第31話 ブレインズ社の少女

 日曜日。朝早くに迎えの車は来た。時刻は五時を過ぎたところ、ブレインズ社は東京にあると聞くが……車で向かうのか?


 ブレインズ社の人間は黒い服を着ていた。スーツだ。内心、黒服とでも言ってみようか。


 外行の服に着替え、黒服たちに促されるままに車の中へ、不用心と思われるかもしれないが、この程度の相手であれば素手でも制圧できる。いざという時もなんとかできる自信があるのだ。


 そんなことを考えながら車内の席に座ると、隣に見知った顔があった。金髪が特徴的な北欧少女、デイジーだ。


「おはよう。君も呼ばれていたのか」

「そうデスネ。うちのパパはブレインズ社とも取引してマスカラ」

「もしかしてデイジーってお嬢様?」

「そうデスヨ。とはいえ、これから向かう家のガチお嬢様に比べると見劣りするデショウガ……私は初めて尋ねる家なので楽しみデース」


 彼女はリラックスしている。俺と同じで、彼女もその気になれば、いつでも黒服たちを倒せるだろう。まあ、彼女が楽にしているのは性格によるところが大きいだろうが。


 車は東京方面へは向かわず、俺が住む家の近く、高校へ到着した。どういうことだろうと思っていると、グラウンドにヘリを停めているそうだ。高校のグラウンドに勝手にヘリを停めたりしてよいのだろうか。高校側に話は通っているのだろうか。


 車に乗ったまま学校に入り、件のヘリコプターを見つけた。結構な大きさでバスくらいは大きいのではないだろうかと思えるサイズだった。


 黒服たちに案内され、車から降りてヘリに乗り込む。生まれて初めて乗り込むヘリには、正直わくわくさせられた。が、黒服たちの前ではなるべく平常心を保つように努める。


 なんとなく、彼らに子どもだと思われるのは嫌だったからだ。


「俺、ヘリに乗るのは初めてだよ」

「まあ、この辺ヘリポートはありませんからネー」

「だからって、グラウンドにこんなものを停めるかね」

「ま、その程度はあくびをするのと同じくらい簡単にできる相手ってことデスヨ」

「ふぅん」


 扉が閉まる。ヘリのエンジンが動き出し、大きな羽が回転を始め、重い機体が浮かぶ。


 おお! 飛んでるぞ!


 ヘリは移動を開始し、埼玉の空を飛んでいる。窓の外を眺めているとデイジーから声をかけられた。


「ツルギ。目がきらきらしてマスネー」


 俺を見て可笑しそうに笑うデイジー。彼女に指摘されてようやく、俺は空の旅に夢中になっていたことに気付いた。なんだか恥ずかしい。俺は俯きながら「そうだな」と応えることしかできなかった。


 空の旅は十分はしただろうか。そんなにはしなかったかもしれない。東京にあるブレインズ社が所有しているという、高いビルの屋上にあるヘリポートに到着した時、まだ空は薄暗かった。


 ビルは五十階を超えているそうで、黒服が説明してくれたのだが、どうやらこのビルの最上階にはマリーやマリナ、彼女らの父親が住んでいるそうだ。母親の話は……出てこなかった。何か、事情があるのかもしれない。


 黒服たちに案内されてビルの中へ入る。そこで俺たちを出迎えたのは一体のVRDだった。人間型だがロボットよりの見た目。琵琶湖のダンジョンでは何度も見たことのある姿だが、ダンジョンから離れた場所でVRDを見るのは初めてのことだった。


 そのVRD。ロボットよりの見た目をした人形は俺たちにお辞儀をした。


「はじめまして。私はこの家の執事をしているクロイと申します。とはいえ、ほとんどのものが声だけで操作できる家の中では、あまり仕事も多くは無いのですが」


 顔を上げて肩をすくめる彼は、どうもフランクな性格をしているように思えた。歳は、どうだろう。声の感じからすると老人のように感じるが、リンドウの例もあるからなあ。


「どうぞ。ご案内します。まだ時間も速いですし、娯楽室にでも行かれますかな?」


 娯楽室なんて聞きなれないぞ。娯楽室というくらいだから、娯楽に関する何かが置かれているのかもしれない……むむむ、俺の家にないものをいきなり話に出されても分からん。ここは素直に彼の提案に乗っておこう。


 クロイさんが俺たちの前を進み、黒服たちは俺たちの数歩後ろからついてきた。後方の彼らからは警戒されている雰囲気を感じる。でも、その警戒心は彼らが俺の元を訪れた時から感じているし、彼らが何か仕掛けて来るというような気配はない。それは彼らの仕事の範囲にあることなのだろう。


 そこから少し移動して娯楽室へ、その間、どこで靴を脱ぐのだろうかと思っていたが、どうやら靴を脱ぐ必要は無いようだった。うーん、室内で靴を脱がないのは家って感じがしないな。なんだか公共施設に居るみたいだ。


「こちらが娯楽室となっております」


 クロイさんに案内された娯楽室には、バーカウンターやビリヤード台などが設置されていた。それらはなんだか大人の雰囲気を感じさせる。かと思えば部屋の奥の方には複数のソファーやぬいぐるみがあり、ソファーに対面するように設置された大型のモニターには有名なネズミのキャラクターのアニメが映っていた。部屋の手前と奥とで、なんだかちぐはぐな印象を覚える部屋だった。


「おや、お嬢様が眠っておられるようだ」


 クロイさんが言う前に気づいていたが、ソファーには一人の気配があった。どうやら眠っているようで、気配のする方に注目してみると、大きな猫のぬいぐるみを抱えるようにして、一人の少女が眠っていた。すうすうと寝息を立てて、おだやかな寝顔だ。


 皆で少女の元へ近づいて行く。彼女は長い黒髪をしていて、マリナを幼くしたような、そんな印象を受けた。小学校の低学年くらいの年齢だろうか。ということはマリナの下に妹が居たのだろう。姉妹は二人だと思っていたが、三人だったか。


「お嬢様、アニメを見たまま眠ってしまいましたか。二度寝は良くありませんぞ」


 クロイさんに話しかけられ、少女は目を覚ました。彼女はしばらく眠そうにしていて、状況が読み込めないようだったが、やがて俺とデイジーに気付いた。


 彼女の顔が赤くなる。彼女は抱えていた人形を盾にするようにして顔を隠した。やがて、盾の後ろからそっと顔を覗かせるように赤い顔がでてきた。


 驚かせてしまったようだと思っていると、彼女は俺の顔を見ながら恥ずかしそうに、消え入るような声で言った。


「……ツルギ……師匠……来てたんですね」


 その声を聞いて、俺は思い違いをしていたようだと気付いた。

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