天使と悪魔のメイド協奏曲(コンチェルト)

蒼色ノ狐

天魔メイド戦争

(どうしてこうなったんだろう)


 心の中で俺こと天野真桜(あまのまお)はそう口にする。

 俺のぐちゃぐちゃな脳内のように荒れた部屋。

 キレイとは言えないが、それでもある程度整頓していた元々の姿は見る影も無い。

 ……それと言うのも。


「だ~か~ら~! コイツは魔王になるんだって! 天使って本当に融通が利かないんだから!」

「ワガママな悪魔に言われたくありません! そもそもこの方は勇者になるんです!」


 俺の目の前で争っている二人の超が付く美少女たちが争ったからだ。

 それもただの美少女ではない。

 天使と呼ばれた少女の背中には白い翼が生えていて、頭には輪が浮かんでいる。

 そしてもう一人の悪魔と呼ばれた少女の背中にはコウモリのような羽、そしてお尻付近には特徴的な尻尾が生えている。

 どちらも本物にしか見えない。

 と言うより知らないコスプレイヤーが俺の部屋にいる方が怖いので、信じるしかない。

 この二人は、本物の天使と悪魔だと。


「……」


 そう。

 信じてはいるが。


「二人とも。ちょっとそこに座りなさい」


 部屋を散らかした分は怒らないといけない。



「つまり要約すると。俺には勇者にも、そして魔王にもなれる資格があって? 二人はそれぞれ勧誘しに来た。それでオーケー?」


 コクコクと二人が物凄い勢いで頷く。

 ただの高校生である俺にそこまで怯えるところを見ると、信じがたいが本当なのかもと思えてくる。


「で? たまたま勧誘しに来たところで鉢合わせしてそのままバトルに突入。俺の部屋が戦場になった、という事でいいよね? アリエルさん? リリさん?」

「も、申し訳ありません」

「もうゴメンって。しつこいのは嫌われるよ?」


 深々と頭を下げる天使のアリエルさんに対し、フランクに接してくる悪魔のリリさん。

 それぞれのイメージらしい反応をする二人に俺は怒る気力を失った。


「まあ部屋は片付けてくれるなら文句ないけど。もう二度と戦わないでね」

「は、はい!」

「オッケー」

「よし」


 そのまま話は終わり、部屋は片づけられ二人は帰っていった。

 ……そんな流れだったらどれだけ良かっただろう。


「それで?」

「え?」

「いえ、え? ではなく。どちらを選ぶ気なのですか?」

「……やっぱり、決めなきゃダメ?」

「「当然」です」


 君たち本当は仲がいいだろ? と言いたくなるようなタイミングで選択を迫ってくる二人。

 じりじりと距離を詰めてくる二人に攻守逆転した俺は戸惑うしかなかった。


「いや、いきなりそんな事を言われても……」


 ゲームじゃないんだからいきなり勇者か魔王か選べと言われても決断が出来る訳がなかった。

 そんな俺の様子にアリエルさんは呆れたようにため息を吐く。


「全く。この二択ならば勇者にするべきなのは明白なのに。煮え切らない人ですね」

「うっ!」


 その言葉が矢にになって俺の心を貫く。

 だがその状況を作っている一人に言われたくはなかった。


「ふ~ん? そう思うなら諦めたら? こっちが貰っちゃうから♪」


 リリさんはそう言うと、俺の右腕に抱きついてきた。


「えっ!? ちょっ!?」

「な、ななな何をしてるんですかアナタは!?」

「え~? ただ抱きついてるだけだけど~?」


 リリさんがそう言いながら更に密着度を増してくる。

 すると露出度の高い服を着ているためにチラチラ見えていた褐色のお山が形を変える。


(う、わぁ……)


 生涯経験する事のないと思っていた経験と感触に言葉の出ない俺に、リリさんは畳みかけるように耳打ちしてくる。


「ねぇ~。こっちに来ようよ~。ガチガチ頭だらけの天界と違っていい所だよ、魔界はさぁ~」


 リリさんの甘ったるい言葉は、まるで毒のように俺の耳を侵食していく。

 思考が支配されるような感覚のなかでアリエルさんがプルプルと体を震わしているのが見えた。

 それに気づいているだろうに、リリさんは追撃を止めない。


「そ・れ・に♪ 魔王になったら何でもやり放題だよ?」

「やり……放題……?」

「そうそう♪ 食べ放題、飲み放題♪ そ・れ・に♪」


 さらに口を耳に寄せて、リリさんは最終兵器を出す。


「夜のお相手も選び放題♪」

「!?!?」

「当然だよ? 魔王は魔界で一番なんだから、一番モテるんだよ~? ……で、どうする? 今なら頷くだけでいいんだけどなぁ~?」

「い、行きま……!」


 完全にリリさんの言葉に頷きかけたその時だった。


「だ、ダメです!」


 アリエルさんが俺の左腕に抱きついてきた。


「え、ちょっ!?」


 流石に想定外だったのか動揺するリリさん。

 一方俺はと言うと。


(や、柔らかい……!)


