自分を知るために

文化祭まであと16日



 週は変わって月曜日。その昼休み、わたしたち3人はオカ研の部室に集まった。


 まだHRにいるときや移動教室なんかの授業のときは緊張するけど、この部室にいるときは落ち着く。みんなが知らないヒミツを共有している友だちといっしょだからかな。


「いやー、毎日顔を出してくれてうれしいべ。オラ満足だよ」


「じゃあ、山に帰るか?」


「バカ言うでねえ、禅院山。オラ、『すたー』になるまでこのゴミ箱の中にいるだよ」


「そんで、どうすんのサトル。カッパのスター計画は?」


「昨日さあ、このカッパと相談したんだよ、どんなコトがしたいんだって。樫見さんも聞いてくれるかな」


「はい」


「ありがとう」


 いったいどんなコトをやるんだろう。禅院くんが話そうとしたとき、ドアが開く音がした。


「禅院さん、これを使いますか?」


「小林先生、わざわざすいません。ありがとうございます」


 ホワイトボードと共に小林先生が現れた。キャスターの音が軽快に響く。この中で一番張り切ってるのは、小林先生なのかもしれない。禅院くんは水性ペンを手渡され、スラスラと書き始めた。


「カッパを発見する小芝居をいれてから、カッパと戦うって流れにしようと思ってるんだよ。もちろんマジじゃなくて、拳法の演武みたいなカンジで」


 演武? そんなコトできそうにない……。


「具体的には?」


「もち考えてる」


 ホワイトボードにそれぞれの役割が書かれていく。花子さんやわたしの名前もある。


「花子さんのチカラを借りた樫見さんが、カッパと水を操ってぶつけ合う。そう、この学校で『異能バトル』を繰り広げるってスンポーよ!」


 禅院くんは勢いよくホワイトボードを叩いた。そんな夜遅くにやってるアニメみたいな! でも、それを禅院くんやカッパはできるんだよね、あの朝のときもそうだったし。


 そんなすごいコト、わたしにできるのかな……。


「それは心配するな、ユウナ」


 バクさんの声がした。また不安がもれちゃった。禅院くんはとっさに後ろを向いて、わたしに背を向けた。


「先週に見たが、ハナコとキミは相性がいい。それぞれの心の強さ弱さをカバーすれば、ワタシも舌を巻くほどのチカラを得られる」


 文字通り、バクさんはカーペットを巻くように長い舌を巻いてる。見た目よりも面白い空妖だ。


「そうそう、花子さんもうなずいてるし」


 花子さんがここにいるんだ。せめて視えるようになれば――


「あっ、そうだ。メガネメガネ……」


 忘れてた。わたしには人形の空妖が視えるようになるメガネがあったんだ。急いでかけて見回すと、カッパのとなりにいた。赤いワンピースにおかっぱ頭の女の子。ウインクもしてくれている。ゼッタイにこの子だ!


 でも、酷い話だ。どこからどう見ても、わたしよりかわいい女の子の花子さんやメリーさんは視える人が少なくて、カッパやバクさんのような、こう、話題になりそうな見た目の空妖は誰にでも視えるんだろう。


「それで、サトルはどうするの?」


「オレと樫見さんは悪者になって倒される役の予定。それでカッパは拍手喝采! ってな具合よ」


「あっ、わたしもですか?」


「うん。花子さんの能力を借りて水をぶつけあえば映えると思うんよね。まあオレに悪者は任せてよ、うまくやるから」


「あの見た目だしね」


 禅院くんやバクさんが悪い人じゃないのは知ってる。だけど、あの朝に見た黒い翼、左目の赤い眼と赤い傷痕、それと冷たい口調。初めて見たときは、鬼みたいって……。そう思った。


