間話:マンレオタ騒乱


――マンレオタ領――


マンレオタ領の中で、街と言えるのは館の前を通る広い道路沿いだけで、他は小さな集落が点在するばかり。だから、外から訪れた商人や旅人達は館前の街で宿を取ったり、食堂や酒場を利用したりする。


ある秋の夕刻、一人の少年がそんな街の酒場のドアを開いた。

酒場に居た客達は、一斉に好奇の目を向ける。

革甲冑に両肩から腰へとクロスした革ベルト。ローブを纏い、フードを目深に被っている。ゆったりとしたズボンの裾は、革の半長靴に押し込まれている。

その出で立ちは一目で飛竜騎兵と分かる。マンレオタで飛竜騎兵を見るのは珍しい。それより驚かされるのは、それが幼さを残した少年だという事だ。見たところ、十二、三才にしか見えない。

飛竜騎兵になるのは非常に難しい。まず、騎乗する飛竜に受け入れられなければならない。その上で、長く厳しい訓練を必要とする。子供がなれるものではない。この世界の常識では。


「坊主、そりゃ何のごっこだよ」酔っ払いがからかいの声をかける。

あちこちのテーブルから笑い声が起きる。

だが、少年の表情は変わらない。そのままカウンターへ歩み寄る。

「食事がしたい。これで見繕ってくれ」

銀貨をカウンターにぱちりと置くと、手近のストールに腰掛ける。


そこへ、先ほどの酔っ払いが絡んでくる。

「おいおい、ここは酒場だぜ。酒飲まなくでどうすんだよ、坊や」

「失せろ」

少年は振り向きもせず、冷たい声で一喝する。

酔っ払いの表情が変わった。

「あん?大人に向かって、その口のきき方は何だ?」

酔っ払いが少年の肩を掴もうとする。


その瞬間、酒場のドアが大音響を立てて吹き飛んだ。

そのドアから、青い目を爛々と輝かせた巨大な飛竜の頭が突き出す。

酒場の客達が凍り付く。音という音が消え去り、静寂が酒場を満たす。

「ゾラ。待て」少年が飛竜を制止する。

『失セロ。食ウゾ』酔っ払いの頭の中で声がこだまする。

酔っ払いは完全に酔いも醒め、へたへたと座り込んだ。


「ご主人、ドアはこれで修理できるか?」

少年が金貨をカウンターに並べる。

「へ、へい、十分で」

酒場の主人がその内の何枚かを、震える指で選び取る。

少年はそのまま竜の側に歩み寄り、やさしく鼻先を撫でる。

「さあ、もうお行き。そのままじゃ人が通れない」

飛竜は鼻を鳴らすと静かに首を引き、飛び去って行った。酒場の客達はやっと表情を緩め、ざわざわと今見た光景を話し合う。


少年がカウンターに戻ると、いつの間にかその隣に、壮年の男と髪をきっちり編み込んだ少女が座っていた。

「ご一緒してよろしいかな?」壮年の男がにこやかに少年に話しかける。

「ご自由に」少年は相変わらず素っ気ない。

「私は商人のマッシュ・アジャ、この子はムイ・トートズイ」

「…………」

「違っていたら失礼、あなたはタオ・ライカリア殿下ではありませんか?」

「そうだったら?」少年は初めてマッシュの方を向く。

無表情は変わらない。

「商人として、皇族の方とお近づきになっておいて、悪くはありませんからな」

「私に価値はない。帝都は捨てた」タオは淡々と語る。

「理由を拝聴しても?」

「ゾラは帝都を好かん。狩りが出来ないのでな」

「出奔されたので?」

「地方徴税官の護衛を買って出た」

「ほう、それでこんな辺境に」

「ここなら暗殺されんしな」どこまでも無表情のタオ。


ベテラン商人のマッシュでも、タオの胸の内をうかがい知る事ができなかった。

マッシュはラミ第四皇妃襲撃事件の詳細を聞き及んでいる。飛竜の庇護を受けたタオ皇子の事も。そして飛竜ゾラは飛竜達の女王であり、他の飛竜達の二倍以上大きく、魔力も強い事も。