 左腕に伝わる柔らかさに絶句していた。

 リリさんのお山は決して小さくはない。

 例えるなら富士山のように美しいお山だ。

 しかし、上には上があるものである。

 そう、アリエルさんのお山は例えるならモンブラン。

 アリエルさんの肌のように白く、しかし雄大なそのお山の柔らかさに思考が停止しかける俺の右側で、リリさんが怒り始める。


「ちょっと! 真似しないでよ! 大体さっき」

「少し黙っててください!」


 アリエルさんがそう言うと、光るテープのようなものが現れリリさんの口を縛る。


「~~~!!」


 しゃべれなくなったリリさんを横目に、アリエルさんは俺の目を見ながら訴えかける。


「そ、その。た、確かに天界は規則が多いですが。美しいところですし、食べ物も美味しいですし。そ、そのび、美人も一杯いますよ?」

「うっ!」


 正直先ほどに比べれば余り魅力的には聞こえない。

 だが、顔を赤らめ必死になって俺を説得しようとするアリエルさんの姿に俺はときめいてしまう。


「そ、それに! 勇者には一人補佐として天使が付きます!」

「は、はぁ」

「そ、その! もし私を選ぶのでしたら!」


 そう言って潤んだ目で俺を見上げながらアリエルさんは。


「私だったら、何をしても構いませんから。どうか天界を選んでくれませんか?」


 そう懇願してきた。

 それに対して俺は。


「……」


 一瞬、意識を失っていた。

 だって考えてもみて欲しい。

 アイドルですら霞むような、一生手が届かないほどの美少女が。

 何をしても構わないと言っているんだぜ?

 天使だけに昇天ものの必殺技を繰り出したアリエルさんに俺は頷こうとする。


「ちょっっっと! 待ったぁぁぁ!」


 光るテープを引きちぎりながらリリさんがアリエルさんを睨みつける。


「さっきから聞いてれば天使! 悪魔ことバカに出来ない誘い方じゃない! それにさっきは煮え切らないとか言ってたじゃん!」

「そ、それとこれとは別問題です! それとそちらの爛れた誘いと一緒にはされたくありません! 凄く恥ずかしかったんですから!」


 そうお互い叫び合うと、突如俺を綱の代わりにした綱引きが始まった。


「とにかく! この方は天界に来て勇者になります!」

「違うのー! 魔界で魔王になるのー!」

「~~~~~~~~~~!!」


 俺の声にならない叫びが聞こえないのか、二人はますます力を込めていく。

 このままでは勇者にも魔王にもなれないであの世に直行だった。


「っ~仕方ない!!」

「うおっ!?」

「きゃっ!?」


 と思ったが突然リリさんが俺の手を放す。

 すると当然、アリエルさんの方に体が傾く。

 バランスを崩したアリエルさんを巻き込んで俺は倒れてしまう。


「だ、大丈夫ですか?」

「ふ、ふぁい」


 たまたま。

 本当にたまたまアリエルさんのお山がクッションになってくれたおかげで怪我をしないですんだ。

 柔らかさと罪悪感を感じながら、仕方なく俺はアリエルさんから退く。


「何をするんですか! 危うく怪我をされるとこでしたよ!?」


 アリエルさんは自分よりも俺が怪我しかけた事に怒る。

 できれば俺で綱引きする前にその考えにたどり着いて欲しかったがとりあえず今は黙る事にする。

 一方でリリさんは何故か自信満々の様子でこっちを見ている。


「ねぇ天使? 人間の三大欲求って言える?」

「いきなり何を? 当然知っています。食欲、睡眠欲、せ、性欲の三つです」

「だよね~。じゃあさ、これも知ってる?」

「「??」」

「人間、いや生き物である以上。性癖って変えられないんだよ♪」


 そう言ってクルリと一周回ってみせるリリさん。

 すると露出の激しかった悪魔らしい服装が、光に包まれ別の何かに変わった。


「「!?!?」」


 そして姿を変えたリリさんの姿に俺だけじゃなくてアリエルさんも驚愕した。


「フフーン♪ 随分とイイ趣味してるね♪」


 そこにいたのは間違いなくメイドの衣装を着たリリさんであった。

 そう。

 何を隠そう俺は大のメイド好きだ。

 一度でもいいからメイド喫茶に行けたら人生に悔いはないと言えるほどに!

 だが!

 いま目の前に!

 悪魔でメイドという属性がいる!

