第7話 変わった人

 放出の図を書き、それぞれ図の間に魔力が流れやすいように菱形を書く。最後に定着の図を書きサインを記す。台紙、芯材をそれぞれ貼り付け巻いて完成。


 実際ロルカはこれ以上の物も書くことはできるが、まず必要な場面はないだろうと思っている。必要な場面があるとしたらそれこそ王国の危機くらいだろう。超級とはそれくらい馬鹿げた威力を誇る。


 書き終えて片付けも済ませ手持ち無沙汰になったロルカは換気をすべく窓を開ける。すがすがしい風が通り抜け髪を揺らす。師からのもらい物であるこのローブは常に周囲は快適な温度になるようになっているが匂いばかりはどうしようもない。といっても体を動かせば暑くなるので内部からの熱にも対応していない。


「お待たせしました」


 窓を開け呆けていると試験官の男が戻ってきた。急いだのであろう男の額には大粒の汗が見える。


「王宮魔導士の方が受けてくださるとのことで話が付きました。よろしいでしょうか? 」

「そんなかたがわざわざ……はい、大丈夫です」



 王宮魔導士といえば魔法使いの中のエリート中のエリートである。大魔法より上位の魔法が使える事が前提であり、一人で魔物の群れを殲滅できる実力がある。身一つでそんな事が出来るなんてロルカにとっては化け物のような者だ。魔力のないロルカが千人束になっても足元にも及ばない。

 上級スクロールを受けるということは攻撃魔法だけではなく防御魔法にもきっと精通しているのだろう。スクロールは知らない人からすると万能のように見えるが実際は魔法使いの方が万能である。なぜならスクロールで再現できない魔法の方が圧倒的に多く存在するからだ。


「まぁいずれ全部出来るように目指しますけどね」

「何かいいました? 」

「いえいえ、なにも」



 歩兵訓練場へ戻るとど真ん中に全身黒ずくめの男が仁王立ちしていた。黒い帽子に片目には黒い眼帯、黒いローブを身に纏い人の背丈ほどの杖を背負っている。


「お待たせしました、シリウス様。こちらが受験者である魔法諸店さんです」

「魔法諸店のロ・ル・カと言います、よろしくお願いします」


 さっきからこの男名前で呼ばないなと思ったら店の名前しか知らないのか、失礼な奴だなとロルカは内心怒る。わざと名前を区切り王宮魔導士に挨拶をする。シリウスといえば三人しかいない王宮魔導士の一人で、たしか……。


「私が相手をしてあげるのだ、せいぜい面白いものを見せてくれ。まぁ私の氷魔法には敵わないだろうけど」


 ふっと鼻で笑い片手を眼帯に当て人を小ばかにしたような、はたまたナルシストのような仕草を見せる。

 変り者との噂は聞いていたが、噂通り変わった人のようだ。そういう感じなんだとロルカはあきれた顔を見せる。まぁいいかと気を引き締め切り替える。市民にも名前は知れ渡っている程の有名人で、氷魔法が得意で氷結の魔導士の名で呼ばれている。氷属性は風と水の複属性で数少ない複属性が使える魔法使いだ。


「魔法諸店のロルカさん? どのくらい人と離れていたほうがいいですか? 」


 人の名前を疑問形で呼ぶんじゃないと試験官の男をにらむも、さっさと済ませるかと眉間をもみほぐす。


「王宮魔導士様は的の方へ、周囲は30mほど近寄らず、後方の塀の上も人がいないほうがいいです。予め広範囲に防御魔法を展開しておく事をおすすめします」


 ロルカ的には淡々と事実を述べただけなのにそこに待ったをかける人物がいた。


「私の魔法では防げないというのかね? 」


 シリウスである。ロルカは呆れたような目線をむけるもシリウスは気にしなさそうに述べる。何故か眼帯に手を添えながら。


「いずれ王宮魔導士筆頭となるハズのこの私に不可能なんてない。ましてたかがスクロールだろう? 魔法の劣化品・魔法が使えないやつらの模倣品。そんなもの私に防げないはずがない」


 なおも眼帯に手を当てながら続ける。


「戦闘においては相手の攻撃を見て瞬時に判断して防ぐのが美学」

「ここでそんな危険を負う必要はないと思うけど」


 確かに魔法と違って精細なコントロールというのは難しい。スクロールからの魔法は全て陣で調節されており、細かいコントロールをしようとするとおびただしい数の陣が必要になる。発動してから調節なんてできようもない。


「王宮魔導士の凄さは十分にわかっています。確かにシリウス様には怪我一つ負わせることはできないでしょうが周囲の方も同じようには……」

「大丈夫さ。キミは私の凄さがわかっていないっ! 」


 謙って進言しようも被せ気味に答えてきたことに苛立ちを覚えるも一息つき落ち着かせる。

 上級のじゃなくて超級のやつを渡してしまおうか、そんな考えがよぎるも周囲の被害を考え頭を振る。


「そうですかわかりました。試験官さん私は止めましたので……」

「くどい。その小娘は私が信用できないといっているのかな? 」


 ロルカは無言でスクロールを渡す。見る人が見るとわかるくらいに額には血管が浮き出ていた。店で接客もしているロルカは、あまり表面に内心が出ないように気をつけてはいるが、接客をしていく中で嫌いになったのは人の話を聞かない人。年若い・女・子供に見られ侮ってくる人が多く話をよく遮られたもんだ。常連なら説明くらい聞かなくてもいいが、初見でそれは許せない。


 片腕を組み、眉間をもみほぐす。

 強いから我が強いのか、我が強いから強くなったのか。とにかく王宮魔導士は癖が強いというのは民衆の共通認識だった。それがあそこまで酷いとは。


「これより、魔法諸店上級雷属性のスクロールを使用する」


 周囲を見渡すとロルカが懸念していた通りにはならず、的の後方に位置する塀の上には人の姿は見えなかった。シリウスが壊された的の前に一人佇むだけで近くに誰もいない状況をみて一先ず大惨事は避けられそうだと胸を撫でおろす。


「さぁ、かかってきたまえ」


 なんだかとても鼻につく人だなと嫌悪感丸出しの目線でシリウスをみた。その周りには薄く水色の膜が張られており氷の防御魔法なのだとわかる。それを周囲に広げるだけでいいのに。


「その先に出しているやつはいいの?」


 ロルカにはシリウスの言動が理解できなかった。


 スクロールを作製するに当たり一通りのスクロールをロルカ使った事があった。過去、師に連れ出され何もない土地で超級まで使用した。単属性超級と複属性上級は同じくらいの効力があり、甚大な影響がでたのだった。その光景が今でも思い出せるくらい衝撃的な威力だった。


 シリウスの使う魔法は確かにきれいだけど使う本人が残念で可哀想とどこから目線かわからない感想を抱く。それはそうと目を保護するために黒いレンズの眼鏡を鞄から取り出しておく。


「では、発動します! 」


 いつの間にか来ていた魔法使いのような格好をした男がスクロールに魔力を込めていく。スクロールから少し離れたところに魔法陣が現れたかと思うと目も開けられないほどの眩さが周囲を襲う。


 瞬間、雷鳴がとどろき地響きが足元へつたう。耳をつんざくような轟音に皆一様に耳をふさいだ。

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