第11話

 間ヶ宮の祈祷が終わり。

 周囲はまた、あっという間に静かになった。

 木で組まれた祭壇が、こんなにみすぼらしかったのか、と。

 二度見してしまうほど、輝きを無くし。

 集まっていたたくさん人は、波が引くように姿を消していった。

 変わらないのは、地獄のような赤い焦土のみ。

 風の音すら無くなってしまった何一つない世界に。

 俺とタミーは置いてけぼりを食らった子どものように、そこに立っていた。

 俺とタミーだけの気配、たったそれだけが、この大地で生きている証かの如く。

 とりあえず、生気の篭っていそうな何かに縋(すが)りたくて。俺は祭壇に背中を預けた。

 そして、すとんと焦土に力無く座り込んだ。

 さっきまでの出来事が、夢みたいだ。


 ていうか、さ。

 あー、なんかもうね。


 目や耳から入った情報量が、脳の処理速度に追いついてなくてさ。

 こんなとこでぼんやりしている場合じゃないのに、体も頭も。

 体いっぱいに膨らんだ思考力や行動力の何もかもを、否定している。


 俺、今。

 何も考えたくないんだわ、本当。


「な、なんで! なんで奴がここいる!! ミワ、どういうことだ!!」


 何もかも投げ出し、無気力極まりない俺とは真逆のタミーは。

 蛙独特の緑の四肢をバタつかせて、湧き上がる疑問を解消すべく、叫んでいた。

 何もそんな馬鹿でかい声ださなくっても。

 十分聞こえてるっつーの。

 若干、タミーの行動に尊敬よりもウザさが混ざって、俺は深くため息を吐く。


「あーもう、俺が知るかよー」


 我ながら間の抜けた、弱い声が出たなと感じた。

 そんな俺にムカついたのか。

 タミーが小さな蛙化した前足で、俺の頬を叩いた。

 叩くと言っても粘着質のある、全く威力のないビンタだ。

 赤ちゃんにグーパン喰らわされた方が、まだ威力あるし。

 そんなビンタなら、蚊に刺された方がよっぽど不快だと思う。


 ひょっとしたら、だな? 

 今なら俺の方が、田の神・タミーより強いんじゃね? 

 なんて。

 そんなわけないけど、そんなわけあるかも。


 疲れた頭は、ロクでもない思考をするんだなぁ。

 俺は祭壇に頭をくっつけて、目を閉じた。


「ミワ! お主は何故、現実逃避しているのだ!」

「だって、もう。眠いし」

「しっかりしろ、死んでしまうぞ!」

「雪山じゃねぇし。死ぬかよ」

「そんな問題ではない! 起きろ、腑抜けめ!」

「はぁ? 腑抜けェ?」

「腑抜けは、腑抜けだろ!」

「なんで、タミーにそこまで言われなきゃなんないんだよ!」

「じゃあ、寝るな! ちょっとでも打開策を考えろ!!」

「つか、タミーおまえ! 蛙化しても神様なんだろ?」

「あぁ、そうだ! 何か問題あるか!」

「問題は大有りだ!! 神様なら、神通力でもなんでも使って調べりゃいいだろ! なんで俺に聞くんだよ!」

「うるさい! 儂は今蛙なのだから、神通力も本来の百分の一ほどだ! それにこの状況、お前しか聞けぬ奴などおらぬだろう! 何度も言うが、儂は今蛙なのだから!」

「百分の一って……。やっぱ、俺よっか弱そうじゃん」

「うるさい!」

「あー、神様が下々にむかって〝うるさい〟って言ってるー」

「こ……んの! 腑抜けーッ!!」


 緑の滑らかな体を真っ赤にした(ように見えた、俺には)タミーが、俺の肩の上で何度もジャンプをして。

 目一杯、怒りを表現している。


 んなの、分かってる。

 とりあえず、目の前の事を明らかにしなきゃ、なんて。

 わかってるし。

 だけど、今は、どうすることもできないだろ?

 できないってタミーだってわかってるはずなんだろ? 

 だったら。

 だったらさ、わかってんだったら聞くなだし。

 現実逃避? 腑抜け? 

