第14話 王子と婚約者は密談をする・前編

 ◇◆◇◆◇◆



 王立学園の中には王族のみ利用できる特別室があります。カレンは人目を避け、わざと遠回りをしてから特別室への道案内をしました。

 ドアの前には護衛が1人います。ディアナとカレンの顔を見ると一礼し、ドアをノックしました。


「どうぞお入り下さい」


 中からそう言ってドアを開けてくれたのは王子の従者である男性、セオドアでした。彼は王子より年上の為、学園の生徒では有りませんが侍従兼護衛として常に王子と共に居る人物です。

 彼の横を通りすぎて部屋の奥に目を向けると大きな出窓があり、そこから明るい光が差し込んでいます。その手前の椅子に座るエドワード王子の漆黒の髪は差し込む陽光を弾きキラキラと輝いています。


「ディアナ、呼び出して済まない。座ってくれ」


 その落ち着いた声音を聞いた途端、ディアナは胸の中に懐かしさのような温かい物を感じました。優しい翠の瞳で、微笑みで、彼女の前にいる彼は以前のエドワード王子と同じように見えます。

 違うのは腕組みをしている事ぐらいでしょうか。右手の人差し指を上げたり下ろしたりを繰り返しています。イライラしているかのような動きですが王子がディアナの前でそんな素振りを見せた事は今までありません。


「いいえ、殿下とお話をできて嬉しいですわ」


 ディアナは淑女の礼を取り、そう言って殿下の向かいの椅子に腰を下ろしました。カレンは入り口の側、セオドアの横に控えています。

 エドワード王子は音もなく上げ下げしていた指を上げ、そのままピタリと静止しました。


「それは本心かな? 君はいつも僕との会話では黙り込んでいるか、さして興味もなさそうな話題で終わらせようとしていたと思うが」


「!」


 思わずピクリとディアナの肩が揺れます。


(この間カレンに言われた事をまさか殿下本人に掘り返されるなんて……でもこれ以上嫌われたくはないわ……)


 ディアナは標準語外面であってもできる限り誠実に、真実に近い返答をします。


「……いいえ。ワタクシ、こう見えて口下手なんですの。殿下とのお話はいつも緊張してしまいます」


 それを受けた王子の翠色の瞳が尚一層優しさを含んだように見えたのは、ディアナの気のせいでしょうか。


「ふふっ、口下手か。昔の君はお喋りだったと思うが」


「え?」


「……まぁいい。今はそういう事にしておこう」


 先程一度止まっていたエドワード王子の右手の指が、また動き出します。


「君は僕がこのう日で妙な事をしていると思うろうが、ずっと前から考えていた」


 ディアナはすぐにこの会話に違和感を覚えました。しかし何がそうさせているのかまでは気づけません。

 王子は上げ下げしていた人差し指を上げたまま、こう言います。



「殿下……」



 王子の真剣な眼差しに、ディアナは口をつぐみ膝の上に重ねた手を握りました。


(この違和感が何かわからない自分が悔しくて、恥ずかしい……)


 今まで恥ずかしがらずに王子と腹を割った話をしていれば、違和感の正体にも気づけたかもしれません。いえ、それ以前に誤解され嫌われることも無かったでしょう。

 婚約者という立場でありながら王子と向かい合うことから逃げ、ただ外面を繕うだけだった過去の自分を恥じたのです。


「君はだろうが、違うんだ。だ。今ま出会った事の


 王子は話しながら、再び指を上げ下げしています。


君とのいる。反対する者もわけでは無いが、最終的にはの気持ち受け入れてくれるといる」


 一気にこう言うと、ふうっと息をついてから指を立てました。



 ようやくディアナにも違和感の正体がわかりました。

 王子のいつもとは微妙に違う口調と、指の上げ下げから、言葉とは別の何かを伝えたい……おそらく指を立てている間は本当の事を言っているのでしょう。

 わざわざこんなことをするのは、誰かが陰で話を盗み聞きしている可能性があるという事です。


 しかしその事に気づいたのは話の後半です。しかも指を細かく上げ下げしていたところは部分的にしか意図を汲み取れませんでした。

 それに……


(殿下は言葉の上では婚約を破棄したいと言っているわ。これをワタクシが同意したらどうなるのかしら……)


 彼女は膝の上で握っていた右手の人差し指だけを伸ばしました。



 その後に人差し指を握りこみます。


「……まっ、まずは慰謝料を払って貰わな、お話になりません!」


「……ディアナ?!」


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