第一章 世界観 編

第一話 妙ちくりんな世界1

~バグにもほどがある~


 悪い夢を見た。


 親友だと思っていた奴が乙女ゲー信者だった。

その乙女ゲーに出てくる別名天使ちびストーカーに話しかけられた。

そしてそのまま気絶させられた…………


 そう、全ては夢。




「夢……夢……夢……」


「ハハハッ! 全部、現実だぜ?」


「夢……夢……夢……夢――――現、実っ」


 嘘だ。嘘だと言ってェ‼


 私の今いる場所は、令和だと。

絵本ファンタジーをモチーフにした撮影現場だと言ってェ‼


 この際、ドッキリでもいいからっ‼ 半殺しで許すからっ‼


 そして……

隣でバカ笑いしてるのがさっきの天使ちびストーカーだと言って…………


 いや。


「なんで天使が堕天してんの?」


「さぁ?」


 こいつ。さっきのちびとは打って変わって黒髪赤目の凶悪面。性格も真逆。

 今のこいつはまるで。


「まっ、デ・ビルとでも呼んでくれよ?」


 そう、悪魔だ。

 天使が堕天を飛び越え宙返りでもしたのか、悪魔に成り下がっている。


 私が気絶した間に何があったのか。

さっきまでのあざとさは姿を消し、職務怠慢のように欠伸をかまして宙を浮いている。


「あ、あれか。担当が変わった的な?」


「いや、違うぜ?

俺は確かに、あのエン・ジェルだ」


 当たり前に答える別名、悪魔のちび。

 そういや、あの別名天使ちびストーカー。

エン・ジェルって名前だったっけ。


 名前もテンプレ――を通り越して

あまりに適当で覚えてもなかったわ。


「何が起こったのかは俺にも分からねェ。

けどまぁ、トリップには無事成功したからいいだろ?」


 え。


「……とりっぷ?」


「あ、これ言っちゃダメだっけか?

 まっ、いいよな。

 前の俺はVirtualだって言ってたけどよ、これは現実だぜ」


「げん、じつ?」


 内容についていけなくて、言葉が端的にしか出てこない。


 トリップ? 現実?

ここは、ゲームの世界じゃないの?

ここは、いつでもセーブが。リセットができる世界じゃないの?


「そっ。ここはセーブもリセットもできない現実だ。そして、お前が生きてた世界とは違う世界線にあるもう一つの世界」


 うん、訳分からん。それは異世界って事?


 まぁ、確かに?

無い、とは言い切れない。無いものを無いと証明できないのだからっ。


 ……ちょっとカッコつけちゃった。


「だとしても、なんで私が? よりにもよって私がっ、来なきゃいけないのかなァ?」


「そりゃ、簡単だ。

あの世界でお前が一番、この世界の波長に合ったっつーよくある乙女ゲーの展開だ」


 そりゃ随分、迷惑な展開があったもんだね。

そんな答えじゃ、これ以上ゴネるのも憚られるわっ。


 …………そんなことはないか?

ここは一つ、壮絶にゴネるべきか?


「んじゃまぁ、改めて?

ようこそ。【Dream Story 〜君に捧げる絵本の王子様〜】の世界へ」


 あ、なるほど。ここは地獄ですか。


        LOADING・・・




 さて。改めてではあるが、クソゲーの設定を振り返りたいと思う。


【Dream Story ~君に捧げる絵本の王子様~】


 普通の高校生だった、

姫神 愛(ひめがみ あい)。

しかし突然、目を覚ますとそこは絵本の中⁉

 戸惑うヒロイン。そこに絵本を彩ったイケメン揃いの主役たちが。

 魔女により呪われた、絵本の中の悪役たちが暗躍する絵本の世界でヒロインは主役たちと生き、徐々に心惹かれていく――


 攻略キャラ、隠しキャラ。

合わせて、六人。


 ヒロイン 姫神 愛

 容姿は平凡だが愛嬌のある女の子。

(ピンク髪をゆるゆると垂らし、目は蒼色という日本人離れした容姿。おまけに、図太いおとぼけぶりっ子ちゃんである)


