(前略)もう遅い

寿甘

ブラック&ホワイト

「いいんですかっ!?」


 私は耳を疑った。だってそうでしょ? 地方領主配下の『黒蝉くろせみ隊』でも足を引っ張ってお荷物扱いされた役立たずの私なんかが、アルベルト皇子殿下直属の『白鳥はくちょう騎士団』に入れただけでも奇跡なのに、殿下自ら指揮をされる魔物討伐行の一員に指名されるなんて!


 殿下に万一の事があったらいけないから騎士団でも選りすぐりの精鋭が選ばれるのに、新人の私なんかがご一緒していいわけがないわ!


「君の力が必要なんだ、パティ。しっかり守ってくれよ?」


 皇子殿下の輝くような瞳が私を真っ直ぐ見つめてくる。ああ、なんでそんなにお優しいんですか。私のようなひよっこにまでそんな嬉しいお言葉をかけて下さるなんて。


 思えば、私がこんなに優しくされたことはほとんどなかったな――




 私は昔から男の子にも負けないぐらい背が高くて、いつも他の女の子と違って力仕事に駆り出されていた。だからそのまま当然のように魔物退治にも連れていかれたりしたのだけど、私は生き物を攻撃するのがどうしても苦手で、ずっと盾で身を守ってばかりいた。


 生き物が傷つくのを見ると痛そうだと思って、自分でもなんか痛いような気分になってしまう。だから昔から回復魔法と補助魔法ばかり練習して、怪我した人や動物を見ると回復魔法をかけたりしていた。


 そんなんだから、魔物退治なんかとてもできやしない。でも荷物運びとかで人手が必要だから、私には必ず声がかかった。


 背が高いから地元ではデカ女と呼ばれ、とても他の女の子のような仕事をしたりお嫁さんになったりすることも出来ず。


 他にやれることも無いから領主が魔物退治用に結成した黒蝉隊に入り、大きい身体を隠せるぐらいに大きいタワーシールドを持ってひたすら自分と仲間達を守る仕事に徹していた。


 三十人いるメンバーの中で盾役は私一人。みんなが怪我しないようにと、私なりに必死で仲間をかばい、怪我した自分に【治癒】ヒーリングをかけたりみんなに【強化】パワーレイズ【加速】スピードアップをかけたりして、いつもクタクタになっていた。


「お前ほんと使えねぇな。黒蝉隊で魔物を一匹も退治してないのお前だけだぞデカ女」


「でも、私はみんなの補助に精一杯で……」


「お前はいつも盾に隠れて自分に回復魔法かけてるだけじゃねぇか! 俺達が必死に魔物と戦ってるのが見えないのか? あぁ!?」


 私は私に出来ることを精一杯やっていたけど、どうしても仲間が満足するような働きが出来なかった。そしてついには領主様に呼ばれて――


「パティ・ストレイン。君はクビだ。我々黒蝉隊は数々の功績を認められて帝都防衛の任に抜擢された。これから栄光の道を歩む我々には役立たずを養っている余裕なんかないのでね」


 金色に輝く煌びやかな調度品に囲まれた部屋でそう告げられた私はガックリとうなだれ、そのまま荷物をまとめて出ていくしかなかった。


 地元には私を雇ってくれる店もない。途方に暮れながらトボトボと家に帰るその途中で、私の運命を変える出来事が起こったのだった。


「くっ、攻撃が激しい!」


 ぼんやりと歩いていた私の耳に突如届く、戦闘の音。ハッとして目を向けると、この辺では見たことがない豪華な馬車が巨大な鳥に襲われ、鎧に身を包んだ騎士が応戦していた。


「あれは、ロック鳥! なんでここに?」


 ロック鳥はこの辺に現れるのが珍しい、強力なモンスターだ。私はとっさに【強化】パワーレイズ【加速】スピードアップを騎士と自分にかけ、盾を構えてモンスターと騎士の間に入り込んだのだった。


