第12話
蝉の鳴き声が消えて、暑さが和らいでいた。今日は、柚香のユニットのボウリングオフ会の日だ。僕は今、待ち合わせ場所にいる。ボウリング施設のある1階のロビー。マネージャーはおろか、他のファンも誰もいない。いつも通り早く来すぎたようだ。建物から出て、適当に歩いて時間を潰す。僕は今日は本気だ。動きやすいようにネイビーのジャンプスーツを着てきた。誰にも負けたくない。特に柚香に負けたくない。別にボウリングが上手いわけではないが、僕はこう見えて意外と負けず嫌いだった。まあ、インストラクターをしているという意地もある。柚香も見かけによらず、バク転ができたり、殺陣もできたり運動神経がいい。いい勝負になると思う。そんな事を考えながら、ロビーに戻ると、マネージャーが来ていた。今日の参加資格はアルバム3枚購入だ。僕はマネージャーからアルバムを購入しようとすると「いいですよ。春人くんはアルバムもういっぱい買ってくれているから」と買わなくていいことにしてくれた。なんて優しい運営なのだ。僕は「ありがとうございます!」と声を張って言った。僕がなんでアルバムをいっぱい買っているのかというと、この前オンラインオフ会なるものがあって、参加方法がアルバム1枚を買って10分ビデオ通話できるというもで、名残惜しくて何度もアルバムを買って延長したからだった。これはこれでとても胸が温まる時間だった。
ボウリングは2チームに別れてのチーム対抗戦になって、僕は柚香と同じチームになった。でも同じチームでも負けない。僕は柚香に「負けないからな!」と言い、柚香も「私こそ負けない!」とお互い負けず嫌いを発揮した。1ゲーム目、僕は120スコア、柚香は110スコアと僅差で勝った。
「くそー! 春人くん上手い」
「アイドルがくそなんて言っちゃ駄目」
柚香はぷんぷんと怒っていたが、てへっと舌を出して笑った。
1ゲーム目が終わり、少し休憩することになった。柚香が喉が渇いたというので、ジュースを買ってあげた。僕は香水のプレゼントを買ってきていたので、柚香に渡した。
「わー! ありがとう!早速付けてみる」そう言って手首に吹きかける。
「いい匂い。春人くんも付ける?」と言って僕の手首にも吹きかけてくれた。
「確かにいい匂いだね」僕もそう言って微笑んだ。
2ゲーム目、今回は中々ストライクが出ない。このままでは柚香に負けてしまう。終盤になってやっとストライクが出た。負けないとか言いつつ、一応同じチームだから柚香とハイタッチをした。その後、ストライクを連発したが、前半が悪すぎた。2ゲーム目は柚香に負けた。柚香は「いえーい!!」
とめちゃくちゃ嬉しそうだ。
3ゲーム目、これで決着する。僕はこれまで以上に本気で挑んだ。
「私、絶対負けないからね!」
「おれだって!」なぜか柚香の前ではおれと言ってしまう僕。
アニメだったら、バチバチ火花が散っているような勢いで僕達はにらみ合った。結果はいい勝負だったが僕の勝ちだった。これで2勝1敗で僕の勝ちが決まった。「もー! 悔しい!」と柚香は地団駄を踏んで本気で悔しがっていた。僕は優越感に浸っていた。
チーム自体も柚香と僕の頑張りもあって勝利した。そして個人成績の上位3人には景品があるという。僕は祈って発表を待つ。上位には入っているはず。うまくいけば1位かもと待っていると、3位が発表された。僕じゃない。そして2位――春人くん! 僕は惜しくも2位だった。景品は3人のサイン色紙。普段、柚香のサインしかもらっていない僕にとってはレアだ。大事にしよう。久しぶりに子供のように熱くなった。「2位おめでとう。今度あったら負けないからね」と柚香はまだ悔しそうだ。本当に負けず嫌いなのだなと僕は思って「こっちこそ!」と力強く言い返し、2人して笑いあった。
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