第5話 シャロンの心理がわからない公爵令嬢

 ◇◆◇◆◇◆


 ディアナ達は王立学園の一部屋、応接室を借りてシャロンを長椅子に寝かせました。

 ここまでシャロンを抱えて運んでくれたアレスは、物見高い生徒達が勝手な噂話をしないよう鎮静すると言って出ていきました。

 ……が、騎士見習いのアレスがあの銅鑼声で「苛めじゃないから!」と言ってまわれば逆効果ではないか……とディアナとカレンは少しだけ心配ではあります。


 医者を呼び診て貰ったところ、シャロンはショックで一時的に気を失っただけの様でした。

ディアナは彼女が目覚めるまで付き添うという体で応接室に残り、彼女がしたためた文章を読んでいました。ちょっと迷いはしたのですが、読んでも良いかというディアナの問いにシャロンは一応「はい、どうぞ」と言いかけていましたし、何よりもその文章に惹かれてしまい読みたくて仕方なかったのです。


「……ふう」


 読み終わったディアナは思わず瞳をキラキラと輝かせて、幸せな溜め息をこぼしました。

 先程、アレスが拾った一枚……シャロンが書いた恋愛小説『王子と凍える赤薔薇姫』の1ページ……の詩的な表現に彼女の非凡な才能を感じていましたが、それを最後まで読んだ今は尚一層強く感じ、彼女の将来性にワクワクしていたのです。


「…………ううん……」


 シャロンが目覚め、カレンが傍に寄ります。ディアナも普段の無表情の上にとびきりの笑み(のつもり)を乗せ、優しい声をかけるように努めました。


「ご気分は如何ですか? シャロン・ソーサーク様。お紅茶でも用意させましょうか?」


「……ひゃっ!! あああもっ申し訳ございません!!!」


 飛び起きてまたもや土下座しそうになるシャロンをカレンがさっと止めます。


「どうか落ち着いてくださいませ。そんなに取り乱されては、ワタクシが苛めているみたいですわね?」


「はっ……」


 それを聞いた途端に謝罪こそぴたりと止めたものの、何か長いものでも丸飲みしたような不思議な表情のシャロン。


「何か悪いことでもなさったのですか?……例えば、盗作ですとか?」


「違います!! 盗作なんてしてません!! これは私の作品です!!」


「では何故謝罪をされているのですか?」


「あの、……そんな話を書くなんて……私はゆるされないかと……」


 ディアナはその後に言葉が続くのかと思い待ちましたが、シャロンはモジモジしてあまり要領を得ません。


「何故赦されないとお思いですの? 先程全て読ませて頂きましたわ」


「ひぇあっ!!?」


「とっても素敵な恋愛小説ですね。貴女には素晴らしい才能が眠っていると思いますわ」


「えっ……えっ……ディアナ様、怒っていらっしゃらないんですか……?」


 怯えながら聞くシャロンの疑問にディアナは内心首を傾げました。貴族の娘がこっそり恋愛小説を書いている事を、人によっては『はしたない』と責めるかもしれませんが、ディアナが怒る筋合いなど無い筈です。


「何故ワタクシが怒るとお思いに? 破廉恥な内容も無かったですし、内容も恋の表現も読んでいて楽しいですし、何より女性なら『こんな恋をしたい、好きな男性と永遠に添い遂げたい』と誰もが憧れときめくのではないでしょうか?」


「……!!」


 シャロンの青白かった頬に徐々に赤味が差してきました。表情も一気に固さがとれています。


「シャロン様……とお呼びしてもよろしいですか?」


「いいいいいえ!! 勿体無いです。呼び捨てにしてください!!」


「そういう訳にはいきません。シャロン様、貴女は先程一人で隠れてこれを書いたと仰せでしたけれど、貴女の師となる方や、貴女の文章の才能を認めた支援者後ろ楯はいらっしゃらないのですか?」


「そんなのいません! 本当にこっそり勝手に書いただけなんです! 父も母も知りません!……ただ、友達には完成したら読ませる約束をしていましたけど……」


 首を横に振るシャロン。栗色の前髪が揺れ、その下の大きな茶色い瞳も揺れている様がとても可愛らしいわ、と好感を持ちながらディアナは言いました。


「じゃあワタクシともお友達になってくださる? 貴女の書いたもの、また是非読みたいわ」


「いいいいいえ!!! そんな、そんな恐れおおいです!!! それに私の書いたものなんてディアナ様を侮辱するようで……」


(侮辱? 先程から赦されないとか怒るとか、何故そんな事を仰るのかさっぱり理解できないわ。ワタクシ、やっぱり人付き合いはちょっぴり苦手みたいね……)


 シャロンの心の内には悪いものはなさそうとはわかるのですが、それ以上細かく読むことはできない事に少しだけ落ち込むディアナ。

 が、元々無表情気味の顔ではそれを気取られることもありません。彼女はそのまま話を続けます。

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