第16話 【人為的な魔力暴走】

 

 凄く今更の話ではあるのだが、俺達が今暮らしている街はエルセク連邦という弱小国家の集合体みたいな国のカルク地区と呼ばれる場所に存在している。


 昔はカルク地区ではなくカルク国だったらしいのだが、エルセク連邦が成立した後は各国の名前が地区として制定された。


 まぁ、この大陸はどこもかしこも戦争しているので、それに対抗する為に弱小国家が手を取り合って1つの国となって他の国に対抗するのが目的だった。


 当然、エルセク連邦も隣接する国家とは常に戦争中なのだが、カルク地区は海に隣接している為か比較的治安が良い。


 そんなカルク地区なのだが、最近では流行病が広まっていた。


「これだから衛生観念の低い世界は嫌なんだよ」


「この世界の人達って手を洗うこともしないよね」


 日本人の倫理観を持つ俺とユツキは当然のように清潔な生活を心がけて来たので病気になることはなかったし、ユツキが教育しているカツキも同様の衛生観念を持つので病気になっていない。


 だが病気の予防を意識していたのは俺達だけだったようで……。


「お願いいたします。ベルガを助けてくださいませ」


 アルカティアが1人で俺の診療所を訪れて助けを求めるという本末転倒なことが起こっていた。


 本来、護衛である筈のベルガを助ける為に護衛対象のアルカティアが1人で出歩くなんて、間抜けとしか言いようがない。


「普通、体力のある奴は病気に対する耐性も高い筈なんだがなぁ」


「意外だね」


 とはいえ、まさかアルカティアではなくベルガの方が流行病に罹るとは予想外だった。






 俺が1人で出掛けてユツキとカツキに留守番を頼むわけにもいかないので、結局は全員でアルカティア達が泊まる宿へ向かうことになった。


「流行病って何が原因なのかな?」


「医者の観点から言えば水が怪しいだろうな」


 聖属性の俺が使える魔術の中には対象を浄化するというものも含まれるため、俺達が飲む水は基本的に綺麗にしてある。


 だが街の住人が飲む水までは綺麗にしていないので流行病の原因が含まれていても俺は驚かない。


 この街の水源は豊富だが、その水は基本的に川や井戸から引き上げた物なので、何処まで清潔かは保証出来ないのだ。


「結構な人数が感染しているみたいだな」


「……うつらないよね?」


「俺達は大丈夫だ」


 歩いていると街中にも感染して具合の悪い奴らが大量に座り込んでいるのを見かけるが、俺とユツキとカツキ、それとついでにアルカティアは浄化魔術で包み込んでいるので感染の心配はない。


