第48話 最奥の間

「おや、かわいらしいお客さんじゃないか」


 柔和な笑みに、優しい口調。今までのビームによるどんちゃん騒ぎを起こしていたゴーレムたちとは、似ても似つかない綺麗な女性が、こつぜんと現れた。


 何が起きたのかと言えば、そう、壁が開いたのだ。


 今回の壁は、俺たちが何かをするまでもなく、向こうの方から開いてくれた。


「あ、えっと……」


 そして、こんな時に固まってしまうのが、俺の俺たる所以だろう。


 調べていた壁が突然変化したかと思うと、消えてなくなった。そのことに対して、混乱の中にいるというのに、中から生きた人が出てきたとあらば、思考はもうぐっちゃぐちゃだ。


 隣で立っていたはずのヨバナちゃんも、人見知りでもするように、俺より小さくなって、俺の背後に隠れてしまったし……。


「はは。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。と言っても、警戒するのも無理はないか。だって、こんなところにいるやつなんて怪しさ満点だものね」


「は、はあ……」


「いいいい。気を遣う必要はないさ。むしろ、こちらが感謝したいくらいだ」


「感謝、ですか?」


「そう。感謝だよ」


 感謝って何をだ?


 ここまで、どうにも胡散臭い態度をしているのに、それが鼻につかない。


 直接対面していて嫌な感じのしない、心まで綺麗な印象を受ける女性だ。


 そんな女性は、もったいぶるでもなく、ひとつにまとめた髪を撫でてから、頭を下げてきた。


「えっ」


「我が同士であるゴーレムたちを、怪我で済ませてくれてありがとう」


「えっと……」


 ゴーレムなのに怪我、か。


 って、今、我が同志って言った?


「ああ。失礼。そういえば名乗りが遅れてしまった。済まないね。こんなところにいると、人との話し方を忘れてしまうんだ」


 ははっ、と笑いながら、癖なのか、またしても髪を撫でるようにしてから、女性はメガネをかけ直して居住まいを正した。


「私は、この遺跡に住まうゴーレムを管理するゴーレムだ。名前は、そうだな、好きに呼んでもらって構わないが、簡単にゴレムということにしようか」


「ゴーレムを管理するゴーレムのゴレムさん……」


「そうだよ。ささ、入ってくれたまえ。御客人を、いつまでもそんなところに立たせておくわけにもいかないからね」


 手招きしつつ、壁の中に広がる部屋へと招待してきたゴレムさん。


 俺は背後のヨバナちゃんを振り返った。すると彼女は、俺の背中をがっしりと掴んだまま、こくこくうなずいてきた。どうやら行けということらしい。


 甘えられてるなぁ。


 俺はそんなヨバナちゃんの様子に、案外悪い気もしないまま、無警戒に最奥の間、ゴレムさんの部屋へと入った。


 中は、はっきり言って薄暗い。外、と言っても遺跡の中だが、その遺跡内のきらびやかな雰囲気が嘘のように、まるでハッカーの自室のごとく、薄暗く、青い光が空間を支配していた。


「普通の人じゃ不可能な偉業だよ」


 急に話し出したゴレムさんの発言に、俺が首をかしげると、失敬、と彼女ははにかんだ。


「先ほどの話の続きさ」


 と言う。


 どうやら話を戻したらしい。


 俺より先に部屋に入り、椅子に腰を落ち着けているところを見れば、しっかり話すつもりなのだろうか。


「えっと。つまり、ゴーレムを怪我で済ませたって話ですか?」


「そうそう。流石だね。話しが早い」


「いや、それほどでもないですよ」


 だって、それしか話してないし。


 一瞬、皮肉かとも思ったが、久しぶりの談笑が楽しそうな様子を見ると、どうやらそうではないらしい。


「こんな遺跡、人が来ないものだから、墓荒らしも保全の人たちも来なくて、寂しくしていたところだったんだ」


「なるほど」


「ま、それに関しても。我々や、この遺跡を生み出した魔法使いが、村の人に管理を任せてきたものだから、とうとう迷惑をかけてきたツケが回ってきたかと思ったものだけど」


「そんなことないです!」


 俺の背中から、突然の大声。


 怪奇現象ではなく、当然ヨバナちゃんの声だ。


 強い意志を感じる瞳で、ゴレムさんをまっすぐに見据えながら、ヨバナちゃんは大人っぽい女性の発言を否定した。


 そんな声にびっくりしたのは、俺だけでなくゴレムさんも同じだったようだ。


「そんなことない、か」


「そんなことないです。わたしは好きです。ママとパパとここに来るのが、いつも楽しみでした」


「そうかそうか」


 かけていたメガネを外しつつ、ゴレムさんは俺たちから目線を外すようにうつむいた。


「ありがたい話しだ。そう言ってもらえれば、あの魔法使いも浮かばれるさ」


 感慨深そうにゴーレム女史は目を細めた。当時のことでも思い返しているのかもしれない。そんな彼女も微かに笑ったように見えた。


 それこそ、図書委員というか、図書館司書というか、一見しっかりしたお堅い印象を受ける女子と言うより、女史って感じだが、意外と情にもろいのかもしれない。ゴーレムなのに?


「やっぱり、あなたは魔法使い本人じゃないんですね」


「私がか?」


 その問いに俺がうなずくと、女史は快活に笑った。


「そんなはずないだろう。魔法使いも人間だ。私みたいなゴーレムなら、壊れた部分を補えば動くが、人間じゃそうはいかないだろう?」


「それじゃあ、復活の魔法なんかは」


「それは魔法使いの領分じゃない。魔法の範疇かもしれないが、少なくとも私は知らない」


「そう、ですか」


「何? 生き返らせたい奴でもいるのか?」


「いえ、帰りたい場所があるんです」


「ふぅん?」


 値踏みするような視線を感じる。


 まあ、ヨバナちゃんの方はまだしも、俺はまだ墓荒らしの方だって可能性は残っているわけだし、仕方ない。


 さて、ヨバナちゃんは熱烈にアピールしてくれたが、この局面、どう切り抜けたものか。


 よくわからない人に案内されて、よくわからない部屋に来たものの、未だ目的は達成されていない。それに、老人と戦った後と違い、宝箱を開ければ大団円というわけでもない。


「いやさ。言い忘れていた。私に敬語は必要ないよ。それと、そんなに警戒する必要はない。私が感謝してるのは本当だ」


「そうなんでしょうけど……」


「まあ、言葉で言っても伝わらないか」


 ゴレムさんは、そこで再びメガネをかけ直すと立ち上がった。


 まるでどこかの民族衣装のような、やたらとひだの多いスカートを揺らしながら、女史は無警戒に俺たちに背中を向け、それから部屋を少しうろうろし出した。


 ぶつぶつと独り言を言いながら、室内をしばらく物色すると、両手に何かを抱えながら戻ってきた。


 そして、戻ってきた女史は、含みのある笑みを浮かべながら椅子についた。


「お望みのものはこれだろう?」


 彼女が勢いよく突き出してきたものは、それぞれ薄い板と厚みのある紙の束のように見えた。

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