明るい優等生

 体操着に着替えるために、ボクは更衣室に向かった。

 更衣室があるのは、第一棟。

 第二棟が、いわゆる教室棟だ。


 体操着の入った袋を持って、教室を出る。

 昼休みだから、他の生徒は教室でご飯を食べたりしていた。

 教室にいない人は学食だろう。


 階段を下りて、渡り廊下を歩いて、第一棟に向かう。

 夏だから、乾くのは早いだろうけど、シャツの中で汗と混じり、少しだけ気持ち悪かった。


 ジリジリと焦がす太陽の明かりに当たると、首筋に浮かぶ細かい飛沫が、汗粒に巻き込まれて鎖骨に落ちていった。


 職員室の前を歩いていた時だった。


「え? 大丈夫ですか?」


 声に振り向くと、女子が立っていた。

 ちょうど職員室から出てきたばかりみたいだ。

 首を傾げて、ボクの事を見ていた。


「あの、これ使ってください」


 白いハンカチを渡され、戸惑ってしまう。

 ボクは女子の襟首を見た。

 シャツの襟首には、ラインが入っている。

 学年別に色が違って、『三年は青』、『二年は赤』、『一年は緑』となっている。


 ボクは緑。

 彼女は、赤色だった。

 何も言わずに見ていると、額にハンカチを押し当てられた。


「酷い。……誰かにイタズラされたんですか?」

「いや、その」


 上手く言えないけど、上品な香りがした。

 大人っぽい女子の香りだ。

 一通り、顔の周りを拭きとってもらうと、ボクはお礼を言った。


「ありがとう、ございます」

「もしも、誰かにイジメを受けてるようなら、言ってください。アタシが、ガツンと言ってあげますから」


 小さく握り拳を作り、歯を見せて笑う。


 とても、同じ二年とは思えなかった。

 氷室先輩が月なら、彼女は間違いなく太陽そのものだ。


 全体的に真面目な雰囲気の先輩だし、陰湿な真似は許せない性分なのかもしれない。


 紫色のリボンが特徴的だった。

 後ろで一本に結び、ポニーテールにしている。

 彼女もボクより背は高かったが、スラリとしていて何だか綺麗な人だった。


「じゃあ、アタシはこれで」


 去り際にボクは会釈をして、背中を見送った。

 先輩に優しくされたのは、たぶん初めてだ。

 そもそも、怖いイメージがあるから、上級生には話しかけない。


 ボクは元の方を向き、更衣室を目指した。

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