第12話 消えゆく価値 ~side:柚季~

「大崎、お前な……自分の立場分かってるか?」


 停学処分を言い渡されたあと、柚季は次いで水泳部の顧問に呼び出され、生徒指導室で1対1のやり取りをしていた。

 無論、説教をされているのだ。


「お前は水泳部のホープなんだぞ? もう6月になるし大会も近い。そんな中で問題を起こしてどうするんだ? 自覚が足りてないって分かってるか?」

「はい……」

「今回は3日の停学で済むにしたって、また問題を起こせば学校側は厳しく対処せざるを得なくなる。スポーツ特待生なんだからシャキッとしてくれ」

「はい……」

「最近は髪も明るくなり過ぎてるしな。気がたるんでるんじゃないか?」


 顧問からの容赦のない言葉が続く。

 柚季はうつむきながら頷くばかりだ。


「結果を出してるから大目に見てきたが、一旦黒に戻せ。特待生の立場を笠に着て調子に乗りすぎだ。お前は女王様じゃないんだよ」


 否定に次ぐ否定。

 呉人から届いた決別のひと言に関してもまだ理解が及ばず、整理が付かない中で、柚季のメンタルは沈められていく。


「もちろん今回の件は親御さんにも連絡済みだ。全額とは言わないが、割ったガラスの費用を負担していただかないといけないからな」


 いっときの逆鱗による失敗が、尾を引き始めている。

 柚季はこのあと午後の授業を当然受けさせてもらえないまま、早退することになった。


 1人で帰路を歩く中で、柚季はLINEを立ち上げて呉人とのトーク画面を開く。

『別れよう』の4文字がやっぱりそこには刻まれている。


(なんで……)


 停学になったことよりも何よりも、呉人からの決別の方がダメージとしては大きい。

 いきなりこんなことを言われてどうすればいいのか分からない。

 媚びて尽くして自ら告白をしてまで交際に至った呉人にフラれるということは、自分には一切の価値がなくなったのではないかと思えてくる。


(違う……そんなはず……)


 自分にはまだ価値がある。そう考えていると、LINEにメッセージが届いた。現在の遊び相手である乗からだった。


『柚季ちゃん今日遊べる? 俺ヒマ』


 そんなメッセージを捉えた瞬間、柚季は『遊べる』と即答した。

 自分にはまだ価値がある。乗と遊べばそれを実感出来る気がして、まっすぐ帰らずに繁華街で乗と合流した。


 合流後はホテルに直行しようとしたが、制服姿だとさすがにマズいと考えた乗が衣服を買ってくれたので、それに着替えてからホテルに向かった。


「今日ってナマでいい日?」


 ホテルの部屋に到着し、前戯等を済ませたあとの挿入前に、そんな確認を取られた。


「あ、ダメです。ピル切らしてるんで」

「んー、そっか。でも出す前に抜くからダメ?」


 ナマで出来ないんだったら価値ないよ。

 なんだかそう言われているように思えて、柚季はどこか強迫観念的な思考で渋々と頷いた。


「じゃあ……絶対に外でお願いします」

「オッケー」


 そんな反応をしておきながら、乗は最終的には中にすべて放出していた。

 柚季は唖然とする。


「ちょっと……」

「なに? 別に大丈夫っしょ。デキないデキない」

「はあ? あんたふざけ――」

「あのさ柚季ちゃん、服買ってやったろ? それと等価交換だ」

「ふ、ふざけんなっ! 警察に突き出せばあんたなんか未成年との淫行で――」

「もしそれやったら俺、こういう画像とか動画をぜーんぶ柚季ちゃんのガッコに送っちゃうけどね? ネットにもアップしちゃうかもな」


 そう言って乗はスマホに撮り溜められたハメ撮りの画像や動画を見せ付けてくる。

 柚季は顔を青ざめさせた。


「なあ柚季ちゃん、あんま調子に乗んない方がいいよ? 彼氏くんが居るのに俺と遊んでるような君をさ、俺が大事にするわけないじゃん。穴だよ柚季ちゃんの価値って」

「……っ」

「めっちゃチヤホヤされて育ってそうだから言っとくけど、柚季ちゃんに穴以外の価値はない。可愛い穴だから君には男が寄ってくるんだ。遊び人はまともに愛されないよ。俺も含めてね」


 そう言って乗はさっさと帰ろうと思ってだろうか、身支度を整え始めていた。

 一方の柚季は色々とまとまらない感情を抱えて、今はとにかく浴室に駆け込んで、シャワーを使って中を洗浄し始める。


(サイアク……っ、なんで……こんな……っ)


 自分の価値が揺らいでいる。

 自分に価値が見出せない。

 呉人に切り捨てられ、遊び相手からはぞんざいな扱い。

 学校では問題を起こし、大崎柚季の価値が下落し続けている。

 

 何をどうすればいつもの愛される自分に戻れるのか。

 柚季にはそれが、分からなくなり始めていた。

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