第17話 【面倒な人に面倒なことを押し付けられる】

 

 今日も今日とて俺の診療所に押し寄せる患者の山に忙殺される。


 もう、こいつら俺を過労死させる為に来ているんじゃないかという被害妄想すら浮かんで来る。


「それはブラック過ぎて思考がネガティブになっているだけだよ。カツキ、パパを褒めてあげて」


「パァパ、いい子いい子~」


「ほわぁ~」


 カツキに撫でられて俺のやさぐれた心が一気に解きほぐされていく。


「カツキなら俺以上の治療師になれるに違いない」


「聖属性じゃないのに無茶言わないでよ」


 まぁ、聖属性なんて超レアな属性は俺の知る限りでも3人だけ。


 俺の養父、聖女、それに俺だけだ。


 傭兵時代に治療班に居た奴らは基本的に水属性で簡単な治癒術しか使えなかったが、それに加えて俺の作った薬を使えば十分な治療が出来た。


「この厄介な症状も薬で治療出来れば良いんだが、肝心の薬を開発する時間が取れん」


「魔力暴走って薬で治せるの?」


「魔力暴走は分からんが、魔力を枯渇させる薬なら作れると思う」


 勿論、薬を作った後は治験と検証が必要だが、今の状況なら我先にと立候補する奴も出て来るだろう。


 何しろ、治療に全く手が回っていない状況なのだから。


 少しでも早く治したいと思う奴が検証もしていない薬に飛びつく可能性は高い。


「薬が出来たら一気に製薬法を広めて市販の調薬師に任せられるから俺の仕事は減る筈だ」


「良いアイディアだけど、その薬を開発する時間が取れないんだよね?」


「……そうなんだよ」


 忙しさを緩和する為には時間が必要で、時間を作る為には薬の開発が必要。


「鶏が先か、卵が先かって感じだね」


「上手いこと言っても時間は出来ないんだよ~」


 1日でも良いから時間が空けばどうにかなると思うのだが、その1日が空かない。


 これでは傭兵時代にユツキとデート出来なかった頃となんにも変わっていない。


 どうにか時間を取って解決に進みたいところだが……。


「ここで患者を放り出したら暴動が起こるよな?」


「起こるだろうねぇ~」


 最悪、引っ越しが必要な事態になりかねない。


「こっちは無償で助けてやっている立場だというのに、どうして休みなく働かされにゃならんのよ」


「無償の労働も困るけど、休みがないのはもっと困るね~」


 傭兵時代、俺と同じくブラックな環境にいたユツキは共感してくれるが、解決策までは提示してくれない。


 というより解決策が存在するとも思えない。


 可能な限り早く患者を治療していき、追加の患者が来なくなるのを待つくらいしか手が思いつかない。


「どうして俺の環境はブラックに染まるんだろう?」


「ブラックの星に愛されているからじゃない?」


「……そんな星は蹴り飛ばしてやりたい」


 俺は休憩を終えて、再び縋り付いて来る患者を相手に治療を再開したのだった。




 ◇◇◇




 1ヵ月近くもブラックな環境に耐え続け、やっと患者の数が減って来た。


 というより周辺の患者は治療が終わり、遠方の患者は俺の診療所まで来る元気がないだけかもしれないが。


 発症時期が同じだというのなら、もう1ヵ月以上も魔力暴走で苦しんでいる筈なので真面に動くことも出来ないだろう。


 例の新型がどのくらいの範囲で広まっていたのかは知らないが最悪、死亡した患者も相当数いると思われる。


 まぁ、俺としてはカツキに父親が人を見捨てる姿を見せたくないだけなので、俺の手の届かないところで何人死のうとどうでも良いんだけど。


 それに魔力暴走は時間と共に収まる傾向にあるようで、看病出来る環境にいる者なら死亡者は2割以下だ。


 逆に言えば看病出来る環境に居ない者は8割以上の確率で死亡しているようだが。


 ともあれ、やっと時間が出来たので今の内にと薬の開発に精を出す。


 既に頭の中で構成は出来上がっていたので薬は数時間で出来上がった。


(今までの苦労はなんだったんだ)


 俺に数時間の時間があれば薬は出来たのなら、その時間を治療ではなく開発に使えれば、もっと早く解決出来たんじゃないかと思う。


 え? それなら睡眠時間を削って開発すれば良かっただろうって?


 この1ヵ月の間、俺って1日18時間労働だったんですけど?


 それから睡眠時間を削って働けって、それは拷問というのではなかろうか?