「ゾラというのはさっきの飛竜の事ですな?」マッシュは話題を変えてみた。

ここで初めて少年の表情が動いた。口端に僅かな笑みが浮かぶ。

「ああ。もう母親同然だ」

「なるほど、あの男を食い殺す勢いでしたな」

「私を害する素振りがあれば、食っていた」

「…………!」

「もう三人、暗殺者を食っている」

その言葉は控えめな恫喝だ。お前が敵であれば、飛竜に食わせるぞ、という。

そういうタオの顔には何の感情も浮かんでいない。その目は空虚。

――これが十三才の子供の目か…………


突然、マッシュの胸の内に、不思議な衝動が巻き起こった。それは同情でも憐憫でも恐れでも無い。無生物のようなこの少年の内面を覗いて、その魂を揺さぶってみたい……。

「ところで、殿下。もうここでの徴税はお済みで?」

「うむ。次の領地に向かう」

「ご同道させて頂いても?」

ムイ・トートズイが隣でため息をついた。

―――始まった、会頭の物好き。でも、そのおかげであたし達、助かったんだけど。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


マンレオタ館で、久々の家族勢揃いで夕食、と言う時にその警鐘が響いた。

魔物がギヌアードを越えたという魔力波警鐘。これは魔力検知ができる人間で無いと分からない。

サラダンとカーサイレは瞬時に食卓を立って、出動準備に向かう。

「さあ、私たちは先に食べてようね、父様達は遅くなるから」

イワーニャが子供達に優しく諭す。子供達はもう慣れっこなので、大人しくイワーニャに従う。

―――でも、今のは第一級緊急警鐘。大量の魔物が発生したって事だわ。

イワーニャは何となく不吉な予感を感じる。しばらく逡巡する。

サラダンとカーサイレが不在の時は、イワーニャがマンレオタの最高責任者。彼女は自分の感覚を信用する事にする。後日、これが大勢の領民を救う事になるのを、今は誰も知らない。


イワーニャは侍女達に、少し席を離れるので子供達を頼むと耳打ちし、執務室へ向かう。

執務室の壁面の一部に手を当てると、四角い空間が現れる。その中の珠玉に手を当て、

「イワーニャ・マンレオタが告ぐ。緊急避難発令。家財道具に構わず結界領域に急ぐ事。発令解除までその場で待機。後は訓練通りね」

その声は風魔法によってマンレオタ領の領民全体に届く。

館自体は常時結界の中にあるので、イワーニャも子供達も不安はない。いつものように騒がしく食事を続けていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


アミタとノギ、二つの月が照らす荒れ地の上を、六十台のタークが編隊を組んで疾駆する。

前方一面に薄暗いどよめきが広がる。

「とんでもない瘴気ね。こんなの初めて」カーサイレが眉をひそめる。

「全部は仕留め切れんかもな。イワーニャが緊急避難発令して正解だった」

「サラダン、全体強化魔法を」

全体強化魔法が使える事は、領主として資格の一つになっている。この魔法は、集団の個々人に対して体力強化、防御強化を施す。その上で、指揮一括伝達が行える指揮者必須の魔法だ。


