パワー除霊師・レイコ

夏伐

陰気同士は引き寄せ合う!!

「この部屋に、霊がいる、と……」


 うす暗くジメジメしたアパートの一室。

 フワちゃんレベル10、というあだ名でもついていそうな髪型のレインボーのメッシュが入った女子高生が神妙な顔をしてその部屋の玄関で立ち尽くしていた。

 彼女のスクールバックには流行りのでかかわのキーホルダーがぶら下がっている。


 湿った空気には、ほんのりと『他人の家の臭い』が染みついている。


 彼女は靴の上からレジ袋を履いた。カラフルなヘアゴムでレジ袋の口を閉じた。

 おどおどした様子のアパートの住民は、しけた顔をしたひょろりとした不健康そうなサラリーマンだ。


「今日休みなんですよね」

「はぁ」

「なんでスーツなんですか?」


 ぶしつけな、依頼とは関係のない質問に男は戸惑う。


「レイコ先生だって制服じゃないですか」

「学生の戦闘服は制服でしょう?」


 レイコと呼ばれた女子高生は、関東一帯を担当している除霊師だった。

 SNSで『パーティーすると陰キャな霊は消える』とツイートして有名になった女子高生である。


 男の名前は佐々木勝。

 単身赴任のため一時的な住まいとして、とにかく安いアパートを探していた。そしてたどり着いたのがこの陰気なアパートだ。

 荷物は少ない。ガランとした部屋から受ける印象とは違う、ものものしい空気の重さがレイコには気になった。


「私は出来ることしかできませんし、除霊にかかる費用はそっち持ちですよ。で、どんな霊が出るんです?」

「見えないんですか?」

「まぁ霊感とかないんで」


 唖然とする勝の姿に、レイコは大げさに肩をすくめた。


「結果的に除霊できたとかで有名になっただけですから」


 逆に信用できそうな言葉に、勝はポツリポツリと話出した。


 眠ろうとウトウトし始めるとどこからか不気味な影が出てくる。体が強張り眠ることができない。ありふれた怪談話だ。

 家にいるのが嫌になり、ネットカフェに泊まり続けていたという。

 着替えをとりに来るのも億劫でいつもスーツを着ている。


 勝はくたびれたスーツを着ている理由も、言い訳がましく付け足した。


「依頼料は?」


 ジロリとレイコに睨まれた勝はよれよれになった郵便局の封筒を差し出した。

 中には虎の子の10万円が入っている。


 レイコは一時除霊金として前払いで10万円を要求する。

 その費用内で除霊できればそれでヨシ、できなければ追加していく。それが彼女の除霊スタイルだ。


 嬉しそうに封筒を受け取ったレイコは、すぐさま中の諭吉の数を数え「はい、確かに」と言うとスクールバックにしまい込んだ。


「じゃあ今日は一日、家に帰らないでくださいね」


 レイコはスクールバックから除霊道具である『湿度計』を取り出した。

 アパートの間取りを説明してもらい、廊下、トイレ、風呂、部屋でそれぞれ湿度を測っていく。


 80%を超える高湿度!


 またネットカフェに泊まらないといけないというのに、勝の顔は心なしか晴れやかだ。

 レイコはアパートの鍵を受け取り、勝が駅前に向かうのを見届け親にラインを送信した。家族間で伝わる暗号、何かを運んでいるゲームキャラのスタンプだ。


 その後に10×2という数字も送る。


「ふっ、ぼろい商売」


 レイコは土足でずかずかと部屋を観察する。

 畳の上にポツンとテレビがあった。リモコンを探して、テレビの電源を付けた。そのままついでに窓を開け、換気扇をフル稼働させる。


 ――ピンポーン


「はいはーい!」


 レイコは待ってましたとばかりに玄関に向かった。

 大きな箱を二つ、折り畳みキャリーに載せた両親がいた。レイコはニコニコしている両親を部屋に招き入れた。


「いやー、確かにジメジメしてるなぁ!!」

「本当に幽霊が出るのかしら?」


 うふふ、と楽しそうにする両親と一緒にレイコは笑った。


「霊感ないから分かんない!」


 ☆


 翌日、勝がアパートに向かうと、陰気なアパートの雰囲気はそのままに部屋の空気はカラリと軽くなっていた。

 玄関から入ってすぐに、感動のあまり勝は部屋を見回した。


 同じ部屋とは思えないくらい空気が軽くなっていた!!


「空気が、軽い、です……」

「対処する前の湿度が80%越え、今は30%です」


 当然のことのようにレイコは言い放ち、ルーズリーフに湿度をまとめたものを勝に提出した。

 シャープペンシルで書かれたそれは、学生時代を思わせる、とても除霊に関係するとは思えなかった。


「一体、この部屋には何がいたんですか?」

「さぁ、分かりません」


 部屋を見回した勝は、見慣れない白い機械があることに気が付いた。


「あれは……?」

「除湿器です」


「除湿……?」


 言葉を失ったサラリーマンに、レイコはペラっとした紙を差し出した。


「除霊代の領収書、今回は前金だけでいいですよ」


 領収書にはきちんと除湿器2台のメーカー名と機種が記載されていた。10Lの除湿器が2台で9万8千円。


「お釣りは運送費用ってことでもらっときます、あざます」

「は、はぁ……」


「あとこれおまけです」


 レイコは勝に新品の『リセッシュ』を差し出した。森林の香りである。


「これでも幽霊でたらガチかもしれないんで、連絡ください」


 ラインの友達登録画面のQRコードが入った名刺を差し出された勝は、呆気にとられたまま出て行くレイコを見送った。


 後日、勝はレイコに連絡した。

 QRコードから登録したアカウントは『みたらし電気』。


 『まだ幽霊が出る』とメッセージを送ると、電話番号と営業時間と思われる『9時~17時』というメッセージがポンと送られてきた。

 時間は大丈夫そうだ。


 勝がわらにもすがる思いで電話をかけると、つながった先は寺だった。

 住職は勝の相談に親身にのってくれた。


『今度、お経を唱えにいきましょう』


 数日後、時間をすり合わせ、アパートに住職がやってきてくれた。

 レイコとは違い、住職は金を請求することはなかった。見えない勝に、幽霊の状況なんかを説明してくれた。


「あの、お金は……気持ちだけでも」


 なけなしの貯金は除湿器になってしまった。急いで財布から5千円を取り出した勝に、住職は首を横に振った。


「レイコちゃんちはうちの檀家ですから……、みたらし電気さんからは、結構な寄付をいただいていますからね。アフターフォロー代と聞いています」


 遠い目をして住職は語る。


「何事も気の持ちようです。湿度が高いとカビの問題もありますからね、除湿もきちんとしてあげてください」


 住職が帰ってから、勝はぼんやりとテレビを見ていた。

 机にはレイコの置いていったリセッシュ。住職の言葉を思い出し、なんとなく影が出てくる付近を消臭した。


 除湿してもらってからは確かに、影の『圧』のようなものは減った気がする。


「リセッシュ除霊もネットで話題になったやつだったな。ファブリーズだったっけ?」


 なんだかくだらない。

 お経も唱えてもらって、これでダメだったらもう引っ越そう。見えないものにこれ以上お金をかけていられない。


 眠りについた勝はその日、うっすらとした影が除湿器に吸い込まれていく夢を見た。


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2024版 特技・除霊()な女子高生のイラストです - カクヨム https://kakuyomu.jp/users/brs83875an/news/16817330669302426992

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