「カンペキでねえか! オラ、これですたーになれるんだな!」


「そうと決まれば練習だ。カッパと樫見さんは水を操る練習で、オレは悪役の!」


 練習って、鍛えてどうにかなるモノなのかな。とりあえずは水道のあるトコでやればいいのかな。でも、花子さんもついてくれるけど、ひとりじゃやっぱり不安。


「じゃあ、夕七ちゃんはあたしと行きましょ。水のあるトコは……、たしか体育館の前のほうにあったハズ」


 明璃さんといっしょなら大丈夫そうだ。わたしたちは体育館の前に向かった。


「心配しないで。大事なのはできると思うコトだから。基本はできているから、あとは自信を持つコト……だってさ」


 メガネのおかげで花子さんの姿は視えるけど、声は聞こえないから、明璃さんが翻訳してくれている。


「まずは復習に、ふつうに水を操ってみましょうか」


 明璃さんは蛇口をひねって水を出すと、下を向いているはずなのに水は上へ登った。


「ほら、夕七ちゃんもあそこへ手を伸ばして――えっ、そんなマークでるんだ。かわいい!」


 マーク? そっか、目の下のトコに雫の模様がでるんだったね。それがあるなら……!


「えいっ!」


 空まで伸びる水をつかむように、目いっぱい腕を伸ばす。ふと横を見ると、花子さんはなにもしていない。微笑んでうなずいてくれていた。


 また水のほうを見ると、まだまだ空へ伸びている。ちょっとこぼれているけど。借り物のチカラとはいえ、これをわたしがやっているんだ。


「すごいよ、夕七ちゃん! 今のはあたしの言葉ね!」


「あ、ありがとうございます」


 なんて清々しい気分なんだろう。水さえあれば、どんな軌跡を描くのも思いのまま。自分でもキレイだなって思う。これを見せれば盛り上がるんだろうなあ。


「うん、上手ね。ラクにしていいわ。……だって」


 明璃さんが蛇口を閉め花子さんが指を立てたのを見て、わたしは腕を下ろした。


 花子さんは指揮者のように、優雅に指を振って水を操っている。ぜんぜんこぼれてないし、精度もバッチリ。やっぱりスゴいなあ。


「まだまだ。感心するのはこれからよ。……だって」


 そうだった。チカラを借りてる印があると、思っているコトもわかっちゃうんだ。


 花子さんは指を立てて水を宙に留まらせた。そして、指揮者が曲を終わらせるようにゆっくり手を握ると――


「……霧?」


 少しだけ集まった水は、はじけて霧となり空を覆った。太陽の光に反射してキラキラしていて、とってもきれい。


「あとはさっき言ったように、自信をつければこんなコトもできるわ。……だって」


 スゴくきれいな技だ。わたしもできるようになりたいけど、自信ってなんだろう。文字通り自らを信じるコトかな? だったら、こうやって水を操ったり、オカ研のみんなで楽しくやれてるのも、わたしのチカラじゃない。


 きっと、だからこそ引け目を感じるんだ。


「そう卑屈にならないで、もっとワガママになっていいのに。……だって。なんのコト?」


「ワガママだなんて……。こんなふうに過ごせるのもみんなのおかげなのに、これ以上望むコトなんて……」


 もし保健室の先生がきびしかったら、もし禅院くんが手を差し伸べてくれなかったら、HRのみんながいじめてきてたなら、わたしはどうなっていただろう……。


 高校に入学してから今に至るまでの間は奇跡の日々だったのかもしれない。それはきっと、これからも。


 ちゃんと授業を受けたよって言うと、両親もお兄ちゃんもよろこんでくれている。だから、これ以上望むコトなんてない。


 なんて考えてると、よくわからない感情が胸に渦巻く。これはきっと、花子さんの心からだ。


「ビックリしたあ! ……えっと、ゴメン。甘いわね、夕七! ……だって。急に大声出さないでよね、花子ちゃん」


 怒ってるのかな。怒ったコトが覚えている限りではないから、新鮮でもあるし、怖い感じもする。


「そう、私は怒ってるの。もっと欲張っていいの、もっと怒っていいの。あなたはニンゲンなんだから。……だって」


 そう言われても、どうすればいいんだろう。怒る、怒るかあ……。たしかに怒ったためしはない。


「あっ、もう昼終わりそう。夕七ちゃん、部室に戻ろう!」


 わたしの課題は、自信を身につけるコトみたい。

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