第39話 ある家族の信頼の話

 サスラを討伐するために出撃した探索者五十名のうち、無事に第三基地へ戻ってこられたのは十人程だった。VRD四十体の損失か。深手を負ったように思われる。しかし、それだけの損失を出した見返りはあった。


 サスラが落としたクリスタルは非常に強く輝き、これまで見たものの中でも特に多くのエネルギーを秘めているようだった。これはブレインズ社に渡すことになっている。本来はマリーに渡すことになっていたのだが、彼女のVRDは体を切断されている。上半身だけの彼女はクリスタルをヴレインズ社専属の探索者に運ばせ、本人の切断された人形もその探索者に運ばせていた。


 帰り道で運ぶことのできる人形は出来る限り運んで帰った。マリナやデイジーの人形も切断されたものを拾って、ヨツバのリュックに詰めておいた。リュックの中に詰められた彼女たちはVRDの遠隔接続を切っており、静かなものだった。


 配信環境は復活し、俺たちは第三基地の近くまで配信を続けた。そして、基地も近くになったところで配信を終了する。


 第三基地に戻り、俺とヨツバ、そしてリリは、他の探索者と分かれる。俺たちはその足でカラスマさんの工房へ向かった。工房に到着し、今回は声をかける前に工房の奥から、カラスマさんが出てきてくれた。


「お疲れ様。こんかいは大変だったみたいだけど、なんとか帰って来てくれて安心したわ」

「どうもです。実際、これまでで一番危なかったかもしれませんね」


 俺に続いてヨツバとリリも口を開く。


「なんとか、帰ってくることが出来て良かったよ」

「ふぅ。今回は結構……大変でしたねぇ」


 二人とも、心からの疲れが口から出てきているかのようだった。そんな彼女たちを見てカラスマさんは微笑む。


「お茶でも飲む? ARティーで良ければあるわよ」

「「「いただきます!」」」


 しばらくして、ヨツバとリリがホテルに戻った。俺はカラスマさんの工房に居て、彼女がマリナやデイジーの人形を修理するのを眺めていた。彼女の背中をぼんやり眺めていると、ふいに彼女から声をかけられた。


「ツルギ君。今回はお疲れ様。ごめんね。君の腕を治すのが後回しになっちゃってて」

「いえ、大丈夫です。マリナたちの人形は直りそうですか?」


 俺の言葉に対して彼女から「ええ、大丈夫よ」と返事が来る。


「彼女たちはちゃんと直す。それが私の仕事だからね」


 そう言って彼女は少し黙っていた。ほんの少しの間を置いて彼女は俺に尋ねてくる。


「ツルギ君……何か悩んでる?」

「え?」


 いきなり、心の中を見抜かれたようで驚いてしまった。だって、俺は確かに悩んでいることがあって、それをカラスマさんに相談したい気持ちがあったから。


「遠慮しなくていいのよ。話したいことがあるなら、話しちゃいな」


 逡巡する。だが、相談しようと思っていたことだ。相談するべきだ。なら、彼女に遠慮をしなくても良いのかもしれない。しかし……なあ。


「……ブレインズ社のことです」

「へえ」


 彼女の相槌に心はこもっていなかった。肯定とも、否定ともとれる相槌。


「……話しても良いですか?」

「良いわよ。むしろカラスマお姉さんにこそ、相談するべきことじゃないかしら」


 カラスマさんの声は穏やかなものだった。ようやく、これは相談しても良い話題だろうと思うことができた。迷いを振り切り、俺は彼女に言う。


「俺は、前からブレインズ社からのスカウトを受けているんです」

「うん」

「始めは、あの会社には良いイメージを持っていませんでした。でも、あそこの社長が言うには、俺をスカウトした理由はマリナのため、みたいなんです。彼の言うことを信じるなら……ですけど」

「カイ社長は好意的な人物を裏切るようなことはしないわ」

「でも、カラスマさんは会社から追放された」

「それは別に裏切られたというわけではないのよ。そりゃまあ、多少はショックだったし、ムカつきもしたけどね、あの人がそうしたのは娘のためよ」


 そこで一度、言葉が途切れた。俺が黙っている間、カラスマさんも何か考えているようだった。


「ツルギ君。裏切る、という行為はね。人の気持ちに、いえ、信頼に背く行為のことを言うのよ」

「人の信頼に?」

「カイ社長は、周りの人間を信頼する人よ。でもね、私はあの人を信頼してはいなかった。単にスポンサーだと思っていただけ。面白い人ではあったけどね。私にとってはスポンサー以上でも以下でもないわ」

「でも、マリナは……社長は、あの子の信頼は裏切ったんじゃないですか?」

「マリナちゃんの信頼を裏切ったですって。それは違うわ」


 カラスマさんは静かに、冷徹に言い放つ。


「あの子たちの家族はね。本当の母親を失った時からお互いの信頼関係を失っているのよ」


 それはあまりに残酷な言葉のように聞こえ、俺は何と言うべきかわからなかった。


「カイ社長は娘たちを信頼しようとしているけどね。娘たちの方からは信頼なんてされていないの。だってそうでしょう。母が死ぬ時も仕事を続けていた父親だもの」


 カラスマさんは話してくれた。マリナたちの母親が事故で生死をさまよっていた時も、カイ社長は病院には来なかったのだという。仕事を続けていたのだという。


「でもね、私にはなんとなくだけど思えるのよ」

「何をですか?」

「あの人はマリナちゃんたちの綺麗な母親を愛していたから、事故によって傷ついた彼女を、弱っていく彼女を、死に向かっていく見ていることができなかったんじゃなかったのかなって」

「そんな……それはあまりにも……」

「酷い行為だと思うでしょう。でも、あの心の弱い男にはそうすることしかできなかった」


 俺が黙っている間もカラスマさんは言葉を続ける。


「私はマリナちゃんが求めている者になろうとも思った。彼女はそれを求めていたから。だけど、私は母親の役を勤めるにはあまりにも歪んでいたから、最終的にはこうなっちゃった」


 そしてカラスマさんは肩をすくめた。


「ツルギ君。きっとね。君もあの子が君に求めているものにはなれないわよ。だって君は私のように歪んでいるんだもの。あの子の家族の代わりにはなれないし、なっちゃいけない人間なのよ」


 それを聞いて俺は反論が出来なかった。妙に彼女の言葉に納得してしまっていた。


「カラスマさん。あなたの言うことは分かりました。でも」

「でも?」

「俺は――」


 それから俺の言ったことをカラスマさんは否定せず、肯定してくれた。

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