最終話 究極の健康法とは?

 頭痛は治った。


 理由はわからないが、食事療法が良かったのだろう。

 なんとか頭痛薬からは卒業することができた。


 しかし、どうにも気持ちが落ち込んでしまう。

 なんというか元気が出てこないのだ。


 そりゃそうか。

 寝れば幽霊たちから恨み言をいわれて、食器が宙に舞うのは日常茶飯事だもんな。


 気がつけば包丁を手首に添えていた。


「いかーーーーーーん!!」


 このままでは自殺してしまう。


 この陰気な気持ちはやはり幽霊の仕業だろう。

 このままでは心療内科に通うことになってしまう。そうなれば抗うつ剤をもらって薬に頼ることになる。


 健康オタクとして、それだけは避けたいんだよな。

 なんとかそうならないように工夫をしてしよう。


 そんなわけで自転車通勤をやめた。

 

 徒歩で向かえば職場までは30分かかる。

 自転車なら10分でいけるから、差し引き20分も時間をロスすることになる。

 往復を考えれば40分だ。

 しかし、この時間が重要なんだよな。


 まず、朝の徒歩20分。

 これは朝日を浴びることが目的だ。

 いわゆる日光浴。

 日に浴びることで体内からビタミンDを作ることができる。

 ビタミンDは免疫力を向上させたり鬱に効果があったりすんだ。

 

 太陽光で怖いのは紫外線を浴びすぎること。

 紫外線で皮膚病になる可能性があるんだ。

 体に良いからといって、何事もやりすぎは逆効果ってことだな。 

 だから、日光浴は夏場なら30分以内を目安にするといいだろう。

 

 よって、朝の20分は日光浴としては最適な時間なんだ。

 

 帰宅時は夜になっていて日光浴はできない。

 でも。往復40分の徒歩は運動にも寄与している。


 人間は30歳を超えると運動量が圧倒的に足らなくなる。

 中年太りなんてのは運動不足から起こることなんだよな。

 だから、それを解消するためにも歩くのは重要だ。


 また、歩くことは脳にもいいんだ。

 歩いていると、良いアイデアが浮かんでくるのは有名な話。

 数々の著名人が『散歩こそが最強の発想方法』と提唱しているくらいだ。

 認知症の改善にも効果があるという研究結果が出ている。


 鬱は脳の病気ともいわれているからな。

 脳内の物質バランスが崩れてエネルギーが低下した状態が鬱なんだ。

 だから、脳を活性化させるのは効果的なんだよな。

 

 よって、落ち込んだ気持ちを解消するには、歩くことが最適といってもいいだろう。


 くわえて、休みの日も積極的に歩くことにした。

 日光浴を踏まえた30分程度の散歩。

 歩くだけなら無料だからな。いくらでもできるよ。


 これらの効果もあって、落ち込む気持ちは解消されてきた。


「ただいまーー」


 いつものように、誰もいない部屋に挨拶をする。

 すると、証明がパチパチと点滅してポルターガイストが起こった。


 まぁ、嫌な感じはしないからな。「おかえりなさい」の挨拶なのだろう。


「ゴホン、ゴホン……」


 うーーむ。

 ちょっと、風邪気味だな。

 悪化する前になんとかしたい。

 

 それに、来月は会社の健康診断なんだ。

 この結果で俺がやっていることの精査もしたいんだよな。


 俺は毎日、お風呂に入ることにした。


 忙しいと、ついついシャワーだけで済ませがちなんだけどな。

 風呂に入って体温を上げることは免疫力向上にとても有効なんだ。


 温度は少し熱めがいい。

 42度のお湯に15分程度浸かる。

 心臓の負担が大きいから、そこが気になる人はもう少しだけ温度を下げてもいいだろう。

 

 体温が上昇すると免疫力が上がって体が元気になる。

 熱めのお風呂に入ると交感神経が優位になるから、軽い興奮状態になってしまう。

 これだと上手く寝ることができない。

 よって、入浴するのは睡眠の2時間前くらいがベストだろうか。


 血行が促進されて快眠にも繋がった。


 効果は抜群。おかげで咳が出なくなった。

 うん。良い調子。


 日光浴。

 徒歩による運動。

 熱いお湯の入浴。


 この3つを毎日続けることで、憂鬱だった気分は解消され、風邪気味だった体は全快した。


 それに気がついたことがある。


「そういえば……」


 ポルターガイストが少なくなったな。

 以前はテレビが勝手についたり、茶碗が宙に浮いたりしたが、最近はめっきりそんなことがなくなった。

 そればかりか、夜に聞こえてきた恨み言が聞こえなくなったんだ。


 もしかして、俺を受け入れてくれているのだろうか?


