奴隷お兄ちゃん
辺りが暗くなり、光源でもなければ、歩くのにも一苦労するような時間帯。
そんな時間になっても、リリは戻って来なかった。
「探してくる」
「私も行くわ」
「いや、アリアは待っててくれ。その……アリアを見たら逃げるかもしれないだろ」
犯人が一緒いては、見つけたとしても逃げてしまうかもしれない。
「……そうね。じゃあ、お願いするわ」
「ああ」
「夕飯までには戻ってきなさいね」
「なんだ、久々に手料理でも作ってくれるのか?」
アリアは料理ができる方だが、面倒くさがって、俺に作らせることが多い。
そんなアリアが手料理を作って待っていると言うのだ。俺が思うよりも反省しているのかもしれない。
「あなた何を言っているの?」
「……え?」
「私達は戦闘のプロよ? 体調は常に整えておかないといけないわ。良好な体調は規則正しい生活から生まれる。この程度の事で、夕飯を遅らせるなんて許されないわ」
「あ、そう……」
全く反省していなかった。
アリアの口ぶりだと、今日も俺が夕飯を用意するのは確定しているようだな……。
「ま、まぁ、いってくる。出来るだけ急ぐよ」
「ゆっくりで良いわ。一、二時間遅れる程度なら許容範囲だから」
「お、おう」
俺はアリアを置いて家を飛び出し、リリを探しに出た。
リリが行きそうな場所なんて分からないが、手当たり次第に探し回るしかない。
「うーん……」
俺達が拠点にしている街は、戦線の最前線に近い。
当然、危険も多く、住民の大半は既に避難している。
街の規模に対して、極端に人が少ないので、外を歩いていればそれだけで目立つ。
だというのに、しばらく探し回っても、リリを見つける事は出来なかった。
「まさか……もうこの街にはいないとか無いよな」
さすがにそれは勘弁して欲しいところだ。
もしそうだとしたら、本格的に捜索の範囲を広げなければならないし、リリの身が心配だ。
「仕方ない。一旦戻るか……」
捜索範囲を広げるなら、アリアに報告しておくべきだ。そう考え、家に戻ろうとした時、甲高い悲鳴が聞こえた。
俺はすぐさま悲鳴が聞こえた方へ走った。
そこで俺が目にしたものは……。
「ぐふふふふふふ……」
「や、やめてっ! 私には夫がいるのよ!」
幼女がお姉さんのお尻を撫で回している現場だった。
「女同士だから浮気にならな――痛いっ!?」
「すみません、本当にすみません。きつく言い聞かせておきますので、ここはどうか……」
リリの頭を軽く叩いてから引き離し、服がはだけているお姉さんに何度も頭を下げた。
お姉さんは何も言わずに走って逃げて行く。その姿を見て、淫魔を好きに出歩かせてはいけないなと思った。
「お前なぁ……」
「ふんっ!」
リリは頬を膨らませてそっぽむく。
怒っていますよ。という、わかりやすいアピールを見て、アリアの所業を思い出し、ついため息が出てしまった。
「リリが怒るのは当然だな。だけど、アリアや俺に当たるならともかく、関係ない人に迷惑かけるのは駄目だぞ」
「迷惑じゃないもん! 口では嫌って言ってたけど、あのお姉さん感じていたもん!」
「え? う、うん……それでも……」
「逃げるどころか、ちょっとずつ脱いでたし、リリよりお姉さんの方が乗り気だったもん」
服がはだけてたのは自分でやったのかよ。
「……ま、まぁ、次にあのお姉さんの尻を撫で回してるのを見ても止めたりしないから、今日のところは帰ろうぜ?」
「やっ! もう勇者なんてやらないもん!」
「はぁ……どうしたら許してくれるんだ?」
「何でも言うこと聞いてくれる?」
「何でもは無理だな」
俺がそう言うと、リリはすたすたと俺から離れて行く。
「おい、どこ行くんだよ」
「知らない」
「はぁ……一つだけだ。一つだけなら言う事聞くよ」
「ほんと?」
「ああ」
リリは俺の方へと駆け寄ってきて、上目遣いで見上げてきた。
「じゃあね……リリの言う事は絶対の、奴隷お兄ちゃんになってくれる?」
「やだよ」
「じゃあ、帰らない」
「な、なるべくは言う事聞くから! それでどうだ?」
「うーん、まぁ、それでいいか。あの女に見せつけたいだけだし」
リリは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、俺の手を握った。
「帰ろ? お兄ちゃん」
「お、おう」
リリを説得できたのはよかったが、非常に嫌な予感がするのは気のせいだろうか……気のせいじゃないだろうなぁ……。
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