21g

をりあゆうすけ

第1話 魂の質量

田嶋たじま先生、米倉さんの手術はどう……でしたか?」


 医療事務員の那美なみは、神妙しんみょう面持おももちで休憩室へやって来た。


「ああ、みたけど思った以上に転移が酷くてね……残念だけど何も出来ずに閉じたよ」


 田嶋ボクは、手にした缶コーヒーを飲み干すと自販機横のリサイクルボックスへ入れた。


「そうですか、もう長くはない……って事ですよね?」


 那美は、伏し目がちに尋ねてきた。


「ああ、残念だけど……二週間ってところかな」


 十年以上、医師としてがん患者と向き合っているが、決してこういう時の感情には慣れない。


 医師だって人間だ。



 勤務を終えたボクは、愛車のSUVでがんセンターを後にした。

 周りの医師は皆、似たような高級外車を自慢げに乗り回しているが、ボクはまるで興味が無い。

 ゴルフや酒もやらない。

 ギャンブルなどもってのほか……

 未婚で彼女もいない……

 何にも関心が無い。

 自分で言うのもなんだが、つまらない男だ。


 唯一楽しみといえば、帰り道に寄る小さな喫茶店。

 今流行りのチェーン店ではなく、レトロな雰囲気の素朴そぼくな店だ。

 バロック調の扉を開くと鈴の音が鳴る。


 都会の雑踏ざっとうから逃れられる静寂の時間……

 ボクは、ブラックを飲みながら活字を楽しむ。

 物語りが終盤を迎え、あっという間に読了した。


(帰っても……何も無い)


 辺りを見回すと、店のブックスタンドが目に入る。

 ボクは、その中から週刊誌を手にした。


(どれどれ……)


『岸辺首相、○○国へ40億円支援』

『増税が招く10年後の日本』


(うーん、トップ記事はこればかりだ。まあ当然か……)


 ボクは、トップ記事を流し読みして適当にページをめくった。


(ん?オカルト特集ねぇ、まだこういう記事の方がマシだな……)


『魂の質量』

 1901年D・マクドウェル医師は、魂には重さがあるとして、死に瀕している6名の患者に対し測定器がついたベッドに寝かせて実験を行った。

 すると、患者の死後間も無く、測定器の重さが21g減ったと言うのだ。

 これを、マクドウェル医師は魂の質量と発表。

 医学誌でも取り上げられたが、嘲笑ちょうしょうされるだけだった。

 しかし、現在も一部のオカルトマニアの間では、これが通説となっている。


(へぇー。確かに医師としてはだとか、しかも重さがあるなど……ふっ、くだらない話だ)


 まあ、色々な人間がいて、様々な考えを持つ。

 信じるも信じないも……ってヤツか。



 数週間が過ぎた頃だった……


「田嶋先生!米倉さんの容態が急変しました!」


「分かった!ぐに向かう!」


 駆けつけた時には、既に血圧が低下、心音も弱くボクは心臓マッサージを試みた。

 ご家族も涙ながら米倉さんに呼びかける。


 その時、ふとベッドに付いている体重測定器ヘルスメーターがボクの目に入った。


 48.2kg……


 その時は、何も意識はしていなかった。

 ボクは、とにかく蘇生措置そせいそちを続けた。


 その後、しばらくすると米倉さんは亡くなった。


 ボクは、死亡宣告をす……


 え?


 48.179……kg


 誤差……21g……?!


(そんな……まさか?いや……発汗か?体液漏れか?まあ、測定器の誤差とかそんな程度だろ)


 偶然とは恐ろしい。

 あのくだらない記事を読んだだけなのに……医師であるボクが、一瞬ドキッとさせられた。


 時と場合によってなんて呼ばれる。


 そんなものは無い。

 偶然は、偶然だ。



 そんな偶然も忘れた頃、ボクの患者にまた死期が迫っていた。


 








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