 というか治療のコツは掴めはしたが、それでも神経を使うことに変わりはない訳で、そんな仕事から解放された直後に集中力が持続すると思わないで欲しい。


 この1ヵ月はマジで仕事と睡眠以外にやった記憶がないのだから。






 ともあれ薬は出来たので、後は実際に効果があるのかどうか治験と検証をして確かめる必要がある。


 薬を飲んでも効果がなくて、変な副作用が出ました~では話にならない。


 そういう訳で診療所にやって来た希望者に作ったばかりの薬を配布したのだが……。


「ぼはっ!」


「は?」


 薬を飲んだ患者がいきなり口から煙を吐き出してビビった。


 何か失敗してしまったのかと思ったのだが……。


「す、凄い。一気に楽になりました!」


「お、おう。良かったね」


 どうやら体内の魔力を一気に枯渇させる作用の為か、魔力が燃焼という形で枯渇するので煙となって口から逆流するらしい。


 俺が想定していない現象だが、効果はあったみたいなので良いだろう。


 早速、この薬の調合表を近辺の調薬師に広めるとしよう。


 流石に俺のように無料で配布しろとは言えないので、これからは有料の治療になるだろうが――そこまでは面倒見切れん。




 ◇◇◇




 そうして、やっと新型の身体強化魔術を発端として災難は収束に向かっていったのだが、あれ以降も俺の診療所には患者が度々訪れるようになってしまった。


「そりゃ、あれだけの腕を披露したんだもの。人気になるのも当然じゃない」


「閑古鳥が鳴いている方が楽だったな」


 金には困っていないので患者が押し寄せて来ても困るだけだ。


「パパ、しゅご~」


「おう。パパは頑張るぞ」


 とは言え、カツキが応援してくれるのでやる気になってしまう俺は単純かもしれない。






 だが俺の診療所を訪れるのは歓迎するような奴ばかりではなかった。


「頼もう」


 まるで道場破りのような声を上げて診療所に入って来たのは見覚えのある女剣士――キリエだった。


「げっ」


 思わずそんな声を上げてしまった俺は悪くないと思う。


 だが、そんな俺を一瞥したキリエは文句を言うでもなく診療所の外を指差して……。


「表に出ろ」


「……マジで道場破りかよ」


 ここは道場じゃなくて俺の診療所なんだけどな。


 とはいえ、ここで暴れられても困るわけで……。


「ユツキ、カツキを頼む」


「……気を付けてね」


 ユツキにカツキを預けてから俺はキリエの後を追うように診療所の庭に出ることにした。






 いきなり俺を訪ねて来たキリエに何事かと思ったのだが、そのキリエの姿は俺が知る姿とは大きく違っている点がある。


 まぁ、注意して見るまでもなく左目を覆い隠すように装着された眼帯なんだが。


(どう考えても見えてないな、ありゃ。失明でもしたか?)


 俺と別れてから何処へ行ったのか知らないが、どうやらずっと実戦で戦い続けていたようだ。


 庭に着くまでに観察していたが、歩き方が不自然なところがあって、どうやら負傷しているのは左目だけではないらしい。


 そうして診療所の庭に辿り着くと、直ぐにカツキを抱っこしたユツキが追いついて来た。


 うん。ユツキにとって世界で一番安全な場所とは俺の傍だろうし、キリエが刺々しい雰囲気を出していたとしても追って来るのは当然の判断だ。


「それで、何をする気だ?」


「我らに言葉は不要だ」


「…………」


 どうやら先代達がやってきた時と同様に、単純に会いに来たわけではないらしい。


 キリエの雰囲気は、どう考えてもこれから一戦交えるという空気だ。


「準備に時間は貰えるのかな?」


 キリエは準備万端みたいだが、俺の方は診療所で患者を待ち受ける仕事モードだったので当然武装はしていない。


「常在戦場の心得を忘れるとは……腑抜けたな」


「つまり?」


「実戦に待ったは存在しない。常に武装していないことを悔やむのだな」


 そう言ってキリエは俺に向かって間合いを詰めて刀で斬りかかって来た。




 ◇◆◇




 不意打ち気味に間合いを詰めて放たれたのは居合による一撃だった。


 それを棒立ちに見えたクルシェは素早くキリエから見て左へと回り込むようにして回避する。


(ちっ、死角に入られたか。相変わらず目敏い奴だ)


 左目が見えていないキリエにとって、左側面は完全に見えていないので死角になる。


 クルシェは一瞬でそれを判断して死角に潜り込んだのだ。


 相手に目に見えて弱点となる部分があるのだから、容赦なくそこを攻める。


 クルシェ=イェーガーというのは、そういう男だ。


(だが、それは私も承知のこと!)


