第4話 「おかえりなさい…!」

 1年後。


 

 この日は心地の良い青空が広がっていた。僕は木陰にある石へと腰掛け、景色を眺める。



 すると、仔猫が鈴を鳴らしながらこちらへ歩み寄る。



 「ニャア」



 手紙を携え、僕の目の前へ現れた。



 「ありがとう!」



 僕は仔猫の頭を撫でながらお礼を伝え、手紙を受け取る。


 

 碧の日常が綴られた手紙にやさしい表情を浮かべながら頷く僕。


 最近、碧の元を訪れる仔猫が増えたそうだ。不思議なこともあるんだな、と頷く僕。


 そういえば、僕の元にも手紙を届けてくれる仔猫以外にも多くの仔猫が目の前に現れた。


 これは何かを意味しているのだろうかとふと考えた僕。



 そんなわけないか。



 我に返ったように仔猫を見つめる。仔猫は首を傾げるように僕を見つめる。



 「何でもないよ」



 仔猫にそう言い、紙とペンを受け取り、碧への返事を書き始めた。



 


 「よろしくね!」



 仔猫へ手紙とペンを預け、歩く後姿を見つめる僕。


 碧と約束を交わし、2年程が経った。長いようであっという間だった。カメラを携え、旅をしているからだろうか。


 自身へ問うが、心が返した答えは全く違うものだった。



 青空を眺め、一人の女性の顔を思い浮かべる。


 僕の表情は自然と緩む。



 待ってて下さいね…!もうすぐあなたの元に…。



 青空を介して女性に誓い、僕は立ち上がった。そしてバッグからカメラを取り出し、目の前に映る景色を写真に収め、歩き出した。



 

 

 同じ頃。



 「今日はいい天気だな…。今、何してるのかな…」


 「ニャア!」


 「ふふ!何でもないよ!そうだ、何か食べる?」


 「ニャア!」





 数日後。



 僕が辿り着いたのは飲食店が建ち並ぶ賑やかな町。


 僕はその景色を眺めるように歩く。



 すると。



 あれ…。



 僕の目に飛び込んだのは見覚えのある色の看板。


 もしかして、と思った僕は無意識に足を速め、看板のあるお店の前へ。



 やっぱりそうだ…。



 あの日見た看板。


 店名は違うが、店の造りは全く同じだった。



 店先には長椅子。


 その長椅子に三人のお客さんが団子の櫛を持ち、談笑していた。


 そして、長椅子の傍には一匹の仔猫。


 すると僕の気付き、仔猫が歩み寄り、目の前で座る。



 「ニャア」



 仔猫はまるで「いらっしゃいませ」と言うように鳴く。


 店内を見るが、人の気配はない。


 もしかして、この仔が…。



 不意に出た考えが頭の中で駆け巡る。


 いやそんなことはない。何かの魔法じゃあるまいし。


 心の中に潜むもう1人の僕がそう言う。



 すると、仔猫は僕をいざなうように店内へ歩き出す。


 僕はその背中を追う。



 店内へ入るとどこか懐かしさが感じられる空間が目の前に広がる。


 火がかけられたかまど


 ぐつぐつと蓋が弾けるように鍋の上で踊っている。



 仔猫は振り向き、僕を見る。


 そして、更に奥へと進む。



 奥には何があるの…?



