第6話 オフ会 5

「ねえ君ら、帰りたいってどゆこと?」


 僕らのもとにやってきたナハラさんが、ニヤけた表情で尋ねてくる。

 僕と会長は警戒して一歩しりぞいた。

 

 自殺オフを主催するような人だ。

 何を考えているのか分からない。

 そもそもカタギの匂いがしないんだよこの人……。


「ちょっと気になって君らのことこっそり見てたらさぁ、帰りたいとか言っててびっくりしちゃったぜ」


 ナハラさんが一歩間合いを詰めてくる。


「で? 帰りたいってどゆこと?」

「こ、言葉の意味そのままです……」


 会長を守るように一歩前に出て、僕はそう告げた。


「僕らは……死にたくなくなりました」

「へえ、だから帰りたいってこと?」

「か、勝手かもしれないですけど……そうです」

「ふぅん」


 ナハラさんはひと息吐き出して視線を上向ける。

 何かを考えるようにして天を仰ぎ始めていた。


 ……ナハラさんは、僕らを逃がすつもりがないんだろうか。一度死ぬって決めて来たからには、抜けることを許してくれないんだろうか。


 もしそうだったら……どうする?

 いや、どうするもクソもあるかよ。

 あらがうに決まってる。


 僕は会長と手を繋いだ。

 いざとなったらサービスエリアの施設に駆け込んで助けを呼ぼうと画策する。

 一方でナハラさんは、やがて僕らに視線を向け直して、


「ま、いいよ」


 と言った。


「……え」

「いいよ。帰りたいなら帰っても」


 あっけらかんとそう言われる。


「い、いいんですか……?」


 ナハラさんの真意は分からないが、あっさりと帰っていいって言われるのは……なんというか、拍子抜けだった。


「いいよ別に」


 ナハラさんは繰り返しそう呟く。


「俺に君らを留まらせる強制力があるわけじゃないしさ。あぁでも、こっからUターンして君らを送り届けるのは無理だぜ? 俺と太っちょとおっさんは死にに行くんだからさ」

「それは、はい、全然……帰るための足はどうにかして見つけるんで」

「そうかいそうかい。そいつは結構コケコッコー。じゃあこれでお別れだねえ」


 ナハラさんはどこか楽しそうに呟いた。


「自殺オフなのに、君らみたいなのも居るから、人って面白いんだよ」

「……はあ」

「あ、言っとくけど、抜けるんだったらメシ奢るってハナシはナシだぜ? だから何食わぬ顔でこれから俺たちと相席すんのはダメだ」

「し、しませんよさすがに……」

「オッケーオッケー。それが分かってんならもう言うことはないね」


 そう言ってナハラさんは僕らに背を向けてみせた。


「じゃあ君ら達者でな? もしまた会えたら会おうぜ」


 また会えたら会おうって……これから練炭で自殺しに行く人の台詞とは思えない。

 この人本当に死ぬ気あるんだろうか。


 そんな風に思っているうちに、ナハラさんは手を振りながら立ち去っていった。

 最後まで……掴めない人だったな。


「……これで抜けられたのよね、私たち」

「だと……思いますけどね」

 

 僕らは生きると決めて、帰ることを選択した。もちろん、こうして死ぬことをやめたからといって、僕らの抱えている事情が解決したわけじゃない。


 それでも……尻尾を巻いて面倒事から逃げる負け犬ではなくなった。

 僕らは生きて、各々の事情と向き合うんだ。


「じゃあ霧島くん……これから帰るための足を探さないといけないわね」

「ですね」


 まだ、日常に帰還出来たわけじゃない。

 家に帰るまでは何も安心出来ない。


「でもサービスエリアから抜ける方法って、何があるのかしら……」

「現実的なのは……相乗りさせてもらうこと、ですかね」


 それ以外だと、一般道に降りて最寄りの駅に徒歩で移動して電車で帰る、とか……? でもここから最寄りの駅ってどんだけ歩くんだって話だし、やっぱり現実的なのは相乗りだ。


 ――ぐぎゅう~。

 

 そう考えていた僕の胃袋が、いきなり鳴り出したことに気付く。

 まぁ、腹が減っているしな……朝なんも食わずに出てきたし。


「ふふ……霧島くん、今お腹鳴ったでしょう?」


 隣では、お腹の音が聞こえたらしい会長がおかしそうに笑っていた。

 何気に、今日の会長がしっかりと笑ってくれたのはこれが初めてだ。

 明るい会長が戻ってきてくれて、僕は嬉しくなった。


「緊張感なくてすいません。なんかお腹が空いたみたいで」

「まぁちょうどお昼だしね、しょうがないわよ。かく言う私もお腹が空いているし」

「じゃあ……足探しの前になんか食べます?」

「そうしましょうか。霧島くん、お金は持ってる?」

「持ってます。会長は大丈夫ですか?」

「ええ、お昼代くらいは平気」


 とのことで――僕らはひとまず、自殺オフ脱出記念に腹ごしらえをすることになった。


   ※


 ナハラさんたちと出会ったら気まずい。

 そんな考えから、僕らは彼らとの鉢合わせに気を付けてフードコートに足を運んだ。


 日曜のお昼だけあってメチャクチャ混んでいた。

 それでもなんとか席を確保し、ランチも確保。


 僕はカツ丼。

 会長はチャーシュー麺。


 長い黒髪を耳に掛けながら麺をすする会長がとても色っぽくて、僕はカツ丼そっちのけで会長の様子ばかり眺めていた。会長は箸の持ち方が綺麗で、咀嚼音も静か。そういう意味で不快感もなくて、本当に絵になる人だなと思う。