サラダンが詠唱を始める。すると、全てのタークと騎士達に淡い燐光が纏わり付く。

『攻撃、始め!』サラダンが一括指揮を発動した。

同時にタークの隊列前方に、巨大な光の塊が六十個連なって出現する。

と、光の塊は列を崩さず、前方の瘴気に向かって高速で突き進む。

着弾先で魔物の破片が八方に砕け散る。全体強化魔法のおかげで、破壊力は桁違いだ。

『左転身!止まれ、回頭!前方斉射!』

結果を確かめる間も置かず、サラダンは立て続けに一括指揮を発動する。

隊員達の息はぴたりと揃い、サラダンの指揮の下、一つの生き物のように行動する。

瘴気の壁は端から次々に突き崩され、二つの月の光に無数の残骸を曝しだしていく。


「一体、倒し切れてません!こちらに向かってます!」隊員の一人が絶叫した。

無数の甲殻を纏った巨大な魔物が一部を吹き飛ばされていながら、動きを止めず進んでくる。

『カーサ、任せる。他は左転身!』

「承知っ!」

隊列の頭上に抜け出したカーサイレは、切っ先を巨大な魔物に向け、短く詠唱する。

「氷槍!」

タークの周辺に出現した数百本の氷の槍が高速で魔物を襲い、甲殻を破って突き立つ。

「砕破!」

瞬間、氷槍は高温高圧の水蒸気に変化する。魔物は体内で起きた水蒸気爆発で四散した。

カーサイレは素早く隊列に戻る。

――やっぱり、半端ねえな、隊長は。

隊員達は一様に舌を巻く。

『左転身!止まれ、回頭!前方斉射!』

だが、サラダンの一括指揮は間を置かない。討ち漏らした魔物は間髪を入れず、カーサイレが討ち取る。それを何回繰り返しただろうか。

夜はまだまだ長い。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「緊急避難、たって、私達はどこ行きゃ良いんですかね」

アインがのんびりした口調でマッシュに問いかける。

「結界領域がどこか、わしらには分からんからなあ。ルウには分かるか?」

「分かるけど、もう避難民で一杯だね。荷車は置けない」

魔法で探っていたルウ・シンスワミがため息をつく。

アジャ商会の一同は徴税官の一行と共に、街から離れた小高い丘に陣取っている。

緊急避難発令のため、街の宿屋には泊まれない。ここで野宿するかしないかが迷う所だった。


「あれ?タオちゃんが見えないな。飛竜でこの辺を調べて貰おうと思ったんだけど」

「アイン様、殿下にちゃん付けは不敬です」

「ムイは堅いな。本人は気にしてないし、可愛いから良いんだよ」

「アイン様がショタコンとは知りませんでした。殿下ならゾラの狩りに付き合ってるんでしょ」

「そうか、帰ってきてから聞けば良いか。で、ショタコンって何?」


「皆、火を消して、静かに」突然、ルウ・シンスワミが低く叫ぶ。

「何があったの?ルウ婆さん」

「様子がおかしいんだよ、……って、誰が婆さんだい!」

「魔物か?」

「いや……大勢の人間が街に向かってる。戦意を感じる」

「盗賊かな?」

「数が半端じゃないよ。軍勢かも知れない」


「軍勢だ。飛竜騎士も飛んでいる」頭の上から声がした。

飛竜に騎乗したタオだった。小柄な体がふわりと地上に降り立つ。

「軍勢?そんなもの、どこから湧いて出た?」徴税官が口を挟む。

「山の方から現れた。山越えしたようだ」タオが静かに言う。

「山越え?しかし山の向こうはツツ連合王国……」急に徴税官が口をつぐむ。

「タオちゃん、軍勢の向きと最後尾は分かるかな?」

「アイン様!またちゃんづけ……」


構わずタオが無言で地面に小枝で図を書き始めた。

「ふうん、ここはまあ、避けてくれそうだな」アインがつぶやく。

「しかし、夜が明けると、ここへもやってくるだろうな」マッシュが指摘する。

「その前に、ここから移動ですね。今夜は徹夜だなあ」

「アインはどこが良いと思う?」

「山へ行きましょう。そこから山沿いに隣の領に抜ける」

「おいおい、軍勢が来た方向だろ?」

「だからですよ。軍勢の横をすり抜けて背後に回る。軍勢も自分たちの来た方向に、私たちが向かうとは思わないでしょう」

「う……ん、なるほど。さすがアイン、悪知恵だけは廻る」

「えー、悪知恵だけはないでしょ、会頭。そうそう、タオちゃんは上から私たちを誘導して下さいね。みつからず奴らの横をすり抜けられるように」

「承知。護衛の役は果たす」淡々と答えるタオ。


決まれば行動は早かった。

徴税官の一行を先頭に、アジャ商会の荷車が続く。車輪の音が響かないよう、草を巻く。

タオは上空に上がっては方向を示すために降りてくる。女王飛竜は羽音を一切たてなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


