居ても立っても居られない。
二日後、
それからカーサ母様の懐かしい魔力波動。
ニニと喋っていた工房を飛び出す。川下の方向へ走り出す。こっちに向かってる。
タークの濃緑色の機体が目に入った。あれだ!
急速に近づいてくる機体は、
長い黒髪を波のように翻して、カーサ母様が飛び降りてくる。母様はタークに乗る時、髪を編み上げにするんじゃなかったっけ?というのはずっと後から気が付いた。
「シャニ!」
「母様、母様、母様……!」夢中で叫んだ。ああ、母様の感触だ。大好きな母様!
「シャニ、ああ、シャニ……」
母様が頭を撫でる。頬ずりをする。何度も確かめるように
「少し大きくなったね」そう言ってちょっと微笑んだ。
どれくらいそうしてたんだろうか。
「もう良いかな?お帰り、カーサ、って言って良いのかな?」
イワーニャ母様が手を広げてカーサ母様を誘う。
カーサ母様は
後ろにぺったりくっついて離さない。もう、離さないんだから。
「探したんだよう、イワーニャも皆も。無事で良かったあぁ!」
「私も心配してた。ギヌアードに行ったきりだったからね。サラダンは元気?」
「うん、後から来る。私、一人で飛び出しちゃったから」
「シャニね」イワーニャ母様がちらっと
「しょうがないでしょ。あの時、館に戻ったら誰も居ないんですもの。シャニが死んでたら私、絶対誰も許さない。多分、狂って殺しまくる。生きてるって知らされたから、一番に確かめに来たのよ」
「あ、分かる。兵士に囲まれた時、私の子達に手を出したら殺してやる、って思ったものね」
怖いよ、母様達。ほんとに殺る人たちだから。
落ち着いた頃、カーサ母様にどうしても見せたい物があったのを思い出した。
手を引っ張って工房に向かう。
岸壁の部屋や工房、タークの格納庫を見てカーサ母様は目を見張る。
「これもあれ、使ったの?」
「うん。でもリーアがやった事になってる」
「なるほどね」カーサ母様、納得。
でも、見せたいのはこれじゃない。
工房に入ると、ニニが手を振った。
「カーサイレ奥様、お久しぶりです」
「ニニちゃんも無事で何よりね」
「ニニ、あれ出して。母様に見せたいの」
「おっしゃ、お披露目だね」ニニがにやっと笑う。
ニニが取り出した物を見て、カーサ母様は首を傾げる。
それは手の平サイズの平たい板状の物。
ひとつをカーサ母様に持たせ、ひとつを
「ここを耳に当てて」
それから同じようにして話しかける。
「もしもし、聞こえますかー、カーサ母様」
母様はびっくりしてそれを耳から離し、しげしげと見つめる。
そう、それは魔道通信端末。
「ニニと二人で作ったの。これがあれば離れていても連絡が取れるわ。ここからマンレオタまで届くのよ」
そう、母様と別れて何とももどかしかった。
前世の日本みたいに携帯があれば。何度そう思ったか。
「シャニは発想が良いね。あたしは思ってもみなかった。これは売れるよ」
ニニは感心するけど、
「母様、ひとつ持っててね。あたしも持ってるから」
そう言ってカーサ母様を見ると、凄く真剣な顔をしてる。
「これは他に誰が知ってる?」
「ここの工房の人ぐらいだけど?」
「そう、なら良い。他の人には知られちゃダメよ」
「えっ?どうして?」
「戦争が変わってしまう」
「戦争?」
「これをどう広めるか、サラダンやケッテニー宰相と相談して慎重に進めるわ。実際に使われる前に、この術式が読まれないよう、保護を掛ける必要もある。下手に表に出すと大混乱になるかもしれない」
まじか。そんな大事とは考えもしなかった。元魔道騎士の視点は鋭いな。
すると、商売にして稼ぐには相当時間がかかりそうだわ。
当面は魔法コンロで稼ぐか。
「母様、もう一つ見て欲しいのがあるんだけど」
工房を出ていつも住んでいる部屋に入り、棚からしまってあった布を取り出す。
「これは?見た事無い布ね。光沢があって綺麗。手触りもすべすべして柔らかい……」