「助かる!」


 騎士はそれだけ言うとその場で高く跳躍し、大上段からロック鳥に剣を振り下ろした。


 その後、ロック鳥を一刀両断にした騎士に感謝の言葉を投げかけられて気分がよくなった私は、聞かれるままにたった今地元の兵隊を首になった話をした。


「だったら私のところに来ないか?」


 すると、馬車の中から声がした。この声の主がまさかの皇子殿下だったというわけ。お忍びで各地の様子を見て回っていたらこの地方には不釣り合いな強力モンスターがいきなり襲ってきて難儀していたという。


 でも馬車の中にはお側付きの騎士団長がいたから、私がでしゃばったのは余計なお世話だったのよね。それなのに私の境遇に同情して迎えてくれたのは、殿下の懐の広さなんだと思う。


 日を改めて私の家にやってきた迎えの馬車を見た両親は、驚きのあまり腰を抜かしてしまったっけ。私も本当に来るとは思わなくて口を開けて固まってしまったけど。


 帝都アレイバーグにつくと、すぐに白鳥騎士団の詰め所に挨拶に向かった。


「やあ、待ってたよ。改めて自己紹介をしよう、私は騎士団長のレオンハルトだ」


「あ、あの……本当に私なんかが白鳥騎士団に入っていいんですか?」


 まだ信じられない私は、何度も聞き直してしまう。だって、白鳥騎士団だよ? 皇子殿下直属の精鋭騎士団で、トレードマークとなっている光り輝く白銀の鎧は帝国臣民の憧れの的。白鳥騎士が道を歩けば、若い女性が黄色い悲鳴を上げて殺到するという、あの!


「もちろんさ。あれだけの強化率に加速率の補助魔法を受けたのは初めてだ。ロック鳥の激しい攻撃を難なく盾で防ぐ防御技術も素晴らしい。君のような騎士を必要としていたんだ」


 あの時ロック鳥を真っ二つにした騎士のライナスさんがそう言うと、レオンハルトさんも頷いて続ける。


「ああ、間近で見ていたが素晴らしい動きだった。相当な訓練を積んでいないとあそこまで見事なカバーは出来ない」


「でも、私は攻撃が出来なくて……」


「君は防御と支援に徹してくれればいい。一番重要な役割だ」


 魔物を倒せない支援役が一番重要なわけないじゃない。私を安心させるために大げさに褒めてくれているんだわ。


 そこまで気を使わせてしまうなんて申し訳ないけど、本当に私を入団させてくれるんだ。なんていう運命のいたずらかしら。


 こうなったら、絶対クビにならないように下働きでもなんでも頑張ってやらなくちゃ!


「そんなに頑張らなくていいのに」


「あっ、おはようございます! 部屋の掃除は終わりました!」


 次の日、誰よりも早く来て掃除と荷物の準備をする私に、ライナスさんが優しい声をかけてきた。でもこの騎士団の人達はみんな部屋を綺麗に使うから大した仕事でもないし、新人で下っ端の私が率先してやらなきゃ。


「おおっ、張り切ってるな」


 騎士団長もやってきた。ここは雑用でも何でもやって心証を良くしておかないと!


「おはようございます、団長! 何かやることはありませんか!」


 元気よく挨拶をする。元気は大事!


 そんな私を見た騎士団長は、口角を上げて笑う。


「やることか、あるぞ。さっそく君の出番だ!」


 そうして騎士団長が告げたのが魔物討伐行への参加で、遅れて皇子殿下がやってきて冒頭に戻るのだ。




 そして今、私は皇子殿下に率いられて帝都の近くにある森にやってきていた。まあ、新人の私を連れてくるような討伐行なら、大した魔物は出ないんだろうな。とはいえ、気を抜いてはいけない。殿下に万一のことがあってはいけないのだ。絶対にかすり傷一つ負わせるわけにはいかないんだから!


