第6話 憶測と悪あがき

 中級となると必要となる魔力も相応となる、上級となればもっとだ。必要となる素材の数も増えてくるし、自前の魔力では当然のように足りないことが多いので上級魔石が必要になってくる。日常生活に欠かすことのできないエネルギー源でもある魔石は中級魔石でも高価な品となる。

 つまり何が言いたいかというと上級スクロールはとても高価なものになる。


 魔力無しの属性スクロールを使用する場合、魔石を使う方法と自前の魔力を使用する二通りの使い方がある。

 前者の場合、魔力無しや魔力が少ない人でも使うことが可能。後者は魔法を発動するのと変わらないほどの魔力を消費するため魔法使いになれるほどの魔力が必要となる。


 ただ、魔法使いはその人それぞれ得意な属性が異なる。自分が使えない属性のスクロールを用いることで手数を増やすことが可能だ。上級以上の冒険者になるとこういった柔軟な考え方の人が増えてくる。魔法使いの中には単一の属性ではなく二属性以上の魔法を使える人がほんの一握り存在する。そんな選ばれた存在のような複属性をスクロールであればどんな人でも使うようにすることができるのが利点でもある。


『魔力無し 上級 雷属性』


 使えるようになるといっても作製には時間と労力、知識と素材が必要であるし、素材を集めるにはお金が必要となる。それが複属性だ。上級と一括りに言っても複属性は労力と技量は上級の倍ほどかかる。

 どうやらここらで落としたいし、かといって魔力無しのスクロール作成方法も知りたくて仕方のないといった感じだろうか。


「はぁ」


 半ば呆れ素材を見に行く。上級ともなれば一応広範囲攻撃であり、単一属性に比べ複合属性は殲滅力が高くなる。間違っても人に使っていいものではないし、簡単に使えるものでもない。大金貨何十枚もの価値があり、複属性であればさらに上を行く。慣れていない人が作製しようとしても簡単に模倣できるものでもない。最も重要なのは属性値を同等にすることだ。属性値が偏ると劣化した単一属性スクロールの出来上がりとなる。


 ただ単に属性値を同等にするといっても素材の属性値は素材ごとに固定ではなく素材の状態の良し悪しで変わる。植物由来の素材であれば発育良好だと属性値が高く、発育不良だと低くなる。そのため確かな目利きや必要量の把握といった知識や技術、それと培った経験則が大事となる。


 以前は単一でも上級スクロールを作成できれば食うには困らないほど稼ぐことができていたが、図版印刷のせいで価格暴落を起こしてしまった。ただ、複属性に関しては魔法諸店での売り上げは変わりない。


「つまり、複属性をグレスダ屋は作れない? 」


 ここにきて思い当たった考えに備えが足りなかったと気づく。魔力無しだけかと思っていたけど複属性まで作れない可能性があるとは思いもしなかった。かといって相手の思い通りに動くのも癪である。


 作製しようと席についた状態であったが近くにいる試験官へと視線を向ける。


「今回のお題は門外不出の素材などを使うので他の方が見えないところで作製したいのですが……」


 ダメもとでお付きの試験官に提案すると以外にもあっさり許可が下りた。もちろんちゃんと試験官は見ている前提ではあるけど。

 訓練場から連れられ、近くにあった個室へ移る。ほのかに香る汗くさい臭いに何の部屋なんだと眉を顰める。

 そんな中ロルカはまたも考える。まず最悪の状態は試験官はグレスダ屋の仕込みで材料等は筒抜け状態である、陣も控えられている事。これであればどうしようもない。複属性上級スクロールの技術は向こうにばれてしまうという事。


「あの、窓は開けないでください。失敗してしまう可能性がでます」


 部屋が臭いのはわかるが、窓を開けられると風で分量や図を書く時にミスを起こしてしまう可能性が出てしまう。窓を開けようとした試験官に対し開けないようにお願いする。


 この試験官どっちだろうか。仕込みでなければばれる心配はないけど、分からない。


「あ、複属性のスクロールを作製できるのでしたら国が一枚買い上げたいと思います。なので二枚作成していただけると買い上げることができます。大金額六十枚でどうでしょうか? 複属性だと戦術級ですし国の万が一に使えると宰相が言っておりまして」


 その質問に対し先ほどの考えはもっと混乱してしまう。金額は魅力だけど技術を盗まれる可能性もある。


「えーっと」


 そもそも全てが憶測の憶測であるし、ただロルカが邪推しているだけの能性もあり根拠はない。ただ複属性の売り上げが変わらないことはグレスダ屋は作製することができない、もしくは値段を変えていない可能性がある。いや、値段を変えていないとしても魔法諸店の売り上げが変わらないことに対しての裏付けにはならない。どうしたらいいかつうんうん考えているとハッと気づく。


「材料は国持ちでも買い取り金額はそのままですか? 」

「もちろんです。貴重な広域攻撃スクロールですので是が非でもと」

「なるほど? わかりました」


 ロルカの中で結論づける。恐らくこの試験官も黒だと。そのような美味しい話はいかにも怪しさ満点である。上級の二つ分の素材が必要であり、結晶枝も安いもではない。素材だけでも金貨数十枚かかる。「うまい話には裏がある」と師もおっしゃっていた。


