第8話 不安と責任
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
香帆ちゃんはオムライスを1口、口に運びその味を知った途端、更に目を輝かせて無我夢中で食べ進め、あっという間にお皿を空にした。
「おそまつさまです」
香帆ちゃんの年相応の無邪気でかわいらしい反応が見れて少しホッとした。また作ってあげたくなる。
「他にも食べたい物があったらいってね」
「……ありがとう、ございます」
香帆ちゃんは自ら食器をシンクに運び、また私の向かいの椅子に座った。
えらい、ちゃんと食べたお皿を自分でシンクに運ぶなんて。私が子供の頃は食べ終わったお皿机の上にそのまま置きっぱなしにしてお母さんによくどやされていたのに……。
ご飯を食べ終わったあとは、特にやることもなく。テレビを見たりソファーでごろごろしたり。日が暮れたころに1つやることを思い出した。まだこたつ布団を出してない。
あの日出そうと思っていたけど結局出さずに1日を終え、その後はバイトと里親委託の手続きやらで忙しく今の今まで出すのを忘れていた。やろうと思ったことをすぐにやらないとなんかまた後ででいいや……で過ごして結局忘れておしまいなんてよくある話だけど。
ということで香帆ちゃんにも手伝ってもらい難なくこたつ布団を出すことができた。
そのままこたつで夜ごはんを食べて今日も1日が終わる。
「……私はどこで寝たらいいですか?」
お風呂から上がり髪の毛を乾かし終わった香帆ちゃんは寝室にベットが1つしかないのをみて少し戸惑った様子を見せた。
「ああ、ごめんね。布団を敷くスペースがなくてさ。ベットで一緒に寝ることになるんだけど……大丈夫そう? もし嫌だったら言ってね、私ソファーでも寝れるから」
「あ、いえ、えっと、その……一緒で、大丈夫です」
「そっか。よかった」
そうして2人でベットに入り私は子守歌を歌ってあげることにした。
「なんだか懐かしい気分になります」
「お母さんに歌ってもらってたのを思い出した?」
「……いえ、お姉ちゃんに、歌ってもらってたんです」
「あれ、お姉ちゃんいたんだ」
ん、でも、連絡の取れる家族はいないってこないだ言ってたよな? どういうことだ?
「……はい。でも、私が小学校にあがる時に、お姉ちゃんは高校卒業と同時にどこかに出て行ってしまって。それから一度も、家に帰ってきてないんです。連絡先も……しらなくて」
「そう、だったんだ」
ニュースでも大々的に取り上げられている事件が起きたのに、それでも香帆ちゃんのお姉ちゃんは一体どこでなにをしているんだ……?
「こんな話をしてごめんなさい。続き、歌ってもらってもいいですか」
「……うん。わかった」
香帆ちゃんの家族について私が考えてもしかたないだろう。あまり追及するのはやめておこう。
子守歌の続きを歌ってあげると、香帆ちゃんは5分くらいで寝息を立てて眠りについた。
心地よさそうに眠っている。
これは施設の人から聞いた話だ。
香帆ちゃんは施設にいた間は口数が少なく、施設の人が話かけても何も返さずにその場から立ち去ることも度たびあったそう。まるで拒絶するかのように。
だから施設の人たちは最初、香帆ちゃんにある程度のコミュニケーション能力がついてから里子に出すべきではないかと考えていたらしい。でも、私が何度か面談で香帆ちゃんに会いに行った時は普通に会話もできていて、施設の人たちは驚いたそう。
私がその話を聞いた時、驚きはあったけど少し安堵した。少なくとも私といるときは香帆ちゃんは気が楽なのだと。そう思ったから。
心配なのは、これからのことだ。最初は普通に生活できていても、このさき、ふとした瞬間に、事件の光景が蘇ることだってあるかもしれないから。
これは、私がそうだった。事件は終わっているのに、あの時されたことが、あの時されそうだったことが、あの時植え付けられた恐怖が、終わらない悪夢となって襲ってくる。今もたまに、思い出すことがあるくらい。
その悪夢を終わらせるためだけに、自ら死んでしまおうかと思うほどに、悪質なものだ。
もし香帆ちゃんもそうなってしまったら、私には香帆ちゃんを助ける義務と、その責任がある。
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