 なんとでも言えって。今の俺はもう、限界なんだよ。


「とりあえず、俺は今、とてつもなく眠いんだよ」

「はぁ!?」

「俺は寝る」

「ちょ……! ミワッ!」

「寝てから考える」

「はぁ!? ミワ、何を言ってる!?」

「んじゃ、おやすみ。タミー」

「おやすみって!? おい、ミワッ!!」

「タミーも、早く寝ろよ」

「ね、寝るな!! こら! ミワッ!!」

「おやすみー」


 目を瞑っていたせいか。

 半分思考を辞めた頭が寝落ちするのは、とてつもなく早かった。

 あっという間に、四肢から力が抜けて。

 目の前の自称から目を背けた意識も、すとんと暗闇に落ちてたんだ。

 そして、ちょっと心のどこかで。

 目が覚めたら、何事もなかったみたいに元の世界に戻っていて。

 ふかふかの布団の上で欠伸あくびなんかしてんじゃないかって、淡い期待も持っていたんだ。



 ギシッ、ギシッ--。

 遠くから響く聞き慣れない音。

 爆睡から浅い眠りに移行した俺の頭にうっすらとこだまする。

 ギシッ、ギシッ--。

 次第に大きくなる木が軋む音は、一定のリズムを刻んでいた。


 まだ、寝ていたい……。


 このが、俺の眠気を助長させる。

 え? 揺れ? 揺れって何だ? 

 しかも、ギシッギシッって何だ? 

 そう思った瞬間、だるんだるんな眠気が吹き飛び一気に覚醒した。


「ッ!?」


 最大限に目を見開き、弾かれるように飛び起きる。

 同時に小さな塊が「うわっ!」と小さく悲鳴をあげて、コロンと俺の体から転げ落ちた。


「い、いきなり起きるなよ! ミワッ!」


 あまりにも小さな蛙の四肢をバタつかせて、タミーがいつものように悪態をつく。


 あ……やっぱり、元に戻ってなかったんだ。


 寝落ちする前に抱いた淡い期待が、蛙の容姿をしたタミーをみた瞬間、ポロポロと崩れて消えていった。

 強張った肩から、スッと力が抜ける。

 緊張して目覚めた俺はあまりの脱力に、五十歳くらい急激に老けたように感じた。


「あ、ごめん……タミー」

「何されても起きなかったくせに。今更〝ごめん〟じゃないぞ、ミワ」


 極めて不機嫌な。

 体はキレイな若草色なのに。

 真っ赤に見えるほど激怒しているタミーが、俺を睨みながら言った。


 そんな、怒らなくても……。


 イマイチ状況が、飲み込めない。

 俺は情けないくらい気の抜けた声しか出せないでいた。


「てか、ここどこ?」

牛車ぎっしゃの中」

「あぁ、牛車か……え!? 牛車!?」


 相変わらず不機嫌極まりないタミーの言葉が、予想外もいいとこすぎて。

 未だレム睡眠中だった俺の思考が、急激に回転しだした。

 人一人で十分なほど小さな部屋が、ギシッギシッという一定のリズムに合わせて上下する。


 すげぇ、俺、牛車に乗ってるし! 

 いやいや! 感心してる場合じゃないって!


 脳内で一人ノリツッコミを繰り広げて慌てる俺を、タミーがジトッとした眼差しで睨む。


「っとに! ミワはどこに行ってもマイペースだな!」

「え? 何で牛車に乗ってんの、俺!? 何で!?」

「何でかは、儂も知らん!」

「知らん、って。無責任だぞ、タミー」

「呑気に寝ておいて、何が無責任だ!」

「だって……」


 タミーは、小さくため息をついた。


「突然式神と牛車が現れて、お前を牛車に乗せて走り出したんだよ」

「は?」

「恐らく、間ヶ宮だ」

「何で分かるんだよ、そんなこと」

「牛車も式神も、何もかも。奴の気配しかしない」

「!?」

「儂等の存在が、バレたのかもしれん」

「そ、それじゃ! 元の世界に帰してくれるんじゃね?」

「馬鹿者! ビビりのくせに、何でお前はいつもそう楽観視するんだ!」

「はぁ!?」

「最悪の事を考えろ! 儂等は今、何の力もないんだぞ!」


 タミーの言葉に、俺は全身の血液が一気に足元に落ちた。

 サッと手が冷たくなる。


 それは、マズイ。

 マズイかもしれない。


 史門そっくりとはいえ、相手は絶大な力と人気を誇る祈祷師で。

 間ヶ宮が本気になったら、俺たちなんかあっという間に瞬殺されちゃうかもしれないわけで。


 ギシッギシッと響く一定のリズムが、心地よさから、恐怖のカウントダウンに一変した。


「お、降りなきゃ! タミー! この牛車から降りなきゃ!」

「ダメだ」

「え!? なんで!?」

「お前が呑気に寝ている間、儂が何度か試したが。この牛車に結界が張られている」

「結界!?」

「今はどうすることもできん。最早、出たとこ勝負だな」


 出たとこ勝負--! 

 でも、命がかかった出たとこ勝負って、リスク高くね!? 

 まじで、これ!! 絶体絶命ってヤツなんじゃね!?

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Stay here〜最弱の神様とビビりな神主! 荒神から町を守れ……るのか!?〜 @migimigi000

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