 キリエも伊達に左目が見えない状態で戦場を生き抜いてきたわけではない。


 自分の死角を把握出来ているのだから対抗手段くらいは用意して当然。


「甘いっ!」


 咄嗟に鉄ごしらえの鞘を引き抜いて、死角を薙ぎ払うように振る。


 キリエの手にはガツンという確かな手応えが帰って来て……。


(受けられたか)


 鞘での一撃は蹴りで相殺されたことを悟る。


 不意打ちになる一撃ではあったが、クルシェの方でもそれは織り込み済みだった。


 キリエは身体を左に向けて右目でクルシェの姿を捉える。


 続いて居合の為に刀を鞘へと戻そうとして……。


「それを待つと思うか?」


「ちっ」


 当然のように間合いを詰めて来る。


 仕方なくキリエは鞘を地面に投げ捨てて刀を両手で持って構える。


 そんなキリエに対してクルシェは真っすぐに向かって来て――唐突に直角に曲がってキリエの左側に回り込む。


(またか)


 再び死角に入られたキリエは冷静に死角に向けて刀を振るいながら身体を左に向けるが……。


(いない?)


 クルシェは更に左に回り込んで死角に潜り込んでいた。


「何度も同じ手が私に通じると思ったか? 温いっ!」


 キリエは視覚ではなく感覚と勘でクルシェの位置を察知して斬りかかる!


「おっと」


 刀で大きく弧を描くように振って、その範囲に居たクルシェを後退させることに成功する。


 そうして再びクルシェの姿を右目で捉えることに成功したキリエなのだが……。


「1つ良いか?」


 そのクルシェが右手の人差し指を立てて話し掛けて来た。


「……なんだ?」


 拒否する理由のないキリエは応じる。


「さっきは俺のことを甘いだと温いだの言ってくれたが……お前の方こそ弱くなったな」


「…………」


 キリエは何を言われたのかが一瞬理解出来なくて思考が停止してしまった。


「先日、先代の2人が俺を訪ねて来た」


「……父上が?」


 思考が停止したままのキリエは父の話題に反射的に反応する。


「あの時は、どうして2人掛かりで手応えがないのかと思っていたが、お前を見ていたらその理由が分かった」


「…………」




「要するに、お前は俺にビビって腰が引けているんだ」




「な……んだとぉっ!」


 瞬間、キリエは激昂して叫んでいた。


「いくら貴様でも言って良いことと悪いことがあるぞ! この私が、お前を相手にビビっているだと? ふざけるのも大概にしろ!」


「騒ぐなよ。負け犬の遠吠えみたいで格好悪いぞ」


「ぬぐっ!」


「それとも弱い犬程良く吠える、とでも言った方が良いか?」


「っ!」


 ギリッと歯を食いしばってクルシェを睨みつけるキリエ。


 そんなキリエにクルシェは静かに、冷静に語りかける。


「お前が俺と別れて以降、何処で何をしていたのかは知らないが、俺の不在は相当な負担だっただろう?」


「…………」


「背中を守ってくれる奴も怪我を治してくれる奴もいないんだから当然だな。だから、そんな無様な姿を晒す羽目になる」


「くっ」


 キリエは反射的に眼帯に覆われた左目を押さえる。


「このままだと駄目だと思ったお前は立ち回りを変えるしかなかった。俺に背中を守ってもらわなくても大丈夫なように、怪我を治してもらわなくても良いように」


「…………」


「その結果、お前は攻めの気概を失った」


「……そんなことはない」


「それなら最初の不意打ち以降、自分から攻めて来ずに返し技ばかりを狙うのは何故だ?」


「…………」


 咄嗟に否定はしたがクルシェの言葉は的を射ていた。


 戦場で負傷し身体に不調が増えて来たと感じた時、キリエはなるべく負傷しないように立ちまわるようになった。


 その傾向が顕著になったのは左目を失ってからだ。


 これ以上の負傷は不味いと考えたキリエは自分から攻めることを控え、後の先――つまり返し技を狙うことを優先する傾向が強くなった。


 キリエが何故《斬り姫》ではなく《堕天エンゼルフォール》と呼ばれるようになったのか?