「なぁ、俺たちって和解できたのかな?」


 そういうと、部屋の中が騒ついた。

 カーテンは揺れ、家鳴りがピシピシと聞こえる。

 でも、嫌な感じはしないぞ。


「なぁ、幽霊よ。究極の健康法ってなにか知っているか?」


 俺はお菓子と飲み物を用意した。

 もちろん、幽霊の分もだ。


「俺さ……。20代の頃にな。失恋して、それが原因で鬱を患ったんだ。そん時に、周囲の友達とか家族が心配してくれてさ。あん時は一番嬉しかったな。それからなんとか立ち直って、健康オタクになったんだけどさ。健康知識より、誰かが気にかけてくれる方が嬉しかったかもしれないと思ってさ。だからな。究極の健康法ってのはさ」


 俺はたくさんのコップに飲み物を注いだ。




「相手をいたわることだと思うんだよな。他人が自分のことを大事にしてくれたらさ。それがなによりの健康法ってわけだな」




 酒を飲めない人もいるかもしれないからな。


 いくつか置かれたコップには水、ジュース、酒を入れた。


「幽霊になるくらいさ……。辛いことがあったのかもしれないけどさ。お菓子でも一緒にどうだ?」


 すると、照明が優しく点滅した。


「ふふふ。共同生活に乾杯だな!」


 俺はグラスを掲げた。

 なんだか、優しい空気が立ち込めている。


「じゃあさ。手始めにみんなの名前を教えてくれないか?」


 俺はこの部屋に馴染んだ。



 ──1ヶ月後。


 会社の健康診断が終わった。


 結果は異常なし。


 健康な食事療法にふまえ、運動、日光浴、入浴。そして、十分な睡眠だ。


「やった! 健康知識の勝利!!」


 しかも、いいことは続く。

 なんと、俺に彼女ができたのだ。


 佐江草 真奈美さん。

 26歳の可愛い女性だ。


 うう、苦節32年。

 やっと俺にも春が来た。


 そうして、初めて俺の家に彼女が来ることになった。

 初めてのお泊まり。

 真奈美は着替えもしっかり用意して来てくれた。


「さぁ。上がってくれ」


「うわぁ。玄関綺麗〜〜」


 ふふふ。この日のために掃除は入念にしておいたからな。


 ん? なんで入ってこないんだ?


「どうした? 靴はそのまま置いといていいからさ。入ってきなよ」


「じょ、丈武くん……」


「ん?」


「そ、そ、そ、そこに立ってる人……。だ、だ、誰?」


「え? ああ、摘子つみこさんだ」


「か、か、体が……。す、す、透き通ってるんだけど……??」


「ああ、幽霊だからな。別に危害は加えないから大丈夫だって」


「はわわわわわわわわわ…………!!」


「えーーと、彼女の他にも何人かいてさ。こいつがタッちゃんだろ。んで、まぁ坊。源一郎さんにマイケルだ」


「いやいやいやいやいや……」


「マンションは猫を飼っちゃダメなんだけどさ。幽霊だから問題ないんだよな。なぁ、ミケぇ」


 すると、透き通った猫は『ニャー』と鳴いて応えてくれた。


 あ!


「ちょっと摘子さん、口から血が出てるぞ。彼女が心配するからさ。拭いといてくれよな」


「無理無理無理無理無理無理……!」


「あははは。みんなに紹介するよ。彼女が俺の……へへへ。恋人の佐江草 真奈美さんだ。ふふふ。可愛い人だろ?」


 みんなは真奈美に頭を下げた。




「いやあぁあああああああああああああああああああああああ!!」




 おしまい。




──

面白いと思った方だけで結構ですので、↓の☆の評価を入れていただけると大変助かります。評価が入ると執筆意欲に繋がります。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊VS健康オタク〜健康知識に呪いの力は通用しません〜 神伊 咲児 @hukudahappy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