第23話 ワールドエリアボス6

「来たぞ! 全員戦闘配置!!」


 誰が叫んだかはわからないが、一瞬の間に空気が変わる。


 波間に黒っぽい姿が見えた。


「え……び? ほんとに海老なんだな」

 長いヒゲが見え、徐々に姿があらわになっていた。

 しかし、でかい。前から見るだけで立っている人の倍、三メートルぐらいはあるだろうか。


「あれ? ねぇ、アズ、エビって黒いの?」

「ケイ、よく見る海老が赤いのは茹でた後だ。元から赤いのも居ないわけじゃないけどな。そもそも、あれが海老かどうかはわからないんじゃないか? エリアボスだし」


「ん、ん? 鑑定が弾かれた」

「え、そんな事あるん……、本当ですね。未討伐のモンスターだと情報がないことはありますけど、弾かれるのってありですか?」


 眠茶ミンティーさんとエフィがエリアボスの鑑定を試みるも表示できないようだ。

 検証クランの阿鼻叫喚も聞こえてきた。


―― 「見えない! 見えないぞーーー」

   「鑑定阻害?! あの薄い膜っぽいのが怪しい」

   「誰か、誰か近くまで行って調べてこいよ!」


「あー、確かになんだか薄い膜っぽいのが見えるね。あれが物理防御も上げてるのかな? 三月みつき、ちょっと削ってみない? って三月は?!」


「ん、あっち」


 浜辺をエリアボスに向けて一直線に突進していく兎獣人の姿が見えた。


「ふふっ、『狂化バーサク』、『脚力レッグ狂化バーサク』、『腕力アーム狂化バーサク』、『 武器アームズ狂化バーサク』!!」


 大剣を引き抜いた兎兎さんの周囲が揺らめいて見える。


「やばっ! 全員下がれーーー!」

 店長が声を張り上げる。


「おお、もしかして兎兎さんの武技が見れる?」

 ケイが呑気な声を上げているが、あれは絶対やばい技だ。その証拠に店長が叫ぶ前に前線で攻撃を掛けていたプレイヤー達があっという間に退避してきている。


「ん、あれは兎兎姉の全力攻撃の前準備。ケイは頑張って耐えて」

 そう言って眠茶さんもケイの背後にまわる。


「え、そんなに?……」

 ケイは顔を強張らせて大盾を構え直した。


「いっくよーーーーー!!」


 エリアボスの数メートル手前で踏みっきた兎兎さんが空高く跳ぶ。


「『武技・百花狂乱ひゃっかきょうらん』!!」


 振りかぶった身長程はある大剣がぶれて見えた。


 エリアボスの上に位置取った兎兎さんが落下速度を加えて大剣を振り下ろした。


―― ズガガガガッッッ!


 エリアボスの頭に大剣が叩きつけられ、可視化した無数の斬撃がエリアボスのみならず周囲に着弾した。


 爆散する砂浜に沈むエリアボスの姿が辛うじて見えた。

 衝撃の余波で大量の砂が舞い上がり、石や流木を巻き込んでこちらへも飛んでくる。


亀甲盾テストゥド!」

 大盾を掲げたケイが叫ぶ。


 衝撃が届く寸前で六角形の亀甲模様の光の壁が展開された。


「おぉ……、ケイ、助かった」

 展開された障壁のお陰でケイの後ろ一帯への被害はなさそうだ。


 周りを見渡すと一部吹き飛ばされたメンバーもいるがほとんどはタンク役の背後に陣取って影響がなさそうだ。

 流石はトッププレイヤーの集まる攻略クランの面々である。


「うっぁー、ダメージ全く通ってないんじゃない?」

 砂塵が収まりつつ中から兎兎さんが戻ってきた。


「で、三月、殴った感じはどうだった?」


「殴る? 兎兎さんのあれは大剣ですよね?」

「ん、そもそも大剣は切るというより鈍器に近い。兎兎姉のあのサイズと腕力で扱うと打撃ダメージの方が大きい」


「あれは物理耐性というよりは物理無効かな。分厚いタイヤとかのゴムを殴ったような感じだった。これはアズくんに期待だね」


「追撃も全く効いていないみたいだ。周辺にギミックもなさそうだな」

 砂塵の晴れた海岸では『ころっせお』のメンバー達が追撃を加えていた。また、剣や槍、弓等、複数の武器をとっかえひっかえしながら攻撃を加えているパーティも見える。

 店長はチャットで各パーティと連絡を取っているようだ。


「やはり武器の種類やスキルによらずダメージは皆無っぽい。ぼちぼちアズ君の魔法を試すことにするか……」


―― Gyiliiii!!


「何だ?!」

 突然の叫び声とも擦過音とも判断出来ないような不快音に盾を構えたケイが前に出る。


―― Pigyiliiii!!


 叫び声を上げていたエリアボスの足元には幾つもの魔法陣が展開されていた。


「しまった、早くも眷属召喚か。アズ君、なるべくボス近くまで行って魔法を使ってくれ。三月みつき眠茶ミンティー、アズ君に子海老を近寄らせないように」


「え、あれって魔法攻撃じゃなくって眷属召喚なんですか?」


 驚いている間に魔法陣が光りだし、中からゆっくりとヒゲが生えてきた。


「うっわー、小海老とは言え大きいし、これだけ数が多いとちょっと気持ち悪いかも」

 若干眉間にシワを寄せながらエフィが放った矢はやはり小海老にも刺さらずにポヨンと跳ね返されて落ちた。


「元々の報告によると眷属召喚は時間的にもっと後ということだったんだが、時間条件以外にダメージ条件もあったんだろうな。ともかく、魔法が届く距離まで近づこう」

 そう言って店長さんが手を振ると目の前の小海老が次々と手品ように弾き飛ばされていく。


「おー、アズ見たか?! 『帽子屋』の『操糸』だよ。いやー、生で見れるとは思わなかったぜ」


「いや、店長が手を振ったら小海老が飛んだだけのようにしか見えなかったが、『操糸』ってことは糸を使ったのか……」

 手品で見えないぐらいの糸を使うことがあるが、店長は手品師に向いているかもしれない。


「ふむ、やっぱり僕の糸でも切ることは出来ないみたいだね。それではアズ君の魔法が効くかどうか確認してみようか」


 にっこりと微笑む店長だが、やはり情報クランのクランマスターらしくどうなるか興味津々であるのを隠せていない。

 そして、検証クランのメンバーもじりじりと周囲に集まってきていた。


「えーと、それでは一応魔法が効くか試してみますね。ですが、対して効果がない可能性もあるのでその点はご了承ください……」


 じりじりとエリアボスに近づいたところで両手を前に出し、スキルを発動する。


「『言霊ことだま』、『 大言壮語たいげんそうご』、『ᚨᛋᛨᛒᛣᛓᛓ揚げ足を取る』!!」




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