 とはいえ、これは空気感染しないというだけであって飛沫感染の危険はあるので、なるべく近寄らないことに越したことはない。


 そういう訳で俺達は足早に移動する。






 そうしてアルカティア達の住む部屋に辿り着いたのだが……。


「思ったより酷いなぁ~」


 部屋の中のベッドでは顔色の悪いベルガが寝込んでおり、苦しそうな声を上げながら呻いていた。


 一応、看病しようとしたのか、木のタライの中に水が入っており、タオルが額に掛けられている。


 感染源が水だった場合は逆効果だが、まだ水が原因とは限らない。


「どれどれ」


 俺はベルガに近付いて診察を開始する。


 一応、病気に効く薬は持って来たが、予想外の病気だった場合は診療所に戻って調薬をしなくてはならない。


 そういう意味で、この診察は重要だったのだが……。


「なんだ、こりゃ?」


 診察の結果は予想外なものだった。


「ど、どうかしましたか?」


 俺の反応に不安を覚えたのかアルカティアは動揺しながら経過を聞いて来る。


「こいつは流行病なんて単純な話じゃねぇぞ。というか病気ですらない」


「はい?」


 ぶっちゃけて言ってしまえば、ベルガの身体に起こっている問題は病原菌などによる病気ではなく、身体の中で制御不能になった魔力による暴走だった。


「……新型の身体強化魔術か」


 その原因となったのは、恐らく先日から流行しているという新型の身体強化魔術であり、あれがトリガーとなって体内の魔力を暴走させているのだ。


「それじゃ街中で感染している人達って……」


「新型の身体強化魔術を習得した奴らだろうな」


 俺は尋ねて来たユツキに答える。


 だから体力のないアルカティアが感染していなくて、体力のある筈のベルガが感染していたのだ。


 そんなに多くの人間が身体強化魔術を習得しているのと思うだろうが、身体強化魔術は基礎中の基礎。


 正式な魔術師じゃなくても、この世界の人間なら大半は使えてしまうし、日常で最も使われている魔術だ。


「それって、つまり……」


「ああ。これは間違いなく人為的に引き起こされた流行病ってことだ」


 最初から身体強化魔術に改良の余地が残されていたことが疑問だったが、習得した人間の魔力を暴走させて行動不能にすることが目的だったのだ。


 魔術の研究者ではない俺には、どのような改造を施したのかは分からないが、流行病と誤認してしまうような仕込みとは悪質だ。


「怪しいと思って習得せずにいて良かったな。原因が分からない以上、習得した奴はほぼ100%罹患してしまうってことだ」


「……治せるの?」


「…………」


 正直、今まで色々な怪我や病気の患者を診て来たが、体内で魔力が暴走してしまう症状というのは初めてだ。


 勿論、聖属性の魔術の中にも魔力の暴走を抑えるものなど存在しない。


 つまり、普通に考えれば治療不能ということになるのだが……。


「要するに体内で魔力が暴走しているのが原因なんだから、魔力を完全に消費してしまえば良い訳だ」


「へ?」


 聖属性の魔術では魔力の暴走を抑えることは出来ないが、その中には対象の魔力を消費して治癒効果を発揮する、なんて魔術も存在する。


 これは術者の魔力が少ない時に使う緊急用の魔術なのだが……。


「今は緊急時だからいいよな」


 俺はベルガ自身の魔力を使って強制的に治癒魔術を行使した。


 暴走した魔力を使うのは少し面倒だったが、俺の魔力制御力なら問題ない。


「ウゴゴゴォ~~~ッ!」


 なんかベルガがガクガク痙攣して泡を吹いているが……。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫だろ……多分」


 不安そうなアルカティアが聞いて来るが、俺だって初めての試みなので加減が分からないのだ。


 そうしてベルガの魔力が完全に枯渇するまで魔術を行使した結果……。


「かふっ」


 カクンと身体から力が抜けて、白目をむいて気絶した。


 ちょっと人様にお見せ出来る顔ではないが……。


「よしよし。魔力を消費し尽くして暴走は収まったな」


 診察してみたら魔力の暴走は止まっていたので成功と見ていいだろう。


 まぁ、診察以前に原因となる魔力を全て消費してしまったのだから当然の結果だが。


「目が覚めたら今後、新型の身体強化魔術は使わないように言い聞かせておけよ」


「あ、はい」


 アルカティアは呆気に取られていたが、ベルガが無事だと分かってホッとしたのだろう。たぶん。


「うむうむ。今のでコツを掴めたから次からは的確に加減して治療出来るぞ」


「…………」


 ベルガで実験したみたいに見えたのかアルカティアがジト目をしている気がするが――気のせいだろう。




 ◇◇◇




 1日様子を見て、魔力が回復したベルガだが魔力の暴走は起きていないことを確認した。


 その翌日から俺は街の感染者に対して治療を行うことになった。


 俺個人としては街の人間を助ける義理などないのだが……。


「パァパ、かっこい~!」


「おう。任せておけ」


 カツキにこう言われてしまったらパパとして頑張らざるを得ない。


 なにより娘に、父親は助ける力があったのに平気で人を見捨てるような人間だとは思われたくない。


 そういう訳で俺の診療所は開店以来の大盛況となったわけだが……。


「儲けにはなりそうもないな」


「仕方ないよ。こんなに大勢からお金を取って治療なんてしていられないもん」


 悲しいことに基本、無料で治療をする羽目になってしまった。


 ユツキの言う通り患者の数が多過ぎて態々金を要求している暇がないというのもあるのだが、なにより治療費を設定すると支払えない奴が大半になってしまうからだ。


 それほど高額の治療費になるわけではないが、日々の暮らしが豊かじゃない奴も多くいるので治療費を取ると明日から生活が出来なくなる。


 それは分かっているのだが……。


(タダ働きで1日数百人の治療とか普通に拷問だろ)