長い銀髪の少女が飛竜に乗って、マンレオタ上空を飛翔している。

――ほほう、領民共は結界の中に避難させたか。却って好都合だな。

彼女が探しているのは、ある特定の魔力波動を持つ魔女。彼女が生前持っていた、膨大な魔力を根こそぎ奪っていった憎い奴。

五年の歳月をかけて、現世に転生、または召喚された筈の魔女を探してきた。おおむね、魔力爆発のあったマンレオタだろうと見当はつけていた。しかし、あの魔女の使う魔法は手強い。自分の正体を知られず、密かに憑依して乗っ取ってしまうしかない。

洞窟で召喚された時にはもう、少女が生まれつき持つ魔力しか無かった。しかし、生前持っていた固有魔法自体は使えた。以前のように膨大では無いが。

その一つ、精神支配を駆使し、色々な所で策謀を巡らした。

この日はその第一手。

と、銀髪の少女は探していた魔力の波動を感じる。

――今のは、きゃつか!見つけたぞ……


侵入してきた軍は、何の抵抗も受けず街を占拠した。

ただ、目的の二カ所、館とロダ・バクミンの工房には結界が張られていて侵入できない。

結界を破るため、軍の魔道士達が集められ、攻撃を集中している。

それ以外の軍は二手に分けられた。一隊はマンレオタの他の部分を占拠するため方々へ散った。

残りの一般兵は家屋に侵入して略奪を始める。

この世界、この時代の戦争とはそうしたものだからだ。


やがて、館の結界が破られる。少女は目立たないように、飛竜から降りて館に忍び込む。

司令官はやっとかき集めた――略奪に夢中になっている中から無理やり――少数の兵で館に乗り込む。

使用人達の部屋は空っぽで、正面執務室も無人だった。

唯一、マンレオタ一家の居室に全員が集まっているのをみつける。兵士達は彼らを取り囲んだ。

居室を気づかれないように覗き込むと、目当ての人物――暗赤色の長い髪の二十代と思われる女性を見つけた。何かの魔法を使ったのだろう。その残滓が間違いなくその体に残っている。


――あんな女に召喚されていたのか!

その女性はマンレオタ一同と何やら言葉を交わす。

次の瞬間、ふたたび魔力の波動を感じると共に、マンレオタ一同とその女性がかき消えた。

――ちっ、逃したか。厄介な魔法だ。しかし、これで奴が誰かは分かった。リーアか。

銀髪赤眼の少女は館を抜け出し、飛竜に乗ると虚空へ去って行く。


司令官がマンレオタの家族を取り逃がして悔しがってた所に、更に衝撃の事実が告げられる。

「司令官!ロダ・バクミンの工房が消えました!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


アミタとノギの二つの月が沈み、空が僅かに白んできた頃、マンレオタ騎士隊の戦いが終わった。

見渡す限り、魔物の破片と粘液が散らばり、地を覆う。瘴気の残滓はもう払った。

「サラダン、大丈夫?」カーサイレが回復薬を差し出しながら気遣う。

「あー、さすがに限界だよ。相変わらずキミはタフだね」

タークの上でカーサイレの膝枕に頭を預け、手足を伸ばす。至福の時だ。

他の隊員も思い思いに体を休めながら、生温かい目で二人を見つめている。


「少し休んだら戻ろう。何か食べた方が良いな」

「食べてまーす」

「もう、腹ぺこでーす」

携帯食を食べながら、隊員達も元気に声を返す。死者や負傷者が出なかったのは幸いだ。

あり得ないほどの魔物発生だったから。


帰り支度を始めた頃、一機のタークが高速で近寄ってきた。

「大変です!ツツ連合王国の軍が館を……」

その言葉を聞いた途端、カーサイレが反射的に叫んで立ち上がる。

「シャニナリーア!」

膝枕のサラダンは宙に舞った。

「おいっ、カーサ、何を……」


カーサイレのタークは疾駆する。とんでもない早さで。

「シャニ、シャニ、シャニナリーア、無事でいて!」

もう、その思いしか無い。

マンレオタの街並みが目に入る。そこにいるのは領民達じゃ無い。鉄の甲冑を纏ったどこかの兵士達だ。でも、カーサイレにはそんなもの、眼中に無い。タークは兵達の頭上遙かを疾駆する。


シャニナリーア!