 タワーシールドを構えて気合を入れ直す私。そういえば皇子殿下も騎士団の人達もみんな背が高くて、私の背の高さが気にならないな。黒蝉隊では私の頭が飛び出していて目立つからモンスターに見つかるって怒られたっけ。


「そろそろか。ライナス、【探知】ディテクションだ」


 隠れているモンスターを探す魔法をライナスさんが使うと、辺りに魔物の気配が大量に現れた。えっ、こんな近くにいて今まで気づかないって、危ないんじゃ?


「ふむ、人狼ワーウルフの群れか。慎重に対処しろ」


 人狼の群れって、災害級の危険度じゃない! 迷ってる暇もない、私はまず自分に【加速】スピードアップをかけて加速し、他の騎士達に補助魔法をかけていく。総勢十名、この人数なら敵が動き出す前に全員へ補助魔法をかけられる。


「はぁっ!」


 ライナスさんが飛びかかってきた人狼を斬りつける。そこから一斉にお互いが攻撃を開始して乱戦となった。


 私は自分に【加速】スピードアップを重ねがけして戦場を駆け回り、人狼の攻撃を盾で防いでいく。時々鎧に覆われていない自分の頬を人狼の爪がかすめるけど、すぐに【治癒】ヒーリングで回復しておく。かすり傷でも放っておくと意外にダメージが蓄積するものだ。


 それにしても、かばう対象が十人だけだからかな。人狼が相手なのにすっごく楽に感じる。いや、これは騎士団の人達が強いからだ。一人一人が好き勝手動く黒蝉隊と違って、統制の取れた動きで戦っているから攻撃されるタイミングが分かりやすいし、かばいやすい間合いで戦ってくれるから難なく盾で防げる。


 おかげで、回復魔法を使う対象は私だけで済んでる。これも楽に感じる理由ね。


 私は盾で防御しているだけだけど、他の騎士達は物凄い勢いで剣を振り、次々に人狼を倒していった。私達を囲んでいた人狼の群れはあっという間に壊滅していく。


 凄い……出現したら都市が一つ滅ぶほどの災害が、その猛威を振るうこともなく消え去ってしまった。これが白鳥騎士団の実力なんだ。こんな人達の中に、なんで私がいるんだろう。


「ははっ、人狼の群れがこんなに脆いとはな。パティのおかげだ、次もこの調子で頼む」


 ええっ、何言ってるんですかライナスさん! 防御しか出来ない新人の私に自信を持たせようとしてくれているんだろうけど、褒められる経験がほとんどないから嬉しさで舞い上がってしまいそう。ついつい緩んでしまう頬を必死に引き締めた。


「素晴らしいな、私も含めて十人もの仲間を完全に守りきるとは。それに補助魔法の凄まじい強化率のおかげで凶悪な人狼がまるでただの子犬のようだった。君ほど優秀な護衛者ガードは見たことがない」


 そうしたら今度は皇子殿下にまでお褒めの言葉を頂いてしまった!


 えっ、なんですかこれドッキリ? 夢? 夢なの? 私死ぬの?


「さあ、帰還だ!」


「ほら、帰るぞパティ」


 皇子殿下の目配せを受けた騎士団長の号令で帝都に戻る白鳥騎士団。事態が飲み込めずにぼんやりしていた私は、ライナスさんに手を引っ張って連れていかれたのだった。



 帝都が近づくと、入り口前で大騒ぎしている人々が見えた。


「あれは、ゴブリンの集団が攻めてきているのか」


 皇子殿下が目を細めて言う。よく見ると、確かに騒いでいる半分ぐらいは地元でもよく見た醜い姿。


「ゴブリン程度、余裕で蹴散らせるだろ。防衛部隊は何をやってるんだ」


 騎士団長が呆れ気味に言った。そうか、あれは防衛部隊がゴブリンと戦ってるんだ!