 どうにもモチベーションが上がらないのは困ったところだ。




 ◇◇◇




 俺の住む街には万に近い住人がいるのだが、その内の半分近くが感染していた為、俺の診療所は連日で患者が押し掛けてくることになった。


 勿論、治療だけでなく新型の身体強化魔術が原因だったことも告知してあるので再発の防止はしているのだが……。


「またお前か!」


「……すみません」


 告知したとしても新型の身体強化魔術を使って、また魔力暴走を引き起こしてやってくる奴が何人もいた。


 この世界にはまともな教育を受けた奴が少ないから仕方ないと言えば仕方ないのだが、だからと言って3回も4回も治療に訪れる奴がいたら俺だって怒鳴りたくなる。






「なんだかブラック時代に逆戻りした気分だ」


「えっと。お疲れ様?」


 連日の大忙しで疲れ果てた俺をユツキが労ってくれる。


「街の住人は兎も角、最近はなんか街の外からも患者がやって来て全く列が途切れないんだよぉ~」


「例の新型身体強化魔術が原因だって告知はしたけど、治せるのは今のところあなたしかいないもんね」


「俺以外の聖属性の奴も、もっと頑張れよぉ~」


「……私が知る限り、あなた以外の聖属性って聖女様だけなんだけど」


「世知辛い!」


 俺の忙しさが緩和されるのは、まだまだ先の話になりそうだ。




 ◇◆◇




「どういうことだ!」


「どうして、こんなに早く症状が緩和しているのだ!」


 ここは帝國の建物の中にある会議室。


 そこで帝國の中でも地位のある者達が集まって連日会議が行われていた。


「あの新型を開発するのに、どれだけの時間と金が掛かったと思っている! こんなに早く収束しては大損ではないか!」


 帝國の魔術研究は大陸ナンバー1。


 とは言っても既存の身体強化魔術を改造して疫病に見せかけるという仕掛けは簡単ではなかった。


 だからこそ他国に一斉に広め、弱ったところを一気に攻め滅ぼす計画だった。


 ところが何処からか疫病の原因は新型の身体強化魔術であると広がり始め、今では混乱は収束に向かっている。


「そもそも、どうやって治療しているというのだ? 例の新型を使用すれば数日で魔力は暴走して再起不能になる筈だ! 魔力暴走に特効薬など存在していないぞ!」


「……現在、調査中です」


 上官に怒鳴り付けられた部下は冷や汗をかきながら回答するが、それは何も分かっていないと答えるのと同義だ。


 実際、帝國では新型の開発には成功したが、その治療法までは確立していない。


 一旦、魔力が暴走してしまったら、後は安静にして自然に暴走が収まるのを待つことしか出来ないのだ。


 それまで生き残れる可能性は――高くはない。


 そういうことを想定して新型を他国に密かに広めていたのに、それが無駄の泡と消えたのだ。


 上官が激昂するのも無理はない。


(……くだらん)


 一方、同じ会議に出席しながら冷めた目で周囲を見渡している女が1人。


 キリエ=エンブルグ。


 現在は帝國の1つの部隊で副隊長を務めることになった元傭兵の女剣士である。


 その和服に似た格好も、所持している刀と似ている武器も以前と同じだが、前と違って大きく変わっていることと言えば顔を隠すように装着された左目の黒い眼帯だろう。


 激化する帝國での戦争の中で左目を損傷し、そのまま真面な治療を受けることが出来ず失明してしまったのだ。


 そんなキリエは退屈そうに会議の内容を聞きながら思っていた。


(あいつなら、そんな新型の症状など軽く見破ってあっという間に治療してしまうだろうさ)


