どこかの国

ミィ

一.


 民から吸い上げた税を湯水のように使い、国教に背く限りの


行為をしたという罪で、私と我が王妃は、明日の朝日を迎える前に


この世からの存在を断つことを、怒り狂う民衆に言い渡された。民の手に


手伝わせるより、自らの人生に終止符を打ちたいと願った私は、王妃に


それを打ち明け、自らの手で自分を殺めることにした。まだ今日という日は


夕暮れに差し掛かったばかりであったので、私は私の王宮の壁に、


赤土で作った絵の具で絵を遺すことにした。


 


 私が生きたことの証しとして遺す、数少ない一つになるであろう


この壁絵は恐らく、明日の朝、私の躯が民衆らの視線にさらすために


引きずり出されたあと、王宮ごと破壊し尽くされるであろう事は解っていた。


私が民の為に作った公共施設など、一つもなかったから、この王宮が壊されれば、


私が遺すものなど、形としては実質何も無くなり、王国を統治した中でも最も悪名


高い王としての名だけを後世に遺してゆくだけなのだろう。


それも全て解っていた。


 だから絵を描くという行為も、民衆に無に還される

のを待つばかりだから、全くの無意味な手のもがきでしか


ないということも解っていた。


 

 さりとて明日を迎えるために沈んでゆく太陽を見つめながら


することなど、今は他に見つけられなかった。 私は私と王妃以外、


家臣も籠姫も誰も居ないこの王宮に差し込む西日の強さに


目を細めながら、赤い土を水に混ぜ溶かしはじめた。


赤い土の絵の具。


我が両手を使い、私は只ひたすらに、古来人が用いた原始的な方法で、


それを真似て、壁に絵を描いた。広い麦畑を見た日。あの頃はまだ若くて、


国を治めることへの希望が胸に宿っていた。


 


何時から、


火は移ったのだろう。


かがらずとも灯っていたものは、


燃やさずとも燃え続けるものだと、


思っていた。


 


麦の穂を描いた。


折れたもの。


曲がったもの。


全てに、癖をつけた。


まっすぐなものは、私の知る限りでは、私以外に


見つけられなかったから。


これでいい。


それでいい。


麦はあまりにも醜く、


そして、短い。


 


 穂を描き終えた私は、それを刈る民衆を描いた。


ひとつも真っ直ぐな穂の無い麦畑を、ひたすらに民衆が


刈る絵を描いた。瞳は黒く、髪も黒く、肌は赤い、私の国の


民衆達。


 


心は白いと信じていたのは、


私だけでは無いだろう。


信じていなければ、私は、あのとき


王妃に出会えなかった。


 


 何故、あの女を妃にしたのだろう。


腕まで赤土に浸って、夢中で壁を撫で回していた手が、その問いに止まった。


何故なのか、私はすぐに答えを出せなかった。解らなかった。だけど解らない


ことで良かった。 この太陽の、あざけるような視線が地平線に閉じたら、


答えに近い戯言を見出すことを欲する自分が、体のままに居ることだけが、


絵を描くうちにざわめき高まってくる興奮の血の中で解ることでしかなかった。


 


 私はひたすら描いた。


死んだ鳩。枯れた泉。焼けつく大地。わが国の神話に出てくる神々も描いた。


描くうちに、描いた対象が不浄に思えて、すべての神々の右手だけ、黒い土を混ぜた水で染めた。


あとでこの王宮へ踏み入るであろう彼等がこの壁絵を見たら、


気味悪がるのだろう。我に返って眺める絵は、絵に見えなかった。


死後のことを思うと可笑しくなって、私は一人含み笑いをした。


隣りの白い壁へ私の手形を叩きつけ、腕につき既に乾いている赤土を


無理矢理壁に擦りつけて、私は絵を描くのをやめた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る