「くそっ、なんでゴブリンなんぞがこんなにつええんだよ!」


「ぎゃーっ! 痛い痛い!」


「剣が通らない! なんでー!?」


 騎士団が駆け寄ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。黒蝉隊のみんなだ。いつもゴブリンなんて簡単にスパスパ斬ってるのに、どうしちゃったの?


「まさか、変異種!?」


 ごくまれに、とんでもなく強いモンスターが現れるという。そういうのを変異種というんだそうだ。そんなのが襲ってきてたら、帝都の危機だわ!


「助けましょう!」


「ああ、そうだな。ライナス、パティ!」


 皇子殿下が指名する。二人で助けに行けってことね。えっ、二人で?


「はい!」


 内心の動揺を表に出さず、ライナスさんと共に駆け出した。とにかく、私はライナスさんの支援に徹する!


 補助魔法を可能な限り重ねがけして、一気にゴブリン達と距離をつめた。ライナスさんが剣を振り上げ――


「はあっ!」


「グギャアアア!」


 一瞬でゴブリン達が全て真っ二つになった。あれっ?


「すげえ……」


 黒蝉隊の人達が呆然としてライナスさんを見ている。私も同じ表情かも。


「別に凄くなんかない。お前達が弱すぎるんだ」


 それに対して、ライナスさんが冷たい目をして言い放った。えっ、でもいつもゴブリン退治してたのに……?


「お前達は黒蝉隊だな、聞いているぞ。活躍を認められて帝都防衛の任を与えられておきながら、その活躍の要だったパティを切り捨てたそうだな。その結果がこれだ。ただのゴブリン相手に手も足も出ない弱小部隊、それがお前達の本当の姿なのだ」


 追いついてきた皇子殿下が、同じく冷たい声で黒蝉隊に話しかけた。私が……要だった……?


「自分達の命を守ってくれていた恩人を役立たず扱いとは、なんと身の程を弁えず、見る目のない者達か。大切な帝都の防衛をこのような弱者には任せられぬ。今すぐ荷物をまとめて領地へ帰るがいい」


 皇子殿下の怒気をはらんだ言葉に誰も声を上げられず、黒蝉隊のみんなはよろよろと詰め所に向かっていくのだった。そして殿下は私に向き直って微笑みを浮かべる。


「パティ、君は自分のことを防御しか出来ないと言っていたな。確かに、一人の人間がモンスターと戦う時には剣を振り、盾で防ぎ、どちらも自分だけでやれなくてはならない。だが、我々は一人で戦っているのではない。騎士団まとめて一つの人間と考えれば、作戦を考え指示を出す頭、攻撃して敵を倒す剣、そして敵の攻撃を防いで仲間を守る盾。それぞれを別の人間が行っていいんだ。いやむしろそうした方がそれぞれの役割に専念出来てより強くなれる。君には騎士団の盾として皆を守って欲しい」


 私は、これでいいんだ。


 殿下のお話を聞いて自分の役割を本当の意味で理解した時、私の頬を涙が伝っていた。




 あれから、何年かの月日が過ぎた。


「きゃーっ! 〝白鳥の盾〟パティ様よー!」


「ああ、素敵……あんなカッコいい女性に私もなりたい」


「〝白鳥の剣〟ライナス様もいらっしゃるわ! 二人揃うと絵になるわねぇ」


 数多くの任務をこなしてきた白鳥騎士団は、前にも増して人々から尊敬の目で見られるようになっていた。


 女性にキャーキャー言われるのは正直慣れないけど、私は自分が必要とされていることが嬉しくて、日々の訓練を楽しみながらこなしている。


「パティ! 東の山からドラゴンが攻めてきた!」


「行きましょう! みんな、準備はいい?」


「おうっ!」


 白鳥騎士団は今日も凶悪なモンスターと戦う。私はこの国を守る盾として、仲間と共に野を駆けるのだった。


~完~

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