 その事に俺は歓喜の涙が自然と溢れた。


「は、破廉恥です! そんな恰好! 恥ずかしいと思わないのですか!?」

「ぜ~んぜん? むしろちょっと気に入ったかな~?」


 そう言ってリリさんは俺に見せびらかすようにメイド服をヒラヒラさせる。

 しかもミニスカートでニーソを履いているという事実が、ツボを激しくプッシュする。


「あ、あ……」

「ふ~ん? 魔王さまも気に入ったようだし、魔界行こうか」

「ち、ちょっと待ちなさい!!」


 最早生きる屍となった俺の手を引こうとするリリさんを、アリエルさんが呼び止める。


「え~何か用? メイド服に着替える勇気すら持てない臆病者の天使さん?」

「っ~~!!」


 もう勝ったつもりのリリさんは激しく挑発する。

 顔を真っ赤にしたアリエルさんを放置して俺を連れて行こうとするが。


「着替えます。着替えればいいんでしょ? ええ! 着替えてみせますとも!!」


 そうヤケクソ気味に叫ぶアリエルさんを光が包む。

 そして光が収まり、立っていたのは。


「って。普通のメイド服じゃん」


 いわゆるクラシカルなメイド服に身を包んだアリエルさんであった。


「し、仕方がないじゃないですか! これでも勇気出したんですよ!?」

「でもこれでこっちの勝ちは決定だね♪ ね~魔王さま~♪」


 そう叫ぶアリエルさんを見て俺はただこう言った。


「クラシカルなメイドさん……いい」

「えっぇぇぇぇぇ!?」


 叫ぶリリさんとガッツポーズを取るアリエルさん。

 ……このタイプのメイド服も好きなんだ、仕方がないだろ?


「くっ! まさかこんな露出の少ないメイド服も守備範囲だったなんて!」

「こ、これで条件はイーブンです!」


 ドヤ顔をしながら大きな膨らみを揺らすアリエルさんに見惚れる俺に再び二人が詰め寄る。


「……そうね。これで負けたら流石の天使も文句は言えないわよね」

「それはこちらのセリフです。では決断の時です」

「え、えっと……」

「悪魔でミニスカメイドな私がいる魔界か?」

「天使でクラシカルなメイドな私がいる天界か?」

「「どっち?」」


 ある意味。

 それは極限の選択であった。

 究極な肉料理か?

 それとも究極なデザートか?

 そう問われても両方が好きな人間なら選びようがないのだから。

 だってそもそもが比べようがないものなのだから。

 俺にとってこの選択はそういう事なのだ。


「あ、あの……」


 だからと言って選ばない訳にはいかない。

 選ばなければあの人間綱引きが再開されるかも知れない。

 そんな恐怖を感じつつ俺は取り敢えず時間稼ぎをするために。


「ふ、二人とも似合いすぎて選べないなぁ~なんて」


 といってお茶を濁す。

 二人とも怒ると思うが、その間に考えをまとめられる!

 と、いう計画であったが。


「に、似合ってますか。……そうですか」

「……ふーん? まあ当たり前の事を言われてもねぇ」

(あれ? 二人ともまんざらでもない?)


 顔を赤くしているアリエルさんもだが、リリさんも口では何でもなさそうにしているが尻尾が左右に揺れている。

 もしかしたらこのまま褒めていけば何とかなる?

 そう考え、口にする前にアリエルさんが発言する。


「ま、まあいきなり来て決めろというのも酷ですね」

「……そうね。ここは一旦引き分けにしましょ」

(よ、よし!)


 願ってもいない方向に話が進み、内心喜ぶ俺。

 メイドは好きだが好き好んでこの世とおさばらしたい訳じゃ無い。


「では、第二ラウンドと行く?」

「そうですね」

「……はい?」


 また予想しない方向に話が進み、変な声が出てしまう俺。

 そんな俺を置いて、話はドンドン進んで行く。


「勝負はメイド勝負。どっちがメイドとして魅力があるか、外見だけじゃなくて行動で判断してもらうって事でどう?」

「賛成です。ですが肉体的接触は可能な限りは避けるようにしましょう。細かいルールはこれから詰めるという事で」

「フフフいいよ♪ 規則でガチガチな天使に、メイドなんて勤まるなんて思えないし♪」

「今のうちに吠えてなさい。無秩序な悪魔などすぐにメイドに飽きるに違いないのですから」

「「……」」


 どうやらメイド勝負は続くらしい。

 しかも流れ的にはここに住むつもりでもありそうだ。

 そんな中で俺は。


(やっぱ。メイド服っていいよな)


 考えを放棄して目の前のメイドさん二人で目を肥やすのであった。



 —ずっと天界から見ていた。

 —ずっと魔界から見ていた。


 —その時からずっと恋焦がれていた。

 —その時から一緒になりたかった。


 —彼が勇者の資格があると知って感謝した。

 —彼が魔王の資格があると知って心底喜んだ。


 —だからこの役目が来た時は運命だと思った。

 ―だからこの役目が来た時はチャンスだと思った。


 —例え同じ想いの悪魔がいても関係ない。

 —例え同じ考えの天使がいても問題ない。


 —この勇者の心は。

 —この魔王の心は。


 —私のものだ!

 —私のものだ!



 それぞれの想いの元で動き出す時間。

 その先に待っているのは幸福か、それとも別の何かかも知れない。

 それを知る者は天使にも悪魔にもいない。

 何故ならこの物語は始まったばかり。

 そう、言うならば。


 —―メイド協奏曲の始まりに過ぎないのだから。




 あとがき

 という事で人生初の短編。

 如何でしたか?

 少しでも面白いと思ってくれたなら幸いです。

 もし人気が出れば長編で出すかも知れません。

 感想、意見、レビューは何時でもウェルカムですのでお願いします。

 では、また別の作品にて会えたなら嬉しいです。

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