「カクヨムWeb小説短編賞2023」月が輝く夜に月から来た君と

@rinka-rinka

Episode

いつもと変わらぬ夜だった。

ただ、満月がいつもより輝いて見えた。

それはもう、眩しすぎるくらいに。



「今日も疲れたなぁ…。」

野球部のレギュラーとして活躍する俺は、この日もいつも通り日が暮れるまで練習に明け暮れていた。

まだ夏の暑さは残っているが、それでも夜道をチャリで駆け抜けるのは心地よい。

土手を進みながら、ランニングをしているお兄さんの横を通り過ぎ、夜空に輝く月に照らされて、俺はこのままどこにだって行ける気がした。

そんなとき道端に一人の女の子が座り込んでいるのが見えた。

最初は通り過ぎようと思ったんだ。

でも、俺はチャリを降りてその子のもとへ歩み寄った。

なにか特別な感情があったわけじゃない。

なんとなく、その子に引き寄せられる感じがした。


「あの、大丈夫?体調が悪いの?」

俺が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。

「っつ…。」

顔立ちがあまりにも美しすぎる。

サラサラな金色に染まった髪と、つぶらな瞳、そして艶やかな唇が相まって、彼女の美貌を際立たせていた。


「あと僅かな私の命が果てるのを待っているんです…。」

どういうことだろう。


「私はもうすぐ消えてしまいます。だから、最期に私が輝いているのを見て、私が生きた証を記憶に残そうとしているんです。」


「最期、それに消えてしまうって…。何があったかはわからないし、こんな見ず知らずの俺が言う事じゃないかもしれないけど、もう少し生きてみない?この世界は確かに息苦しい一面もあるけど、それと同時に楽しいこともたくさんあると思うんだ。」


「それでも…。」

何かを言おうとしては逡巡している。

やがて彼女はやおらに切り出した。



「あなたは月をどう思いますか?」

星が輝く空を見上げてみる。

満天の夜空に燦爛たる満月。


「月…か。とてもきれいだと思う。それだけじゃなくて、うまく言葉に出来ないけど、儚さみたいなのがあってより一層神秘的にも感じる…かな。」

彼女は黙って俺の言葉を聞いていた。




「そうですか。きれいといっていただいて嬉しいです。」

出会って初めて彼女は笑みを見せた。

不覚にも俺はその笑顔に見惚れてしまう。


「信じられないかもしれませんが…。」

そう彼女は言うと、空に輝く満月を指さした。

「あそこで今輝いているのは私なんです。」

「え…?」

言っていることがよくわからない。

この女の子は月…なの…?


「この世界の人たちは新月と満月が繰り返されるのを知っていると思います。月が目一杯輝けるのも満月の夜、たったそれだけなんです。毎月満月の夜に月が輝いては、消えていくんです。今まで歴史をどれだけ遡ろうとも、決して同じ月はありません。そして今晩は、私の番です。この夜が明けると私も消えてしまいます。だから、最期に私という存在がいたことを自分だけは感じて消えたいなと思いまして。」


彼女はなんでもないことのように語るが、俺はまるで夢物語の世界に紛れ込んだように感じた。


「寂しくないの?怖くないの?」

俺はようやく言葉を絞り出した。


「まあ、寂しかったり怖かったりしないと言うと嘘になりますね。ですが、これは月の世界では普通のことなんです。仕方がないんです。こっちの世界で人がいつかは死んでいくようにね。どうしようもありませんから。」


「なら…、俺がそばにいるよ。寂しさを少しでも和らげてあげられるのなら。」


その言葉に彼女は目を見開く。


「どうして見ず知らずの私なんかのために…?」


「見ず知らずじゃないさ、俺は君のことを知った。君が本当は怖くて怯えているのを取り繕っていることもわかってる。そんな君の短い生涯を最高のものにしてあげたい。そう、これはただの俺のおせっかいで自己満だ。だから気にすんな。」


彼女は黙って下を向いていた。

やがて袖で頬を拭うと、俺にとびっきりの笑顔を見せてくれた。


「ありがとう、ございます。この世界にはこんなにも優しい方がいらっしゃるのですね。」


「まあ、俺だって自信持って優しい人だよって言えるわけじゃないけどね。」


「いえいえ、あなたは優しい人ですよ…。私が保証します。」


「そっか、ありがとうね。でも良かった。」


「何がですか?」


「最初に会話したとき、とても哀しそうで心配したんだ。けれど、今はこうして笑っている。やっぱり君は笑顔が一番似合うよ。今度は俺が保証する…。」


「あなたはやっぱり優しい方です。ああ、最期にあなたに出会えて良かった。」



「最期とか、まだ言うなよ。もう少し夜は続くぞ。」


それを最後にしばらく会話はなかった。

俺は地面に横になってみた。

視界いっぱいに広がるこの景色。


ああ、やっぱり儚いな。


何気なく隣を見てみると、同じようにこちらを見ていた君と目があった。


優しく微笑む君を見ていると、俺は少し恥ずかしくなって目をそらしてしまった。


「少しだけ、手を握ってもいいですか。」


「え、うん、いいよ。」


突然のことで驚いたが、俺は君と手のひらを重ねる。


君の手のひらはやや冷たかったけど、俺が暖めてあげたいと思った。



時間が経つのは早いもので。



やがてうっすらと太陽が昇り始める。


握っている君の手はすでに温もりに満ちている。


隣を見た。


彼女はまだ笑ってる。


だけど、その瞳は若干の哀しみを帯びていた。


「もうすぐ、お別れですね。」


「ああ、そうだな。」


最期なのに会話が続かない。


でも俺は不思議と居心地が悪いとは感じなかった。



「あっ…。」


「どうし…た…。え…。」


彼女の姿が半透明になっていた。

そうか、もうすぐ消えてしまうんだな。


「もう、時間か…。長いようで短かった。ありがとう、素敵な時間だったよ。」


「こちらこそ、ありがとうございます…。おかげで最高の時間を過ごせました。どうか私のことを忘れないでください。そうすれば、あなたの心の何処かで生きていられる気がします。」


「もちろんだ。絶対忘れたりしない。」


「ありがとうございます。最期に一つ言わせてください。」


彼女は一旦言葉を切ると再び笑って言う。


「月がきれいですね…。出会ってすぐでしたが、好きでしたよあなたのこと…。」


「ったく。俺だって好きだったよ。月がきれいですねはこっちのセリフだっつーの。」


「そうですか。では、さようなら…。」


彼女は俺の言葉を聞いて満足そうに消えていった。


空を見上げる。

ああ、さっきまでそこに君がいたんだね。



俺はこの日を決して忘れることはないだろう。

約束したから、君を忘れないって。

君の居場所は俺の心(ここ)にある。



太陽は完全に昇っている。

ああ、いつも通り、朝がやってきた。

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