第6話 これから
そして現在。
表札に『志崎』と掛けられた一軒家。
私は今、香帆ちゃんに連れられ香帆ちゃんの家に来ている。
普通の一軒家のようにみえる。だが、門はしまっているのにリビングに通じているであろう庭の大窓が、網戸ごと開いているのが外からでも見える。風に揺られるカーテンが不気味さを醸し出す。
私は庭の大窓から、電気の消えた薄暗い部屋の中を確認した。
「……っ」
舌の上まで出かかった色々な言葉と共に、唾を飲み込む。
想像よりもむごたらしい殺人現場が、そこにはあった。というより、誰がこんな悲惨な殺人現場を想像できただろう。
こたつテーブルはひっくり返り、夕食だったと思われる食べ物や、割れて散らばった皿がある。壁や床など、部屋中そこかしこに飛び散り乾いている血……そして、3人が死んでいる。香帆ちゃんの両親に、マスクを被りうつ伏せで倒れている不審者。
鼻の奥にこびりついて、むせ返りそうになる独特な匂い。
こんなの……こんなのが、12歳の子供が経験していいもんじゃないだろ。
ズボンを強く握りしめ、湧き上がる様々な感情をぐっと堪える。
6時40分、警察に通報した。
電話のまま状況を説明した。
それからすぐに刑事や鑑識などが来て、ことが大きくなっていった。
「どうも、千葉県警の田中です」
灰色のコートを着た30歳くらいで眼鏡を掛けた男性刑事が話しかけてきた。
田中と名乗った刑事さんの後ろには白いコートを着た1つ結びの女性刑事がいた。
安心すべき相手だと分かっていても、私は無意識に足が後ろに動く。
「……大丈夫ですか?」
「あっいえ、その、私、男性恐怖症で」
「それは失礼」
田中さんはなるほどとした顔で頭を軽く下げて後ろを向いた。そして後ろにいた女性刑事の肩にポンと手を置きそのまま鑑識さん達に話かけに行った。
「ここからは私が。車の方でお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
そうして刑事さんに連れられ私と香帆ちゃんは刑事さんの車に乗せられた。てっきりパトカーの方に乗せられるのかと思ったけど普通に売ってそうなシルバーの車だ。車の車種とかは、私にはよくわからない。
移動している時に気づいたが、近所の人たちが集まり人だかりができていた。
主婦同士で会話する人たち。通勤前なのかスーツ姿をした男性。赤ちゃんを抱えた女性。そして、子供も。
「────あ」
それに気づいた香帆ちゃんはある一点を見つめて、両目を見開いていた。
「大丈夫?」
「いえっ、なんでもありませんっ……」
私の問いに、人だかりから目をそむける香帆ちゃん。
沢山の人の視線が気になったのだろうと、この時はなんとも思わなかった。
「改めまして、
香帆ちゃん、私という順で事件について知っていることを園田さんに話した。
🔳 🔳 🔳
「ありがとうございました。事件についてはくれぐれも、他言無用でお願いします。それと後日また、署の方にお呼びしてお話を伺うことがございますのでご了承ください」
「あの、園田さん。私って逮捕されるんですか」
香帆ちゃんが重々しい表情で園田さんに尋ねた。
「私は多分、あのマスクを被った人を、殺しました。どうなっちゃうんですか」
園田さんは一瞬表情を曇らせたが、真っすぐと香帆ちゃんを見た。
「香帆さんは12歳とのことなので、少年法が適用されます。が、現場の状態と、お話頂いた事件当時の状況から見るに、正当防衛として処理されると思われます。しばらくは児童相談所の保護施設に送致され、親族、もしくは”里親”への委託が行われるはずです」
園田さんの話を聞いていて、里親という言葉が耳に止まった。
──────…………。
いやいや、何を考えているんだ私は。
「両親以外に、連絡の取れる家族がいない場合ってどうなるんですか」
「私も、その手の専門家という訳ではないので間違っている場合もあるかも知れませんが、もし連絡の取れる親族がいないというのであれば、児童自立支援施設という場所に入所だったと思います。連絡が取れる親族の方はいますか?」
「い……ない、です」
涙を必死に堪える香帆ちゃんだったが、ボロボロと大粒の涙があふれだした。
鼻水をすすりながら、両腕で涙を拭う香帆ちゃん。
ずっと、怖かっただろう。辛い気持ちも、不安な気持ちも、全部押し殺して。見ず知らずの私しか、頼ることができなかった。
まったくもって酷い話だ。
この子は、このままならきっと、施設で暮らすことになる。
知り合いも家族もいない、どういう人がいるかも分からない場所に、いきなり入れられて、その人たちとの共同生活を強いられる。
そこで幸せに暮らせる保証はどこにもないのに。
一夜にして、この子は幸せを奪われた。父親も、母親も。全て。
でもそれは、私には関係ない。
私はただ、事件に巻き込まれただけ。香帆ちゃんに会って、事件現場を目撃しただけなんだ。これ以上深く関わる必要なんてない。
──────だけど。
『こんなに……美味しいもの……久々に食べました』
理由なら、ある。
「ねえ香帆ちゃん。もし、よかったらさ……」
私は知っている。人生のどん底を。それがどれほど絶望的かを。どれだけ苦しいかを。どれほどまでに孤独かを。その中で、隣にいてくれる人の大切さを。知っているから。
かつて私がそうしてもらったように、私も。
「私と一緒に暮らさない?」
この子の支えになりたいんだ。
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