それだけだ。

カーサイレはタークから飛び降りると、剣を片手に館の中へ突進する。

館の前の甲冑の兵士達が槍衾を作る。

が。

鎧袖一触。はじけ飛ぶ。無様な肉塊と血しぶきになって。


「シャニナリーアアア!」カーサイレは咆哮する。

愛娘を求めて部屋から部屋へ、駆け巡るその姿は正に鬼子母神。

立ち塞がる兵士達は一閃の元、纏めて切り伏せられる。

「止まれ、貴様――ぐあっ!」

「ぎゃああ!」

阿鼻叫喚の中、次々に血潮が舞い上がる。

誰もカーサイレの足を留める事はできなかった。


遅れて館にたどり着いたサラダンが見た物は、累々と重なる異国の兵士達の死体。

館の前でターク騎士隊を防御に当たらせ、何人かを引き連れて館内を探っていく。

カーサイレの寝室で、返り血で真っ赤に濡れた彼女の姿を見つけた。

床にへたり込み、肩を震わせ、嗚咽を続けるカーサイレ。涙が顔の返り血を洗い流して、いくつもの筋跡をつけている。


「居ないの。あの子が居ないの……」

サラダンがそっと肩を抱くと、カーサイレはうわごとのように呟く。

「シャニが居ない……誰も居ないの……」

「ああ。誰の死体も見つからなかった。だから皆きっと生きている」

「生きてる……?」

カーサイレはサラダンの言葉に初めて反応する。

「捕虜になったか、どこかへ逃げたか、生きてさえいればまた会える」

「また会える……?」カーサイレの赤い瞳に光が灯る。

「しゃんとしろ、カーサ。とんでもない軍勢なんだ。ターク隊だけでは撃退できん。結界領域に居る領民を逃がすぞ。その後でシャニや皆を探す」


その言葉に、カーサイレははっと我に返った。

いざとなるとサラダンは本当に頼りになる。

「サラダン、ごめん……」

「これから四手に別れて結界領域から道を切り開く。向かう所はイワーニャの実家、トワンティ公の領地だ。そこが一番近い」

「うん……」

「一手はカーサに任せる。スタンズ、コンガ、一手ずつ指揮を執れ。あと一手は私が率いる」

「はいっ!」

隊員達はきびきびと室外へ向かった。


「それにしても、ひどい格好だ。洗って着替えた方が良いな。長い道中になる」

サラダンが苦笑いする。

「えっ?……あ……」

カーサイレはやっと血まみれになった自分の顔と革鎧に気づいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ラムリア・サシャルリン女王は執務室で「影」の報告を受けていた。

「ヨルドのたわけものが。何でマンレオタを攻めたのか。何の価値も無い所と言うに」

「おそらく、ロダ・バクミンとタークが狙いかと」

「で、首尾良く手に入れたのか?」

「いえ、消え失せたと」

「なんと?!」

「工房もろとも消え失せたと。跡形も無く」

「転移魔法か?しかしそんな大規模な魔法など聞かぬぞ?」

「……それに、攻め入った軍勢が全滅してございます」

「全滅?帝国軍に攻められたのか?」

「いえ、ギヌアードから侵入してきた魔物に襲われまして」

「なにい!」

「王国側にも侵入してきた模様です」

ラムリアは飛び跳ねるように立ち上がった。

「それを早う言え!兵を集めよ!魔物に備えるぞ!」


手近の官吏に指示を飛ばしたラムリアは、暗い予感に肩を落とす。

――相当な被害は覚悟せねばな。どれだけの民を逃せるか……

――帝国も黙ってはおるまい。厄介な事になった。

「ヨルドめ、生きていたらこの始末、命だけでは済まさぬぞ」

ぎりりと歯ぎしりをして、両手を握りしめる。

その爪の先から、ぽたりと血の一滴が滴り落ちた。


マンレオタ騎士隊を欠いた今、ギヌアードの魔境は大陸各地にその牙を剥く事になる。

暗黒時代が終わって以来、最大の災厄がここに始まった。

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