 やがて腹を満たした僕らは、ナハラさんのレンタカーが駐車場から消えていることを確認し、本当に自殺オフ会から抜けられたんだなと実感。


 それから、本格的に足探しを開始した。

 駐車場で気の良さそうな人たちを見つけては声を掛けて、都内まで乗せていってもらえませんかと交渉する。

 しかし……当然ながら上手く行くもんじゃない。


 行き先がまったく違ったり、

「ダメダメ」とにべもなく断られたり、

 そもそも相手にしてもらえなかったり、

 人間不信になりそうなくらい、交渉は上手く行かなかった。


「当然よね……私だってワケのありそうな若い男女に乗せてくれって頼まれたら、不審に思って断ると思うし」

「……ですよね」


 相手の立場と気持ちが分かるからこそ、別に腹が立ったりはしなかった。

 でもこのままじゃ帰れない。


 その後も根気良く声を掛け続けたものの、芳しい成果は得られなかった。


 気付けば日が暮れて、夜を迎えている。

 午後9時。

 駐車場に停まる車の数も減ってきて、いよいよ今日は帰れるかどうか怪しくなってきた。


「ここはハイウェイホテルがあるわけでもないし……困ったわね」


 僕らはがらんとし始めているフードコートの一角に座り、途方に暮れ始めていた。


「こうなったらもう……警察とかに相談してみます?」

「それは、どうなのかしら……面倒なことになりそう」

「……ですよね」


 でもこのまま帰れないとなれば、明日は学校にも行けなくなるだろう。まぁ……それは休む連絡を入れれば問題ないか。


 そう考えていると、柚季から『いま何してる?』というお気楽なLINEが届いたことに気付く。それを見て苛立つ。お前の浮気のせいで色々面倒なことになってんだよ、と怒鳴りつけてやりたい気分に駆られる。


「カノジョから?」


 僕の表情を見て察したんだろうか、会長が見事に連絡相手を言い当てていた。


「そうです」

「なんて?」

「今何してるか、って聞いてきました」

「のんきでいいわね……霧島くんを傷付けておいて」


 会長は忌々しそうに吐き捨てていた。……僕のために怒ってくれているんだろうか。


「ねえ……そういえばそのカノジョって誰なの? 学校の誰か?」

「あ、はい……同級生の、クラスは違うんですけど、大崎柚季っていう……」

「……ひょっとして水泳部の?」

「知ってるんですか?」


 柚季は確かに水泳部だ。


「結構、水泳部での成績が優秀でしょう? 部活動予算の割り振りに際して、各部の学校への貢献度とかを見ているから、その手の優秀な人は自然と覚えてしまうのよね」


 ……なるほど。


「ま、優秀なアスリートなんて割とクズが多いものね。野球選手の一部なんてどれだけ下劣に遊んでいるのって話だし、大崎さんもそういう人種ってことかしら」


 腹立たしそうに呟いて、会長は僕の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「無視してしまっていいと思うわ、そんな連絡」

「言われなくとも……そうするつもりです」


 僕は自殺をやめた以上、柚季には別の方法で仕返しをしたいと考えている。

 まずは連絡を無視するところから始めてみよう。


「まぁでも、柚季のことなんかより……ホントに足はどうするべきなんですかね……」


 今日は駐車場の片隅で寝るしかないんだろうか。

 まぁもうじき6月で、この時間でも外はあったかい。

 野宿出来ないことはないだろう。


 そんな風に考えながら、それでも野宿をなるべく回避するために足掻こうと思った。

 引き続き根気よく、周囲の人たちに声を掛けてみようと考えて立ち上がる。


 そんな折――


「――ははーん、やっぱり2人とも、途方に暮れていたかい?」


 不意に、聞き覚えのある声が耳に届いて驚く。


「そりゃそうさ。見知らぬガキ2人を乗せてってくれる優しい人なんて、そうそう居るもんじゃない」


 ハッとして振り返る。

 するとフードコートの出入り口から、一度見たら忘れようのないドレッドヘアの青年が歩み寄ってきていた。

 それは何を隠そう――


「な、ナハラさん……?」

「やあお昼ぶり。困っているなら都内まで乗せてこうか?」


 死にに行ったはずの自殺オフ主催者が、僕らを捉えて笑っていた。

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