「絹っていうの。この山で採れる蚕という蛾の繭から作ったの」
「蛾の繭?そんな物からこの布が?」
「どうかしら。高く売れるかな」
「これなら、そうね。アジャ商会で見積もってくれるんじゃ無いかな」
「あのね、これ、シンハンニルだけの特産にしようと思うの。里は厳しくて外のお役目をしないと生活できない。お役目って凄く危険で、戻って来れない人も出てる。そういうのを少しでも少なく出来ないかな、って」
「マンレオタにも秘密?」
「うん。製法が知られないようにするには、隠れ里が一番だと思う。繭はここの山で採れるしね。産地もシンハンニルというのは隠す。アジャ商会にも秘密。
「小さなあなたがそこまで……って、考えようじゃシャニがずっと年上か」
カーサ母様は微妙な笑顔を浮かべた。
しまった。やり過ぎたかな。
「カーサ母様はずっとあたしの母様。あたしはずっとその娘よ」
六才の体の
その後、カーサ母様がシンハンニルの里を見たい、と言ったので出かける事にした。
母様とターク乗る。もの凄く久しぶり。母様の膝に座って、ああ、母様、帰ってきたんだな、と実感する。
母様は魔人なので、結界は問題なく通過。
子供達がおっかなびっくり近づいてくる。
「あれ、何だ?」
「シャニじゃん。一緒に居るの誰?」
遠巻きにしてひそひそ話し合ってる。
「やっほー、皆。今日はおみやげあるよー」
でも、それ以上近づいて来ない。
「やだなー、この人あたしのお母様。カーサ母様よ」
母様の膝が震えてる。子供達、一人一人を確かめるように見ている。
そこへ、大人が子供達の背後から前へ進み出てくる。
ワガルとスダだ。
「シャニ様の母御ですと?ではカーサイレ・サルマ卿!」
「まあ、懐かしい呼び方。今はカーサイレ・マンレオタ。シャニがお世話になります」
「とんでもない、我らこそ助けられてばかり。わしはワガル・カッシャ、里の副長です」
「本当に生きてたんですね、私の仲間が」
そう言って口を押さえる母様の瞳が潤んでた。
「カーサイレ様こそ、我らの里にようこそ。みすぼらしい所ですが歓迎しますぞ」
ま、みすぼらしいのは事実だ。荒れ地が多く、森が少ないので木が足りない。
どの家も竪穴で、灌木の細枝を草で編んで屋根にしている。
来た時は生活用品も乏しく、マンレオタから持って来た物資を分けてあげたくらいだ。
取りあえず母様を促してタークから降りると、子供達にお土産を渡す。
スダがあたし達を建物の一軒に案内した。
この建物はマンレオタから転移してきた物で、里では一番立派だ。
ソファのある一室でワガルおじさんと向かい合う。スダが飲み物を用意する。
「ハミは出ているの?」
「近くの村に食料を買いに出てます。日暮れまでには戻りましょう」
「この辺りは魔素が濃いですね。魔物は出ませんか?」カーサ母様が聞いた。
「この近辺では出ません。そこまでは魔素が濃くないですから。代わりに魔獣が出るんですよ」
「魔獣?」
「はい。魔素の濃いところでは人の間に魔人が生まれます。同じように動物の間に魔獣が生まれるんですじゃ。植物は種ですな。これも植物型の魔獣になります」
「魔物とは違うんですか?」
「魔物には意志がありませんが、魔獣は元の獣の意志と知恵を引き継ぎます。見た目は普通の獣と同じです。ただ魔力を使い、強くなってます。おまけに狡猾でしてな。川では魔魚に気を付けて下さい。腕の一本も持ってかれます」
この話を聞いて、
それにしてもワガルおじさん、博識だな。
それからはワガルおじさんが大陸の事情を母様に質問する。
その後は母様が里の状態や色々な事を聞き出す一方で時間が進んだ。
里は貧しい。
その後、里の粗末な家々の間を廻り、ごつごつの荒地を目にし、貧弱な作物や家畜たちを目にするたび、カーサ母様の表情が曇る。
でも、小さな木の苗木が一杯植わっている所をみて疑問の表情を見せた。