「やっぱりそこまでしてもらうと申し訳ないので持ち込みの素材を使わせてもらいます」


 ときっぱりと断りを入れて鞄から素材を取りだす。


「あ、やっぱり結晶枝だけ使ってもいいですか? 」


 少しだけでも節約したい。


 取り出したのは火属性を有するブレイズリザードのしっぽ、火竜石、レッサードラゴンの火炎袋。風属性の人食い鳥の風邪きり羽、吹きさらしの岩、スウォームの皮。岩石以外は全て乾燥させたものだ。しかるべき保存方法をすると属性は損なわれずに保存することができる。保管方法は反対属性の素材同士を近づけない事。それだけで長い期間保存ができる。腐らせない事は最低限なので乾燥工程も慎重に行わなければならない。


 属性が宿っているか宿っていないかの判断方法はロルカが作製時に掛けているメガネで見ることができる。魔力のある人だとなんとなくわかるらしいが魔力無しのロルカのために師が作ってくれたものだ。

 それぞれの光の強さが均等になるように切り分ければ出来るという簡単なものではなく、あくまでも魔力を有しているかどうかだけなので属性値の高さは頭に入れておく必要がある代物だ。


 ざっくばらんに切り分け大体こんなくらいかなとそれぞれ投入しすりつぶしていく。火属性は赤色、風属性は黄緑色のインクになる。それらを混ぜ合わせると、絵具であれば茶色になるが属性の色は完全に均等になると黄色に変わる。それが属性が均等になったという指標となる。


 結晶枝や純真なる水はまだ投与せず潰しながら調節してると茶色から鮮やかな黄色へと変化していく。完全に茶色の部分がなくなるまですりつぶしかき混ぜ、色の変化がない事を確認して結晶枝と純真なる水を足していく。


「よしっ! 」


 間違えることはないが、色が完全に混ざり合うまえに結晶枝や純真なる水を入れると属性が混ざらない状態になってしまう。茶色の状態で入れるといくら属性を追加しても茶色のまま、黄色が茶色がまばらな状態で入れるとそれぞれが混ざらず、まばらな状態のものができてしまう。そうすると属性のスクロールとしては使えない失敗作が出来上がる。


 しっかりと濾しインク瓶へと移し替える。次の工程は陣だ。


 普通の魔法紙より大きく魔力伝導率の高い上級魔法紙を鞄から取り出し、中心に風と火の図を書く。火の図は右に頂点が向くように書き、その頂点が風の図であるψの真ん中左に接するように書く。△の底面二か所・ψの上下の線がそれぞれ接する様に円を書いていく。


 まずは追敵の図を書いていく。必ず対象を選択しておかないと周囲が大惨事となる。冒険者用に販売している物ももれなく書いてあり、仲間と認識しているメンバーには絶対攻撃がいかないようにしている。敵が少数だったり想定より弱い場合は攻撃の余波が周囲に漏れる可能性がある為使うタイミングも重要になる。


 次に消費魔力軽減の図。普段ならオプション機能にしている図だ。四角を書き、そこの中心に向かって太めの矢印を書いていく。後ろ側にはひし形を数個書いておく。イメージとしては魔法紙に向かって大気中の魔力が集まるといったものだ。必要魔力を軽減してくれるため非常に有用である。


 続いて空白の図を書いていく。


 四つ目は衝撃軽減の図。高い出力の物はそれだけ反発力強くなる。魔法使いは魔力でそういうものを消せるらしいがスクロールとなると別だ。なので陣を書く必要がある。上級以上の物には必ず書くようにと師からも口うるさく言われたものだ。四角とその横に小さい丸を書き下に直線を引く。直線と四角を横線でつなぐ。斜め上・斜め下に直線から突き抜けるように波線をかき後方へ矢印を加える。

 人がスクロールを持っている図であり、後方へ抜ける力が弱まる効果がある。


「えーこれって何に向かって使うんですか? 」


 訓練場の的だと簡単に消し炭になる程度の威力はあるし、その後ろの壁も簡単に貫通してしまうだろう。上級の括りとは言え単属性の物とは威力を隔する物だ。威力で言えば上級の上である超級に該当する。


「的に使うは……まずいですか? 」


 ロルカの怪訝そうな表情から訓練場の的だと危ないと察し、試験官の男はしりすぼみに声が小さくなる。


「もうきれいさっぱりなくなりますし、その後にある塀もなくなるとと思っておいたほうがいいかもですね」

「ええーっと、そこまでなんですか。魔法諸店さんが集中して書いている間他の方は上級まで終えたみたいで、特に問題はなさそうなんですが」

「私のは複属性なので!」

「あーそこまで違うんですね。ちょっと相談してきます」


 試験官の男はそのままロルカを一人置いていき部屋を後にする。


「え、えぇー」


 試験中に受験者を一人にしたらいけないだろうに。あきれた気持ちが口からこぼれでる。

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