第7話 オフ会 6

「あなた……どうして……」

 

 急にフードコートに現れたナハラさんを見て、会長も戸惑っていた。

 ナハラさんは僕らに近付いてきてあっけらかんと応じる。


「まぁ簡単に言えば、自殺に失敗したから戻ってきたのさ」

「し、失敗ですか……?」

「厳密に言うなら、失敗させた、だけどな」


 ケラケラと笑って、ナハラさんは僕らのそばで足を止めた。

 それから、ここだけの話だぞ、と言わんばかりに顔を寄せてきて、ナハラさんは言葉を続けてくる。


「ま、ぶっちゃけたハナシをしちゃうとさぁ、俺って実は元から死ぬ気なかったんだわ」

「……え」

「てか、この手のオフを何度も主催しては失敗させてんのが俺なんだよね」

「……どういう、ことですか……?」

「自殺したいって言ってる連中を集めて、死と向き合う時間を与えて、怖がらせて自殺を諦めさせて、社会に戻すのが趣味って言ったら分かりやすいか?」


 ……なんじゃそりゃ。


「自殺したいって言ってるヤツらってさ、大体衝動的なんよな」


 ナハラさんは呆れたような口調で吐き捨てる。


「よくよく考えてみりゃあどうとでもなりそうな理由で、もうどうしようもねえだの死にてえだの言ってんのよ。俺はそういうのが許せねえっつーか、もったいねえって思ってるわけ」

「……なんでですか?」

「それは申し訳ないが今日出会ったばかりの君に話すようなことじゃないな。でもひとつだけ言えることがあるとすれば、死ぬよりは生きてる方がマシってこったよ。ほとんどの場合でな。人間頑張りゃ大抵のことは出来んのよ。自分で限界決めてりゃ世話ねえってハナシさ」


 どこか遠くを見るような目付きでそう言ったのち、ナハラさんは気を取り直すように呟く。


「ま、とにかくだ。俺は自殺者に考えを改めさせる慈善活動を勝手にやってる、ってのが真相さ」

「じゃあ……太っちょやおじさんも普通に生きてるってことですか?」

「あぁ生きてるとも。車で待ってるぜ。あいつら2人ともしょーもねえ理由で死のうとしてたの、君らも覚えてるだろ? 太っちょなんか直訳すれば非モテだから死にてえって言ってて、おっさんの方はパワハラがキツいから死にてえとかさぁ、ホント揃いも揃ってしょーもねえわ。だから実際に練炭焚いてやったら覚悟が足んねえわけでさ、やっぱ死にたくねえ、って泣いてわめいてみっともなかったぜ。君らにも見せてやりたかったよ」


 ……一応ガチで練炭を焚くまではやったんだな……。


「まぁその点、君らは優秀だ。特に君はな、少年」


 ナハラさんは気の良い笑顔で僕の背中をぽんと叩いてきた。


「命を粗末にしなくてもなんとかなる、って自力で気付けたのすげえわ。そんでそこの彼女を生きる道へといざなってくれたのもお見事過ぎる。君みたいな救世主じみたヤツがたまーに現れるから、この活動はやめらんねーんだわ」


 ナハラさんのこと……すげえ悪い人なんだろうなって思っていたけど、多分それは違うよな。こんな活動をしている時点で奇人変人の括りにはなるけど、ある程度の信頼を置いていい人なんだと思う。もちろんベッタリと仲良くしたいかって言われると、そういう雰囲気の人ではないけど……。

 

「さてと」


 そんな中、ナハラさんは場を改めるように呟いた。


「まぁそういうわけで、俺は今日も無事に全員生存させたから気分が良いんだ。君らが都内まで乗っていきたいっつうなら喜んで送らせてもらうが、どうする? 太っちょやおっさんとまた相乗りになるのは我慢してもらうけどな」


 問われた僕と会長は顔を見合わせる。

 そして互いに頷き合って、僕が代表して応じた。


「……乗せてもらえますか? 足がまったく見つからなくて、どうしようもない状態だったので……」

「オーケーオーケー大歓迎。生きる希望があるヤツらを俺はもちろん見捨てない」


 僕らの要望を快く聞き届けてくれたナハラさんはその後、日付がまだ変わらないうちに僕らを都内の某駅まで送り届けてくれた。


「――じゃあな君ら。今日の一大スペクタクルを青春の糧にして、二度と自殺なんて考えないで楽しく生きてくれ~」


 別れ際、ナハラさんはそう言ってくれた。超絶メチャクチャな人だけど、僕はそんなナハラさんのことが嫌いになれなかった。


 太っちょやおじさんは別のところで降ろされるようで、3人を乗せたレンタカーはそのまますぐに出発してしまった。

 もう……二度と会うことはないんだろうか。

 ……分からないけど、多分存在自体を忘れることはないだろうなと思った。


「じゃあ会長……終電来る前に帰りましょうか、僕んちまで」

「うん……そうね」

 

 僕らは改札口を通って、人がまばらなホームで電車を待ち始める。

 どちらからともなく、手を繋いでいる。

 会長とは……今日1日を通じて今まで以上に仲良くなれた気がする。

 それを思えば、自殺オフに参加したのは無駄じゃなかったと思う。


 やがて電車が到着した。

 乗り込んで座席に腰を下ろしたところで、LINEの通知が届く。

 見れば柚季からで――


『おーい、なんで返事ないの?』


 と相変わらずお気楽そうなメッセージが届いていた。


 僕はもちろん無視をした。

 会長との時間を大切にしたかったからだ。


 週末といえど、平日を控えたこの時間の電車に人なんてほぼ乗っていない。

 だから僕らは自然と肩を寄り添わせ、繋いだ手に力を込めたり抜いたりして指遊びをしながら、お互いの存在を感じ取って安心感を覚えていた。


 ふと気付くと、僕らは揃って涙をあふれさせていた。悲しいからじゃない。それこそ安堵からだった。一度でも真剣に死のうと考えた自分たちが怖いからでもあった。

 不安定な情緒は今も続いているかもしれないが……それでも会長と一緒ならきっと、これからの日々をまた頑張れるはずだった。


 やがて電車が僕らの住まう街に到着する。


 ……帰ってきた。

 命を粗末にせずに済んで、本当に良かった……。


 そのことにまたひとつ安堵感を得ながら、僕らはゆっくりと電車を降りて――

 ひとまずの帰還を……噛み締めたのである。

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