「シャニナリーア様が木を育てろとご指示なされた。ウダ、スマル、アイギニの苗木ですじゃ。もう少し育ったら山間に植えます。五年から十年で立派な木に育ちますじゃろ」
ここはとにかく木が少ない。だから雨が降ると表土が流されて荒れ地になってしまう。前世農夫テドの知識からそれを知った。面白みの無い男だけど、農耕に関する知識とスキルは本物だ。
でも、時間と労力が果てしなくかかる。結果が出るまでどれだけかかるんだろうか。
「シャニが絹を秘密にしようと思ったのはこれね?」
「うん。絶対何とかする」
翌日の夕方、サラダン父様が到着した。タークの騎士三台を従えている。
イッティ、ロコ、ステイが駆け寄る。
でも、それよりも早く、イワーニャ母様が突進した。
「サラダン!」
うわー、押し倒しちゃったよ。ちょっと、子供の前でそんなにキスしまくって良いの?太股むき出しだってば。腰の動きやばい。でも、子供達、その上に折り重なる。
「あー、皆無事だったんだね。良かった、心配してたんだよ」
サラダン父様、太陽の笑顔。これで二人の母様、悩殺したんだな。納得した。
「遅いよ、父様」それから皆の上から抱きつく。
イワーニャ母様、号泣してる。
そうよね、この一年頑張ったもん。心細かったと思う。一人でロダ・バクミン達を支え、子供達を守る。カーサ母様のような戦闘力は無い。不安は一杯だったろうに、笑顔で皆をまとめてきたんだ。凄い人だよ。さすが、カーサ母様のマブダチ。
その夜はイワーニャ母様と父様は二人だけにしてあげた。
カーサ母様は子供達と一緒。
この一年、父様とカーサ母様が何をしていたか、皆の質問攻めで夜が更けた。
翌日、今後どうするかを話し合うために集まった。
父様、カーサ母様、イワーニャ母様、ロダ・バクミン、リーア、それになぜかニニと幼女の
「皆の無事が確認できた以上、マンレオタ奪還に全力を尽くそうと思うが、王国、帝国とも勢力が拮抗してあまり動きが取れない。当分、皆にはここで待ってて貰おうと思う」
父様が切り出した。
皆が頷く。
「そこでだ。カーサから聞いた。こんな物があるそうだな」
父様はそう言って通信端末を取り上げた。
「どこまで届く?」
「ここからマンレオタの館までは余裕だよ」
「使い方は?」
「今、三つの方式があって、これは一対一。他の端末とは繋がりません。ここのボタンを押しながら通話します。こっちは一斉に全部が繋がります。このボタンを押しながら通話したい相手の名前を呼びます。呼ばれた方は同じようにボタンを押しながら答えます。こっちは通話したい相手のボタンを一回押して、こっちの通話ボタンを押して話します。呼ばれた方は通話ボタンを押しながら答えます。ただ、これは中継器が必要です」
ニニが操作しながら説明する。おー、すごいドヤ顔。
「魔法が使えなくても良いんだな?」
「はい」
父様が腕を組んで唸る。
「ニニとシャニの二人で作ったと言ったな」
「はい」
「二人を帝都に連れて行く」
「はいいー?」皆でハモった。
「ロダ、タークは貰って良いか?」
「そのために用意しましたので。二十台ございます」ロダ爺さん、何度も頷く。
「うーん、騎士が足りないな」
「あたしを帝都に行かせて下さい。そこから転移させます」
ここで
「イワーニャから聞いたが、にわかには信じ難いな」
「外をご覧下さい」
「おおー」
それから元に戻す。一瞬で川岸のタークが消える。
「何度見ても大概だと思うわ」イワーニャ母様がこめかみを押さえる。
「帝都ではケッテニー宰相と魔道協会のトーガ・デ・イル師に会って貰う。話がどう落ち着くか分からんが、状況を大幅に変えられると思うぞ」
その後、二日かけて携帯端末を増やした。
新しい中継器を通して父様、カーサ母様、イワーニャ母様、ロダ・バクミン、リーア、あたし、ニニが任意に繋げて通話が出来るようにした。後、
