第13話 公爵令嬢は再び場を凍らせる

 ◇◆◇◆◇◆



 翌週。王立学園でディアナは一刻も早く帰りたくてたまらなくなりました。

 学園の生徒の皆の視線が突き刺さりむず痒さを感じていたのです。


 以前からディアナは学園内で標準語の外面を使うのが疲れるのでカレン以外を遠ざけ無表情を貫いた結果、見事な孤高の存在ぼっちとして遠巻きにひそひそと噂をされる存在だったのですが、今回はなんだか様子が違います。


 先週末廊下でシャロンを泣かせてしまったのが悪い噂を生んだのだと最初のうちは思っていました。 その後にアレスとシャロンがそれぞれその噂を否定してくれたと聞いていたのですが、何かその噂が更にねじ曲がって伝わっているのかもしれません。

 噂をしているらしき数人と目が合うと今まで皆は目を逸らしてさっと逃げていたのに、今日はニコニコされる事が多いのです。中には目礼をする者までもいます。

 ……生暖かい雰囲気とでも言えばぴったりでしょうか? なんとなく居心地の悪いような。


「ディアナ様! ディアナ様、聞いてください!」


 自称"取り巻き"の令嬢の内の二人が、小走りで教室に入ってきました。

 ディアナはどうせくだらない話をするのだろうと思いオートモードに切り替えようとした刹那、


「あの、ハニトラ男爵令嬢が、今度はヘリオス様に言い寄ってるんですよ!!」


「え?」(お兄様、約束通りフェリア嬢に接触してらっしゃるの!?)


 思わず目を見張ったディアナの反応に、いつもは無視か会話をぶったぎられている二人が大喜びで口々に言います。


「あの麗しのヘリオス様! ディアナ様のお兄様ですよ」


「今二人が中庭の木の下に立って話しているのを見たんです!」


「あの女、こーんなあざといポーズしちゃって!」


 令嬢の一人が両手を拳にし、口元に持ってくるポーズをして見せました。

 目の前のご令嬢はともかく……という事はとても口には出せませんが、確かにフェリアなら見た目の愛らしさをより引き立てて殿方の心を射止めそうな所作です。


「エドワード殿下だけでなくヘリオス様にも言い寄るだなんて、あの女厚かましいと思いませんか!?」


「男爵の庶子だと聞いたわ! こないだまで庶民だったそうじゃない。生意気よ!」


「ちょっと身の程をわきまえるよう注意してやりましょうよ!」


 他の"取り巻き"も加わり、フェリアを糾弾せしと口々に言います。まさか(カレンが唆した為に)兄の方からフェリアに近づいたからそっとしておいて、とは言えません。


 かといって彼女達の言葉は淑女としては攻撃的かつ下品なものです。無関係なら目を背け聞かなかったことにすれば良いのでしょうが、今まさに巻き込まれそうになっている身としては全力で否定をしなければ自身の品性まで周囲に疑われかねません。

 困ったディアナは思わずいつもの冷たい口調で彼女らに言いました。


「貴女方にとっては殿下も、兄も、ハニトラ男爵令嬢も関係のない人間でしょう? それでよく赤の他人に対して『身の程をわきまえるように』なんて傲慢な事を言えたものね。見苦しいわよ!」


 教室内がシン……と静まり返り、ディアナは言い過ぎた事にすぐ気づきました。"取り巻き"の令嬢たちは真っ赤になって涙目で震えています。これは悲しみではなく恥をかかされた怒りの震えなのだという事は流石のディアナでもわかります。


 しかしディアナの指摘は事実であるからこそ彼女らは真っ赤になっているのです。進んで謝罪や前言撤回をするのも違うでしょう。


「……失礼するわ」


 無表情のまま、しかし内心はとても気まずい思いでディアナは教室を出ます。


「おっと、失礼」


 教室のすぐ外に立っていた男性が詫びながらするりと避けて道を開けます。その相手がアレス・ノーキンとわかり、今のやり取りを聞かれたかもしれないと一層暗い気持ちになるディアナ。


(また冷たい姫様、とからかわれるわね)


 しかしアレスはニコニコと、ディアナの後ろに付いてきたカレンに近寄ります。


「カレンちゃん、今日も可愛いね」


「ノーキン様、"ちゃん"付けは止めて頂けませんか」


 苦笑いで、しかし愛想は失くさずに対応するカレンの手をぎゅっと握るアレス。


「じゃあなんて呼べば良い? カレン様、だと他の男と差をつけられないから嫌だな」


「男女の事は呼び名より、まずはお互いを知り心の距離を縮める事が先でございましょう?」


「ハハハ! そりゃそうだ。じゃあ今度デートしてくれる?」


 さりげなく握られた手を離しながら伏し目がちに答えるカレン。


「……私はお嬢様のお側を離れられませんので、学園のカフェテリアで皆様とお茶程度でしたら」


「ちぇ、……まぁいいか。じゃ約束だよ。またね!」


 去っていくアレスを見て、まるでつむじ風のような勢いだと思いながらディアナが歩きだそうとすると、カレンがそっとアレスが去った方向とは真逆の方を目で示し呟きます。


「お嬢様、移動致します」


(あら、口説いていたのは偽装だったのね)


 いつの間にかカレンの手の中には小さな紙片が収まっていました。

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