意地の悪い笑み

 翌朝、リビングに現れたリリは、ぐっすりと眠ったおかげか、幾分か顔色がマシになっていた。


 だが、アリアの言葉を聞いて、すぐに青ざめた表情になってしまった。


「なに? 問題があるのかしら?」


 アリアが言った「勇者として世界を救いなさい」という一言に、リリは顔を真っ青にしているのだ。


「リリは戦ったことなんて無い……よ?」

「そう、誰だって未経験から始まるわ」

「リリは……戦える気がしない……」


 リリの言葉を聞いて、アリアは大きくため息を吐いた。


「やるかやらないかと問うているわけじゃないの。やれ、これは命令よ」

「ええぇぇ……」


 なかなか首を縦に振らないリリに痺れを切らしたのか、アリアはナイフを取り出した。


「お、お兄ちゃん……」


 怯えているリリには申し訳ないが、俺としても、リリに断られるわけにはいかない。


「す、すまない、リリ。なんとか、頑張ってもらえないか? 魔王を倒せるのは勇者のみ。そして、その勇者の力は今、リリの中に眠っているんだ……」


 俺は懇願するように頭を下げた。


 アリアが手に持ったナイフを見て、恐怖を感じているのだろう。リリは震え声で、それでもはっきりと言葉を口にした。


「人に物を頼む態度じゃないと思います!」


 手を上げて、アリアを糾弾するリリ。

 俺は意外なほど強いリリの精神力に驚いた。


「おい、アリア! 確かにリリの言う通りだ。焦る気持ちはわかるが、ナイフは仕舞ってくれ」

「はぁ……仕方ないわね」


 アリアは渋々といった様子で、ナイフを懐に戻した。


「ありがとう、お兄ちゃん!」

「いや、まぁ……うん」


 仲間の脅迫を止めて、感謝されると言うのも、なんだかなぁと思う。


「それで……俺達に力を貸してくれるか?」

「んーと、一つリリのお願いを聞いてくれる?」

「ああ、いいぞ」

「じゃあ……」


 リリはニッコリと微笑んで言う。


「お腹が空いたら、お兄ちゃんの精気を自由に食べて良い権利が欲しいです!」


 なるほど、なるほどな……。

 慣れない新天地で食事の心配をするのは当然だな。うん。

 でも、お兄ちゃんは、二人の時に相談して欲しかったよ。


 俺は迫り来る、アリア自慢の反り返りナイフを見ながらそう思った。







 激痛と引き換えに、リリに勇者として戦うと約束させた俺達は、リリの戦闘力を見る為に、近くの広場まで来た。


「さぁ、来い」


 対峙する、俺とリリ。

 俺の手には業物ではあるが、常識の域を出ない剣。リリの手には聖剣が握られている。


「どうした? 全力で来ると良い」


 俺がそう言うと、リリはパンっと頬を叩いた後、気合いのこもった掛け声と共に、距離を詰めてくる。


「やぁぁああ!!」


 ぎこちない動きだ。

 俺にもこんな時があったなと微笑んでしまう。


 リリの姿に気を抜いてしまった俺は、剣を構える前に接近を許してしまう。とは言っても、交わすのは容易い。

 俺は剣を構えることなく、ひらりと交わし、剣の行方を眺めていた。


 すると。


「……え?」


 聖剣が地面に突き刺さると同時に、爆音が鳴り、地面は砕かれ、その衝撃でリリは明後日の方向に飛んでいった。


「お、おい、大丈夫か?」

「ええ、衝撃で気絶してるだけね」


 すぐさま駆け寄り、回復魔法を唱えていたアリアがそう答えた。


「威力がおかしくないか?」


 リットですら、初めの頃は地面を砕くなんて真似は出来なかった。

 研鑽を積んで、力を高めてきたのだ。

 しかし、リリは勇者の力を得てからまだ日が浅いはずなのに、この威力。何かカラクリがありそうだが、俺に思い当たる節はない。


「紋章を受け継いだのではなく、リットの能力全てを受け継いだのかしら?」

「魔力や腕力もってことか?」

「ええ……技量は受け継いでいないみたいだけど、ど素人同然の技量でこの威力よ……」


 アリアは表情が険しくなる。


「急に力を手に入れて、調子に乗らなせれば良いのだけど」

「だ、大丈夫だろ。リリは素直な良い子さ」


 アリアは少々悪い方に考えすぎているだけだ。

 そう思って、リリに目をやる。


「ぐふふふふ……」


 アリアの腕の中で眠っていたリリは、意地の悪い笑みを浮かべていた。

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