 そう尋ねる間もなく、仔猫は歩く。



 

 しばらく歩くと、暖かな空気が僕の全身を覆う。


 やがて、景色が僕の目の前に広がる。その景色を見た瞬間、僕は思わず夢かと目を凝らす。



 あの景色だ…。あの女性ひとに会う前のあの景色…。


 周囲を見渡す僕。


 しかし、この場所にいるのは僕とこの仔猫だけ。


 

 仔猫も周囲を見渡す。そして、こちらを振り向く。



 「ニャア!」



 そう鳴くと、緑が広がる地を進む。仔猫についていくように僕は歩き出す。



 僕はこれからどこへ向かうのだろう…。


 僅かな不安と楽しみが僕の心の中で交錯する。



 仔猫はスピードを保ったまま進む。


 僕も同じく。



 やがて、僕の鼓動が無意識のうちに高鳴る。



 あれ…。どうしたんだろ…。




 すると、仔猫が振り向く。


 まるで、僕の様子に気付いたかのように。


 


 「ニャ」



 猫の鳴き声が気持ちを落ち着かせた。


 

 そして、仔猫と僕は再び道を進む。




 しばらくすると、建物が見える。


 その瞬間、僕は立ち止まる。


 鼓動が再び高鳴る。



 碧さん…。



 心の中で出た声。



 視線の先には店先で誰かの帰りを待つかのような様子の碧。


 しばらくして、その姿は店内へと消える。



 僕は思わず、呼び止めようと走り出す。しかし、すぐにその勢いを抑えた。



 入っちゃった…。



 伸ばしかけた右腕を下ろす。


 少し落ち込んでしまった僕。



 その姿を見て、仔猫は店先へと走る。僕は仔猫を止めようとしたが、体がついていけなかった。



 心の準備が…。



 惚れた女性に久しぶりに会うことはこのような感覚なのかと体が無意識に覚える。その場に立ち尽くし、仔猫の後姿を見つめることしか出来ない。



 それから間もなくして、仔猫が店先に座り、誰かを呼ぶように鳴く。


 その声に反応したように店内から1人の女性が姿を現す。



 「あら、どうしたの?」


 「ニャ!」



 仔猫は鳴き声とともにこちらを見つめる。



 僕は無意識に背筋を伸ばす。



 女性は曲げた膝を伸ばし、こちらへ視線を向ける。



 その瞬間、思わず視線と下へと向ける僕。



 お互いその場に立ち尽くした状況。


 どちらからも一歩を踏み出せない状況。




 その状況を打破したのは仔猫だった。



 仔猫は僕へ歩み寄り、右前足を僕の右足へ乗せる。



 「ニャア」



 鳴き声とともに仔猫を見る僕。



 「いいの?気持ち、伝えなくて」



 僕は一瞬、周囲を見渡す。



 いるのは僕と女性、そしてこの仔猫のみ。



 そんなことあるわけないだろ。


 もう1人の自分がそう言う。



 すると。



 「待ってるよ。行こう!」



 言葉とともに仔猫の口がそのように動いていた。



 女性を見つめる僕。


 そして頷き、右足を上げる。




 鼓動が更に高鳴る。



 女性の姿が徐々にはっきりと映る。


 女性は笑顔を浮かべていた。




 僕は女性の数十センチ手前で立ち止まる。



 「吉田碧」の名札とあの時と変わらない笑顔が僕の目に映る。




 仔猫はいつの間にか姿を消していた。



 しばらくの沈黙。


 1つ息をつき、気持ちを落ち着かせる僕。


 そして、碧を見つめる。




 「ただいま戻りました…!」



 笑顔で挨拶をする僕。



 その言葉で何かを待ちわびたような笑顔で目に光るものを浮かべる碧。




 碧はゆっくりと歩を進め、僕の手元を見つめ、やさしく両手を握る。



 そして、僅かに頬を濡らした顔を上げ、笑顔で僕を見つめる。





 「おかえりなさい…!」




 

 次の瞬間、僕達の再会を祝うかのように太陽の光が眩しく降り注ぎ、影を作る。




 

 「ずっと好きでした…」


 「私も…」




 僕は碧を抱き寄せる。温もりが僕の体を包む。



 程なくしてやさしい風が吹き、緑がきれいに揺れる。


 僕達の周りは美しい景色に包まれる。



 どんな草木よりも美しく。


 どんな花よりも美しく…!

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仔猫が紡いだ恋 Wildvogel @aim3

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