 サポートキャラ エン・ジェル

 白髪赤目の可愛らしいちびキャラ。

元気で明るく、ヒロインの恋の手伝いをしてくれる癒し担当。

(白髪赤目のテンプレキャラ。恋のためとか言って攻略キャラのストーカーをする。別名、天使ちびストーカーである)】


 という設定だったね。


「おいおい。ひっでェ思い出し方だなぁ?」


 えー…………

そして、初めのシーンでヒロインは悪漢に襲われそうになる――はずなんだけど。

その気配はなし。


 そうなると、そもそも私にはどのくらいヒロイン要素が入っているのだろうか。

こちとらとてもじゃないが平々凡々とは程遠い容姿だった気しかしないが。


「ん? お前、気付いてねェのか?

まぁ、あんだけボロクソ言ってりゃ気付いてる訳ねェか」


「……なにが?」


 ニヤけた面をしているちび悪魔。その面を見るに、嫌な予感しかしない。


 まさか……まさか、な?


「クッ。ほらよ? 自分の容姿、見てみろよ」


 不意打ちに手鏡を取り出してこちらに向けてきた。それを避ける暇もなく、ダイレクトに手鏡に映った自分を直視してしまった。


 そこには、ピンク髪をゆるゆると垂らしている蒼色の瞳をした日本人離れの少女。あの、図太いおとぼけぶりっ子ちゃん、その人がいた。


 そして、それは無情にも私のことだ。


「な…………なんじゃこりゃあァァァァァ⁉」


 嫌な予感は見事に的中だ。

私はあの、【もうっ、わたし怒っちゃうんだからぁ。プンプン】系ヒロインの容姿、そのものとなっていた。


 イコール……私はこれで正真正銘、クソインに成り代わったのだ。

つ、辛すぎるっ…………


 ――ま、待てよ。

もう一つ至急、確認したい事がある。


「ん、なんだどうした?」


「わ、私の名前って……」


 解答次第ではむせび泣ける自信がある。

大人なのに、外でむせび泣ける自信がある。


「あぁ、それなら安心しろ。お前の名前は【藍沢 桜】って登録してある」


 それはよかった。一安心過ぎる。


 あんな如何にもヒロインっぽいキュるるんな名前はお断りだ。【姫神 愛】って。どこが平凡だ。キュるるん過ぎる。


 そのキュるるんカラーになってしまっている私だが……


「まぁ、それは置いといて。

 シナリオじゃ、悪漢が襲ってくるはずじゃないの? というか、こんな朝っぱらの路地裏じゃなくて、いかにもな森の中じゃなかったっけ」


 襲ってくれと言ってるようなもんじゃなかったっけ。


「それな。俺にもさっぱりだ。

 だが、一つだけ可能性があるとすれば……」


「あるとすれば?」


「恐らく、バグだ」


「バグ……」


 でも、私がゲームを全クリするまで、こんな事は一度もなかったけど。


「そこが問題だ。開発者のミスはあり得ねェ。とすると、どうしてバグったのか。

 バグってのはな、所有者個人だけに起きるケースもゼロじゃねェんだ」


 そりゃ迷惑な話だ。押し付けてきた信者の仕業だろうか……

 濃厚だ。濃厚過ぎる線だ。


「お前はなんか心当たりねェのか? 

俺が来る前に白湯こぼしたとか、カセットを指紋まみれにした、とかよ?」


「失礼だな。

私がそんな非常識なこ……と…………」


 あれ? ちょーっと待てよ?

