第9話 接客は将来を見据えて

 朝食を終えて、開店準備を始める。魔法諸店の構造は出入り口から順にお店・居住スペース・裏手には庭があり、ちょっとした野菜や素材となるものを育てている畑がある。


 畑の手入れ、雑草取りや必要があれば水やりをする。特に今のような夏は朝にしっかりと水をあげないとすぐに暑さで萎れてしまうし、昼間に水をあげようものなら葉焼けを起こしてしまう。また、夏場は小さな虫が付きやすいので要注意だ。


 葉の裏を覗き虫がついていないことを確認すると一人頷く。


 次にスケジュールの確認をして素材や食材の確認を行う。つい最近、上位冒険者からの依頼をまとめて行ったため数日はない。昨夜できなかった素材の確認を行い足りなくなった食材を控える。


 作製から販売までを一人で行うロルカにとって長時間店を不在にするという事は難しいし、売上にも直結する。なので普段は極力店にいるようにしている。なぜなら上位冒険者からの納品依頼もあるが、飛び込みの冒険者も少なくない。


 また、店を開けることによって近所とのコミュニケーションも図れることが出来る。大抵は近所のちょっとしたうわさ話や恋の話なんてものがほとんどであるが、常連冒険者の噂話は馬鹿にはできない情報源になる。

 昨日のトラブルなんてなかったかのように黙々と開店準備を続ける。


 日を跨げば引きずらない、ロルカは一晩経つとあまり考えなくなるタイプの人間だ。


「おはようございまーす」


 そうこうしている内にレンブラント商会のザイが来た。


「おはようございます。今日はこれをお願いします」

「わかりました、明日の朝には届けますね」


 ザイが来るのは三日に一度の頻度で、発注と配達にくる。商会は素材だけではなく食材も取り扱っているためロルカとしては買い物に出る必要もなく非常に助かっている。そのせいで出不精になっており食べ過ぎには非常に気を付けている。


「新しく出来たらカフェがあるんすけど、よかったら今度一緒にいきませんか?」

「結構です。注文宜しくお願いします」

「ま、まいどあり」


 相変わらず軽い男だなと内心毒づき、改めて昨日の赤字を計上する。


「有耶無耶になったけど、雷の上級二枚分で素材費が大金貨五十八枚が……一枚分は丸々赤字。それにあそこまで壊しちゃったし、修繕費くらいは言ってくるかな」


 そう考えると今更買い取りの話はないだろう。無事に帰れたのだ、今更藪を突くようなことはしたくない。


「はぁ」


 非常に痛い金額である。どこぞの冒険者が残った一枚を買ってくれるのを祈るばかりだ。


 出入口のドアノブに『営業中』の札をかけ、作業スペースに腰かける。作業スペースといっても店番兼用であり出入口がぎりぎり見えないような配置になっている。店内には様々な植物や魔物の素材が吊るしてあり、瓶詰にされている物もある。透明な瓶には鉱石など様々な物が詰められており、いかにも怪しい店といった雰囲気をしている。椅子からは直接出入り口が見えないため、身体をずらしてようやく見える。いつもより早く起きたため開店準備も早く終わった。空いた時間で趣味の魔道具作製に精を出そうかなと考えていると来店の鐘が鳴る。


 ロルカは体を少し傾け覗くように来店者をみる。


 その出で立ちは若く軽装の男女であり、ロルカよりも歳下に見える。男の方は真っ赤な髪色でいかにも活発そうな雰囲気をしており、腰にはショートソードを差している。女の方はローブだけであり、大事そうに短杖を両手で持っている。水色の髪をしており垂れ眼でおとなしそうな雰囲気のかわいらしい印象を受ける。


 ロルカから見てもわかりやすい程に、いかにも駆け出し冒険者といった様子であり、今まで見たことない新規の客だ。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


 決して愛想がいいロルカではないが、接客は当然行う。必要そうなものを聞き出し客が望むものを提供するのは当たり前だ。


「リリカ、いえ魔法使いの彼女は……いや違うな。俺たち冒険者になったばかりで、魔力が少ないから予備にスクロールをと思って」


 はっきりしない様子であるが要は魔力がなくなった時用にスクロールを購入したいといったところだろう。冒険者になりたてでスクロールを求めるとは慎重派であり大変珍しい。

 大抵冒険者になり始めは夢みがちなであり、一度痛い目を見てから慎重という言葉を覚えるのが通例になっているくらいだ。


「予算はいくらで考えていますか?」

「銀貨三枚で買える程のもの」


 王都では銅貨七枚あれば一食分となる。銅貨五十枚で銀貨一枚となり、駆け出し冒険者と考えるとかなり奮発していると思われる。しかし、冒険者視点だと保険に銀貨三枚とはなんとも心許ないことになる。実際のところ銀貨三枚程度の切り札はない。


「本来であれば銀貨三枚では買えるものではないですが駆け出しのようですし。これをお勧めしましょう」

「はいぃ、ごめん、なさい」

「これは?」


 少女は申し訳なさそうに肯定し少年はロルカが差し出したものに興味津々といった様子だ。


「氷の中級スクロールです。拡散の効果が書かれていますの一度に多くの敵を攻撃できます。氷属性なので森の中でも使えますし、凍り付いても時間が経てば建物などの建築物に影響はでないでしょう。対モンスター用ですので仲間を巻き込む心配もありません。」

「おおー」

「それって……高いんじゃない、ですか?」


 もちろん金貨何枚も必要なくらい高くて有用なスクロールだ。駆け出しが買えるような品物ではない。

 だがロルカは人差し指を立てた状態でで前に出し、秘密ですと言うような感じで話を続ける。


「これは先行投資です。駆け出しでこういった奥の手を用意するくらい慎重なあなた方でしたら今のうちに恩を売っておくのも悪くないかと」

「投資ですか?」


 慎重さを持つ冒険者というのは貴重だ。冒険に臆病であればそれなりの準備をして何事にも取り組むだろうし、無謀な冒険者だと待つのは死だけだ。それに魔道具に関して必要性を感じない冒険者も多い。こうやって来てくれる冒険者は大事にしなさいと師も言っていた。

 それに、生きて長く通ってくれる事になってくれた方が店の利益にも繋がる。


「ええ、そうです。慎重派の二人には生きて長く贔屓してもらったほうがこちらも嬉しいですし、将来あなた達が大成しても私の店に来てくれるなら安いもんですよ」

「ちなみに、本当はいくらするんですか?」


 少女の問いにロルカは笑顔で答える。


「内緒です」

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