ホットミルク

滝川 海老郎

本文 1200文字

 今日も退屈な学校が終わった。

 彼女は会田絵美、高校二年生だ。

 よく笑ったりジト目で見てきたり表情豊かだが、最近、情緒不安定ですぐ泣いたり落ち込んだりする。


「はあ。私は何のために生きてるんだろう」


 一人になった帰り道で、物思いにふける。

 授業は何とか理解できるが、進学したい専門科目もなく、彼氏もいなければ、部活も特に何もしていない。

 未来が何も見えていないのだ。


「私はしたい事が何もないわ」


 ゴールデンタイムのドラマも見る。音楽も少しだけ聞くし、スマホで会話したりミニブログしたり普通のことはだいたいしている。

 でも、やってみたいことは何も見つからない。

 大学に進学して、就職して、結婚して、子供を産んで育てて、親の老後を世話して、今度は自分が年を取ってそして死ぬ。

 それらは何一つ、現実感がなかった。想像できない。


 このまま進学しないで、適当なバイト生活してすごそうかなどと考えてしまう。

 それか白馬に乗らなくてもいいから、すごく格好いい男の子に告白されて、お嫁さんになるとか。

 絵美は自分みたいな地味で可愛いわけでもない女に告白とかする男の子がいるとは、とても思えない。


 ダウナーなことを考えていたら絵美は家に到着した。


「ただいま」

「おかえり、絵美ちゃん、お弁当箱出してね。洗っちゃうから」


 最近太ってきた母親が挨拶を返した。

 絵美は年を取ったら太ってあんな感じになってしまうのかなとか思っていた。


 適当にスマホをしてご飯を食べて、テレビを見てお風呂に入って宿題を済ませた。

 まだ寝るには数時間ある。


 自分の部屋に戻ってくると、当たり前だが一人しかいない。

 絵美は急に、一人ボッチになってしまった気がしてくる。

 誰も絵美を本当には必要とはしていないし、気にもしていない。そう思ってしまった。

 寂しさがあふれてきて、涙が出そうだが、逆に涙すら出ない。

 しばらくうじうじと、スマホを眺めていた。


 そして、ミニブログのコメントに目を止めた。


『眠れない夜には、ホットミルクがおすすめです』


 絵美は部屋を出て、暗い一階に降りて、ミルクをマグカップにそそぐと、電子レンジに入れた。

 低い動作音が終了すると、ピーとあたため完了の音が鳴った。


 マグカップを取り出すと湯気が出ている。

 横を触ると、なんだか人肌みたいに暖かかった。


 そのまま持って二階の部屋に戻る。


 椅子に座って、熱すぎないか気を付けながら、ミルクを啜る。

 暖かくて、ほのかに甘くて、おいしい。

 体の中から温まる気がしてきて、ごくごくと飲む。

 ホットミルクは、とても優しい味だった。今まで知らなかった。


「ぷはぁ」


 半分ぐらい飲んで、一息いれる。

 スマホを操作して、自分も書き込みをする。


『ホットミルクを飲んだら、悲しい気持ちも少しだけ良くなった気がする』


 再び、両手をマグカップの横に着けて手を温める。

 そして、残りをチビチビと飲み続ける。


 ミルクはなくなってカップは冷めてしまったけど、絵美の心はなんだか前より暖かくなった気がした。

 寂しい気持ちも和らいで、何もかも、どうでもいいけれど、それでいい。きっと何とかなると、前向きな気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホットミルク 滝川 海老郎 @syuribox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