 キリエの知る男――クルシェ=イェーガーとはそういう奴だ。


「《堕天エンゼルフォール》殿、何か意見はありませんかな?」


「……その名で呼ばないで頂きたい」


 堕天エンゼルフォールは現在のキリエの2つ名。


 傭兵時代には滅多にいなかったが、帝國に来て以来、風魔術や嵐魔術で空中から攻撃してくる空中殺法の使い手は珍しくなくなった。


 正確にはとある街にいた空中殺法の使い手を研究して取り入れた結果、対帝國用にと使い手が激増したのだ。


 そういう空中殺法の使い手に対して、キリエの持つ対空迎撃用の秘剣、燕返しは非常に効果的だった。


 結果、空に舞い上がった敵を例外なく叩き落すキリエの姿を見て堕天エンゼルフォールの名が付けられた。


 無論、相棒と2人で完成した技を自分の手柄のように語られることを嫌ったキリエにとっては気に入らない2つ名だ。


「それは失礼。それで、なにか意見はありませんかな?」


「……優秀な治療師でも居たのだろう」


 問われた問いに適当に答えたキリエだが、これは本音でもあった。


 実際、クルシェ=イェーガーなら治せると確信しているのだから。


「疫病なら兎も角、魔力暴走を治療出来る治療師ですか。そんなことが出来るとしたら聖女くらいなものだと思っていましたが……」


「だが、その聖女は治療で引っ張りだこで新型の対処に手が回っていない筈だ」


「うむ。だからこそ好機と捉え、動くことが決定した筈だ」


 実際、クルシェに教えを受けた後の聖女は色々な意味で大忙しで新型への対処が出来る余裕など欠片もなかった。


 だからこそ、これはどういうことだと会議は紛糾しているのだ。


(まさか、な)


 キリエは思い浮かんだ想像をかき消すように頭を振って追い出した。






 会議の終了後、キリエは帝國で与えられた住居へと帰宅した。


「おかえりなさい、キリエさん」


 そこで待ち受けていたのは可憐なドレスを纏った少女。


「お疲れさまです、団長殿!」


 その少女を見た瞬間、キリエは反射的に直立不動になって敬礼を返していた。


「くす。わたくしはもう団長ではありませんよ」


「……そうでしたね、隊長殿」


 その正体はカルミナ=ブレイズ。


 傭兵団《影狼》で団長を務めていた女で、現在は帝國の部隊の1つで隊長を務めている。


 言うまでもなく彼女はキリエの所属している部隊の隊長であり、キリエは副隊長だ。


「会議はどうでしたか?」


「……不毛というしかありませんでした」


「そうですか。最近は退屈ですわね」


「……そうですね」


 チラリとカルミナの右腕に視線を走らせるキリエ。


 キリエの視線の先――カルミナの本来右腕が存在している筈の場所には、肘から先が存在していなかった。


 キリエの左目と同様、戦争の中で失われてしまったのだ。


 ここでも万全の治療を受けられなかったことが影響している。


「この腕では対空用の技は繰り出せそうにありませんわね」


「……隊長殿なら左腕だけでも出せるでしょう」


「出せますけど、十分な威力になりませんもの」


 深く嘆息するカルミナ。


「結構、気に入っていたのですけどね。ショー●ューケン」


 そう。キリエの燕返しと同様に、こちらはかなり冗談交じりに提案されたゲームの技が実際に再現されて本人は目を丸くして驚いていた。


 カルミナが打ち砕いて来た空中殺法の使い手の数はキリエが斬り捨てた数に勝るとも劣らない。


(団長殿にだって《飛龍》とか2つ名が付いてもおかしくないというのに……解せん)


 だから未だにカルミナの2つ名が《暴君タイラント》のままであることに納得のいかないキリエである。


「それで、次の任務はどうなりましたか?」


「はっ。次の任務は例の新型の妨害をしているという治療師の捜索に決まりました。可能なら生け捕りにせよという命令ですが、基本は抹殺せよということでしょう」


「治療師ですか。クルシェ君ならわたくしの腕も治してくれそうですわね」


「……そうですね」


 答えつつもカルミナから目を逸らすキリエ。


(今更どんな顔をしてあいつに会えというのだ)


 帝國においても連戦連勝――というのなら堂々と顔を出せたかもしれないが、実際には相棒を失い、バックアップを受けることが出来なくて苦戦の連続だ。


「それでは明朝に出発することにいたしましょう。部隊に通達を」


「はっ!」


 こうしてキリエの部隊は治療師の捜索に乗り出すことになったのだった。


 その先で再会が待っているかどうかは――不明である。




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