 それは現在のキリエが空中殺法に対する対空迎撃技である《燕返し》しか評価されていないからだ。


 同時に堕落したという皮肉を込められた2つ名である。


「先代達も同じだった。必死に取り繕っていたが、俺というバックアップを失ったことで攻めっ気を失って弱体化していた。楽勝過ぎて拍子抜けしたくらいだ」


「…………」


 そもそもの話、以前のキリエであればクルシェを非武装のままで挑むようなことは――滅多にしなかった。


 それはクルシェに武装させたくないというキリエの弱気が顔を出した結果であり、如何にキリエが自信を喪失しているのかという証明でもあった。


 そういう意味では先代の2人はまだ意地が残っていたとも言える。


 逆に、キリエの態度は全て虚勢であったということの証明だ。


「お前が……」


 だが、それらはキリエが気付いていない――というか気付かなかったようにしていた現実であり、気付いてはいけない現実だった。




「お前が私を捨てたからだろうが!」




 キリエの激昂するような言葉とは裏腹に、残った右目からはポロポロと涙が零れ落ちる。


「私が無様だということは私が一番よく知っている!」


 だが止まらない。


「これも全部、お前が護ってくれないせいだ! お前が癒してくれないせいだ! 

責任を取れ!」


「えぇ~……」


 泣きながら支離滅裂なことを叫ぶキリエにドン引きのクルシェ。


「…………」


 それ以前の話、この場には妻のユツキも娘のカツキもいる訳で、ユツキの目がジト目になってクルシェを睨んでいるのは気のせいではない。




 ◇◇◇




 なんかキリエが弱体化していたので思ったことを指摘したら――泣いて理不尽なことを叫ばれた。


 おまけに奥さんから睨まれて大変なことになってしまった。


「あらあら。大変なことになってしまいましたわね」


「……団長殿」


 更に追加で団長が現れて凄くややこしくなってしまった。


 というか、この人最初から見ていたっぽい。


「ってか団長殿、その腕……」


「ヘマをしてしまいましたわ」


 肘から先がバッサリなくなってしまった右腕。


 この人もキリエと同様に弱体化したのかと思ったのだが……。


「なんでしょう?」


「……いえ、なんでも」


 その瞳の中に以前と変わらない狂気の色を見つけて確信する。


(この人、なんも変わってないわ)


 右腕がないなら左腕で、左腕もないなら両足で、両足がないのなら胴体で跳ね回って敵の喉笛に噛みついて殺し――笑うだろう。


 この人は相変わらず《暴君タイラント》のままだ。


「それで、団長殿達は何の御用で?」


「それは中でお話しましょうか」


 団長は未だに泣いているキリエを残った左腕で引いて診療所の中へと入っていった。


 やれやれ。






「マジっすか?」


 そこで聞かされたのは団長とキリエが帝國に渡って軍に入っていたという事実だった。


 そして帝國で発案された計画で例の新型の身体強化魔術を使ってテロが計画され、その混乱に乗じて帝國の版図を一気に増やす計画だったことも。


 だが疫病と思われていた病が新型の身体強化魔術が原因であることが早期に発見された挙句、その治療を行う者がいるということで調査をしに来たそうだ。


「なんか、帝國ってもっと力こそパワーというか話し合いより暴力ってイメージだったんですが、そういう小狡い作戦も立てるんですね」


「わたくしとしても、こんな小賢しい作戦はまだるっこしいと思っていますが、帝國も一枚岩ではないですし、そもそも長い戦争での被害も大きいのですよ」


「……そうでしょうね」


 帝國では定期的に100万vs100万という規模の戦争が起こると聞くが、その全てに勝てる訳ではないし、勝ったとしても被害が甚大になることもある。


「でも団長殿が、こんな回りくどい作戦に従事するなんて珍しいですね」


「きっとクルシェ君がいると思っていましたから。ついでに、こうして治療してもらえることを期待していたのです」


「……そっすか」


 現在は早々に団長の右腕を再生させ、今は泣き疲れて寝てしまったキリエの治療中である。


 どうやら団長は帝國の作戦の障害となる俺を排除することよりも、便利な治療先を確保する方が優先だと思っているようで俺に危害を加える気はなさそうだ。


「…………」


 まぁ、ジト目で見て来るユツキの視線からは必死に目を逸らしたけど。


「それにクルシェ君が不在でキリエさんが使い物にならなくなって困っていたのですよね」


「想像以上に弱体化していましたね」


「だ・か・ら、キリエさんが本調子を取り戻すまでクルシェ君が預かっていてくださいな」


「…………は?」


「キリエさんも今は帝國軍の所属ですが、隊長のわたくしが許可を出しますので、どうかお願い致しますね♪」


「え? ちょっと待っ……!」


「それでは~!」


 俺がストップを掛ける間もなく、団長は笑顔でダッシュで診療所を去っていった。


「あなた。お話があります」


「……はい」


 その後、俺がユツキにたっぷりとお説教されたことは言うまでもない。




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