中継器は工房に設置。これでも大陸のほとんどをカバーできるはず。
その間に皆に帝都行きを伝える。
「帝都まで私たちも同行出来ないだろうか」
アイン・サンデニが
「アジャ商会と合流したいのね?」
「本来、そうしたかったからね。ここでの暮らしも悪くなかったけど」
「タークには余裕ないから、帝都に着いたらあたしが転送してあげる。その時はこれで連絡する。珠が光ったら格納庫のタークに乗っていて」
「帝都じゃどこに住むの?」
「帝都のマンレオタ屋敷にお世話になるの。マッシュさんに連絡取れたら是非寄って頂きたいわ。魔法コンロとか、おいしそうな商談があるって伝えて」
「おう、それは大いに期待できるね」
当然、絹もね。
タオ兄ちゃんは帝都には行かないと言った。
残念。しばらくゾラには乗れないか。
そして出発の時が来た。
イワーニャ母様、さよならのキスが長すぎるよ。
ニニは父様のターク。
侍女のノーマは騎士の一人に抱きかかえられてちょっと恥ずかしそう。
まず、一日掛かりで王国と共和国の間の山塊の間を縫って南下する。
以前、アジャ商会の皆と別れた地点で一旦野宿。タークに積んだ魔法コンロで料理する。気分はバーベキュー。薪が要らないって本当に気が楽だ。
それから山沿いに元の帝国と王国の境界に沿って突き進む。
眼下にはまだ王国軍が布陣しているけど、その遙か頭上を駆け抜ける。何度か竜騎兵が襲ってきたけど、カーサ母様の一撃で吹き飛んでしまう。あれ?飛竜ってあんなに小さかったっけ?ゾラはずっと大きかった気がする。
それにしてもカーサ母様、鬼強。
途中で南下。王国軍が居るので野営はせず、徹夜で飛び続ける。
向かう先はイワーニャ母様の実家、トワンティ領。そこで一泊する予定だって。
一昼夜飛び続けるとトワンティ領に入る。
領境では帝国軍と王国軍が対峙しているのが見えた。
これでやっと帝国の勢力内にたどり着いた事になる。
館に着くとイワーニャ母様のお爺さま、お祖母様が迎えてくれた。
避難中のマンレオタの領民達は元気にしているとのこと。
さすがに飛び続けでくたくたなので、一日ぐったり寝て過ごす。館はマンレオタよりずっと豪華なところを見るとトワンティ領は裕福みたいだ。
翌日は帝都に向かって出発。もう野宿はしなくて済む。
途中、町や村の宿屋に泊まって三日で帝都に着いた。
さすが帝都。他の街などと規模が違う。
視界一面に広がる市街地。色とりどりの屋根が美しい。民家を押しのけるように、色々な形をした尖塔が天をつく。更にその先に城壁が見える。城壁の向こうに見える巨大で高い建造物が宮殿。
城壁の一部に開く門を通過する。さすがにタークで城壁を飛び抜ける訳にはいかないらしい。タークはよく知られているらしく、門番は笑顔で通してくれる。
帝都のマンレオタ屋敷はそれほど大きくは無い。ただ、庭は広く取ってあって、タークが何台も停められるスペースがある。
あたしたちが玄関に入ると召使いも総出で出迎えてくれた。
ミトラ兄様もナンカ姉様も居る。後ろで笑っているのはノドム兄様、クント兄様、それからワズーラお祖母様。
「やあ、シャニ、大きくなったなあ」ノドム兄様、なんか大人っぽい。
「心配したぞ、一年も行方不明で」クント兄様は相変わらず優しそう。
皆、代わる代わる
「随分日焼けしたじゃない?お肌荒れてるわよ」そこかい、ナンカ姉様。
「生意気そうな所、変わらないな」やっぱり喧嘩売ってくるミトラ兄様。
「まあまあ、前に会った時は小ちゃな赤ちゃんだったのに」六年ぶりです、お祖母様。
「イワーニャ母様も皆も元気です、お祖母様」
「さあ、その辺にして食事にしないか。腹ぺこだ」わあ、大賛成、お父様。
それから皆で食堂になだれ込む。
こうして帝都の生活が始まった。
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