ちょっと、記憶を巻き戻すか……


 ここに来る前……ちびに会う前……

信者といる時……じゃない。

信者が帰った後…………


【○ねェェェェェ‼】


 …………やっっっべェ。

こ、これは、記憶の奥底にしまい込――


「はあァァァァ⁉ んな事したのか、お前っ⁉」


「あっ⁉

か、勝手に思考を読まないでくれるかなっ‼」


「ヒロインの思考は常にサポートキャラには筒抜けなんだよっ! ゲームで散々、見てきただろうがっ‼」


 あ、そでした。いやぁー、通りでさっきからテンポいいなと思ってたんだよ。

そっか。思考を読まれてたのかー……


「……変態」


「あァ⁉ なんで俺だけ変態呼ばわりされなきゃいけねェんだよ!

エン・ジェルだって男だかんな?」


 え、マジか。あれは絶対、女子だと思った。

あの仕草と喋り方は女子だった。

まさか男の娘だったとは。


 いや、そうするとストーカーの意味が……

男が男をストーカーって、一部のマニアが食い付くんじゃ……?


「おい、ストーカーって呼んでんのはお前だけだかんな。俺がやってたのはサポートキャラだったからだ。アホみたいな勘違いすんなよ」


 ん。そこをヒロインのためって言わない所は流石悪魔。ポイント高いよ。

天使だったら絶対、言うね。


「たくっ。どうやら謎は解けたな。

俺がこんなになったのも。場所が違うのも。悪漢が来ないのも。攻略キャラが来ないのも。

全っ部、お前のせいだ」


「ア、アハハ……」


 そんな言い切んないでも……


「笑い事じゃねェぞ?

あの場所じゃなきゃ物語は始まらねェ。主役たちとも会えないんだぜ」


 あー……いや、それ割といい事じゃない? 

 このまま会わなきゃ、恋愛なんて始めなくていいし、砂糖を垂れ流す必要もない。万々歳か。


「そうもいかねェよ。

攻略キャラの誰かと恋人にならない限り、お前は元の世界に帰れねェんだぜ?」


「えぇー……他に方法ないの?」


「ないな」


 きっぱり言い切るなんて。流石、悪魔だ。悪魔過ぎて泣きそうだよ。


 恋人って……恋人って……泣く。


「それに、お前はここじゃ普通の人間と変わらない。そんなお前が呪われた悪役はびこる世界で一人……生きていける訳ねェだろ」


「オーマイガー……」


 ちび悪魔の言う通りだ。


 恋愛するか、死ぬかとか……

絶対、相容れない言葉に私は選択を迫られている。


 死ぬのは御免だ。だってこの世界の死に方、痛そうなんだもん。


でも、恋愛……

あの砂糖だらけの恋愛を私が…………


「とにかく。どうにかしてあの場所で悪漢に襲われなきゃ、攻略対象の一人であるキャラに保護してもらえねェってことだ。

分かったら諦めて、ヒロインやれ」


 ヒロイン……分かってるよ。

私はこのゲームのヒロイン。もう泣いたって愚痴ったってそれは変わらないのだ。


 なんて非情。なんて残酷な事実なんだ。


「まぁ、そう落ち込むな。

俺もサポートくらいしてやっから」


 当たり前だ。そのためのキャラだろ。

逆にしてくれなかったら、死にそうになった時、見代わりにしてくれるわ。


「ハハハッ! そりゃ、頑張んねェとな」


「んじゃ、まぁ。

行きたくないけど、逝きますか」


 そんなこんなで私はあの場所を探すため、この路地裏から外へと足を踏み出す事にした。


「初めのいーっぽっ…………ありぇ?」


 そうして踏み出した先には、

まるで絵本の世界! というような鮮やかでわくわくするような光景が広がって――


いなかった。


 そこは見渡す限り、絵本絵本絵本。

書店と呼ぶのも憚られる、絵本しか売っていない店が乱列している目の前のこの光景はもはやミステリー。


 そして、近くの看板にはこう書いてあった。


【次の絵本の主役は君だ‼】




第一話 妙ちくりんな世界1

~バグにもほどがある~ END・・・

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