♰Chapter 18:『猫の手部』の部室

「もう状態は万全なのか?」

「ええ、大丈夫よ。この通り」


水瀬は週末を挟んで見事に〔調整〕を完了した。

日帰りできなかっただけに思うところもあったが、無用の危惧だったらしい。


「でも任務への復帰はまだ無理ね。念のため、一週間程度の魔法の行使は固く禁じられたわ」

「強力な固有魔法はそれだけで大変なんだな――この教室か」


オレと水瀬はただ魔法について話し込んでいたわけではない。

晴れて部室を与えられたということで、そこに向かっていたのだ。

そして目の前にはその扉がある。


――がちゃん。


水瀬が開錠する音がやけに生々しい。

それから胸に手を当て一度大きく深呼吸をしている。


「お、お邪魔します……」


恐る恐るといった感じで扉に手をかける水瀬。

無人の教室を開けるというのに律儀に挨拶も添えている。


……なるほどな。


「あ」

「ひゃいっ……⁉」

「……何でもない」


水瀬に無言の睨みを効かされるが、それも一部の人間にとってはご褒美だろう。

もちろん、オレはそちら側の人間ではない。

だが嗜虐心が煽られたのもまた事実だ。


「お前が怯えているものを当ててみていいか?」

「な、なんのこと? 私は何も怖がってないわよ?」

「お化け」

「……!」


皇副校長からある噂の話が持ち込まれたとき、確か反応が一瞬鈍くなったはずだ。

あの時は原因がはっきりとしなかったが、『お化け』の単語だったことが判明する。


水瀬は苦悩したようだったが、最後には素直になることに決めたようだ。


「~~! ……はあ……もうバレているみたいだから白状するわ。子供っぽいって笑われるかもしれないけれど、私はお化けとか幽霊の類が苦手なの」

「へえ……同じ超常現象で言えば魔法も大概だと思うが」

「それとこれとはまた違うのよ。魔法使いは魔法のことについてある程度は知っているでしょう? でも霊体については全く何も分からなくて怖いというか……」

「確かに。理解できないものが怖いのは真理だな」


魔法を一番最初に目撃した冬の夜。

オレは平常心こそ忘れていなかったが、理解しがたい状況に身体は硬直していた。

今思えばあれは本能的な未知への恐怖だったのかもしれない。


水瀬が躊躇っているようだったので提案を持ち掛ける。


「ならオレが代わりに開けてもいいが……」

「これは私の仕事だから」


きっぱりと言われては無理強いすることはできない。


そもそもまだ夕刻だ。

日差しは傾いているものの、視界を奪われるほどではない。

お化けとやらがいるのだとしてもこんな時間から出たりはしないだろう。


がらがら、と扉を開けた先は真っ暗で、埃っぽい匂いが充満していた。

黒カーテンで室内は覆われており、想像より倉庫のような印象が強い。

そして黒板用の大きな三角定規やら地球儀やら冊子類の山などなど。


「汚部屋といって差し支えないな」

「そうね。お化けはいなそうね」

「お化けはいなそうだが、Gは出るかもしれないぞ」

「……それも嫌ね。もしもの時は氷魔法で――」

「魔法の濫用は禁じられていたはずだ」

「……なら貴方の上履きで――」

「人の上履きを何だと思っている」


下らない冗談のやり取りで水瀬の緊張も解けたようだ。

彼女は道とも呼べないような隙間を縫って、教室を覆う黒カーテンを開ける。


「当たり前だが教室の造りは同じだな。オレと水瀬の二人で使うには広そうだ」

「これから最低でも一人は部員が増えるから平気よ。早速掃除に取り掛かりましょう」


水瀬は黒髪を後ろで纏めると腕を捲る。

オレもそそくさと清掃活動に取り組み始める。

二人では明日までかかるかと思わされたが、教室前半分と後ろ半分で分担したことが功を奏したらしい。

てきぱきと要らない机や椅子、調度品等が廊下を満たしていく。


オレはふと一つの段ボール箱に目を留めた。

わずかではあるが揺れているように思えたのだ。


「なんだ……?」


そっと手を伸ばし、中を覗き込む。


「っ!」


反射的に上体を反らしたため、後ろに積んでいた冊子の山が倒壊する。

舞い上がる塵粉塵。


「八神くん⁉ 凄い音がしたけど大丈夫なの⁉」

「ああ……オレは問題ない。段ボールから何かが飛び出してきて――」


“みゃん”


オレと水瀬が同時に一カ所を見て固まる。

そこには黒茶白の三毛猫がこちらを伺っていた。


「可愛い……じゃなくて、どうしてここに猫がいるのかしら?」

「迷い込んだのかもな。捕まえた方がいいのか?」

「無理に追いかけない方がいいんじゃない? 猫は無関心の方が好きって聞くわ。あ、待って!」


三毛猫は開け放たれた教室の扉から走っていってしまった。

水瀬は名残惜しそうに後ろ姿を見送っている。

無関心が賢明としつつ、関心を抱いてしまっている様子の彼女。


「ええと……こほん。私が後で先生に報告しておくわ。早く見つけてあげないとかわいそうだものね」

「ああ、任せた」


水瀬が気恥ずかしそうに取り繕う姿を横目に、オレは作業に戻る。

予期せぬハプニングがあったものの、最終下校時刻までには部室の形になっていた。

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