第11話 思い通りにならない昼休み ~side:柚季~
柚季にとって恋愛とは、自らの価値を実感するための行為だ。
誰かに好かれることで自らに価値があることを実感したい。
誰かに好かれることで自らが他の女よりも優れていることを実感したい。
これまでの人生において、柚季は優れた外見と持ち前の社交性を生かしてモテてきた。愛想良く振る舞いはすれど、異性に媚びたことなど一度もない。媚びるまでもなく、男の方から寄り付いてくるからだ。
ゆえに柚季はこれまでの人生で男に困ったことは一度もない。
今の男に飽きたら切り捨てて次に乗り換え、飽きたら切り捨てて次に乗り換え。
その繰り返しで生きてきた。
切っても切っても男が寄り付いてくるので、柚季は誰かと別れた際に悲しみを覚えた経験はまったくない。新しい男に好かれているだけで自らの価値を実感し、幸せになれるからだ。
そんな遊びまくりで愛されまくりの柚季は当然ながら自分から異性に告白したことなんてなかった。男は寄り付いてくるモノであって、媚びるモノではない。出会いの場に出向けば勝手に寄ってくる。男なんて街灯にまとわりつく蛾のような連中だと思っている。
しかしだ。
柚季はこれまでの人生でただ1人、自分から告白して付き合うようになった男が居る。
そう、呉人である。
高校に入ってから出会った呉人とは、最初はまったくもって接点がなかった。クラスが別々だったし、カーストもまるで違っており、文字通り生きる世界が違っていた。
しかし去年の夏休み。
夜遅い合コンからの帰り道、柚季が酔っ払いに絡まれて身の危険を感じていたところを、たまたまコンビニ帰りに路地を通りかかった呉人が助けてくれたのだ。別に相手を果敢に追い払ってくれたわけではなかった。手を繋いで逃がしてくれただけのこと。
そのときはお礼だけを言って解散しており、付き合う云々の状態ではなかった。
付き合いたいと思った根本的なきっかけは、夏休み明けに同じ高校に通っていることを知って、校内で顔を合わせるようになってからだ。
その頃の柚季は、興味本位で呉人に近付くようになっていた。オタク系の男子とは付き合った経験がなく、自分の価値を高める新たな体験に出来ればと考えて、媚びるのではなく寄り付いてくるのを待っていた。
しかし呉人はいつまで経っても告白してくる素振りを見せなかった。異性に興味がないわけがないのに、紳士ぶって手を出してこない。陽キャならさっさと手を出してくるようなシチュエーションにおいても、奥手を極めていた。
それに痺れを切らした――というのが正しいのかもしれない。あまりにも手を出してこない呉人のことを柚季は襲った。この男にも愛される女になりたい。この男をオトせないようなら自分は無価値だ。そんな一心で初めて異性に媚びて、尽くして、呉人と付き合える状況にまで至らせた。
意外にも、付き合えたからもう飽きた、とはならなかった。初めて媚びて尽くして自分から告白した異性だからこそ、柚季にとって呉人は特別だった。深い愛情とは違うのかもしれないが、手元から離したくない想いが強くあった。このあたしが媚びたのだからかえりみろ。そんな想いが募っていた。
一方で、蛾が寄ってくれば遊ぶことは多々あった。今遊んでいる乗だけが遊び相手ではなく、定期的に他の異性とも遊ぶことで自分の価値を実感していた。
しかし他の異性と遊べば遊ぶほど、結局呉人でいい、との考えに帰結するようになっていた。呉人だけはやっぱり特別だった。自らが告白した初めての異性ゆえに、呉人と過ごす時間でしか得られない感慨のようなモノがあった。
だからどれだけ他の蛾たちと遊んで自分の価値を実感しようとも、一番は呉人だった。
呉人と話し、遊び、セックスをしているときこそが、自分の女としての価値が一番高まっているように感じられていた。
ゆえにこれからも呉人のことを手放すつもりはなかった。
遊んでいることがバレないように、たとえ何かあってもご機嫌を取れば大丈夫だろうと高をくくって、彼との交際は延々と続けていくつもりだった。
だからこそ――
(……え)
『別れよう』
この日の昼休み。
呉人からのそんな返信が届いた瞬間、柚季は怖気立った。
(なに……これ……)
何かの見間違いかと思った。
しかし何度見ても、トーク画面には『別れよう』の4文字。
(なんで……)
柚季は呆然としていた。周囲で一緒に昼食を食べている女友達らが「どしたん?」「大丈夫?」と声を掛けてくるが、反応している余裕はなかった。
(……や、やっぱり浮気がバレてた……? でもそんなはず……)
別れを切り出された詳細が分からず、柚季はうろたえる。
うろたえた理由はもちろんそれだけじゃない。
異性から別れを切り出された経験が初めてだったという動揺もある。
そして当然ながら、自らが初めて媚びて尽くして告白してまで手に入れた呉人がそのようなアクションを起こしてきたからこそ、柚季の精神は平常心を失っていく。
「ちょ……なんで泣いてんの……?」
泣いているつもりはなかったが、勝手に涙がこぼれていた。無意識に涙腺が刺激されてしまうほどに、呉人からの決別の言葉は柚季にとってショッキングだったのである。
「……ひょっとして彼ピとなんかあった?」
「生徒会のヤツだっけ?」
「なんか調子に乗られた?」
「シメたげよっか?w」
友人らの言葉はとてもじゃないが耳に入ってこなかった。乱された精神状態の中、脳裏で思考がグルグルしている。
(なんで別れよう……? なんで……? 意味分かんない……こんなメッセだけじゃなんも納得出来ない……)
柚季はそう考え、席を立った。
静かな廊下に出向いて呉人に通話をかける。
しかし出ない。
負けじとかけ直すがやはり出ない。
その後も何度かけ直しても出てくれなくて、柚季は地団駄を踏んだ。
(なんで……っ)
こんなにも思い通りにならないことがあるというのか。
これまで男のことで苦境に立たされた経験がなかったからこそ、柚季はこのやるせない感情の発散先が分からなかった。
だから近場にあったトロフィーなどが飾られている戸棚のガラスを怒り任せに殴って砕けさせ、その破片が飛び散って怪我をしたのはあまりにも自業自得としか言えなかった。
「な、何をしているの大崎さん……!」
挙げ句――その現場を教師に目撃された柚季は、保健室での治療を受けたのちに3日間の停学処分を言い渡されることになった。
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