紡ぎ紡がれ(つむぎつむがれ)

 あの不幸な事故の後にそれとなくRAINや電話などで連絡を取ることが多くなった。同時に迎えに行っては高山市内や郡上八幡、岐阜市内へと2人で遊びに行くような関係へとなるまでにも、それほど時間は掛からなかった。

 何十回目かの買い物帰り、白川郷インターの道の駅で温かい珈琲を買って車内で2人で飲んでいると、真っ赤な顔をした友子から「好きなんです」と短い告白を受け、しっかりと抱きしめてそれに答えた。

 3回目あたりくらいでだろうか、友子から両親が交通事故で亡くなてしまっていること、髪の毛や顔に先天性部分性白皮症と呼ばれる症状があること、それによって数多くの嫌な思い出があること、そして一緒に居て視線に晒されることもあるかもしれないと聞いたが付き合って今に至っている。


 とても素敵な女性であることに変わりはないのだから。


 出会った時にも気にならなかった、そして友子と過ごしていくうち、そのすべてが愛おしくなり、とても好きになってしまっていた。


 乙女ではないが、恋に落ちるとはこういうことではないだろうか。


 出会いの一歩目を知らせてくれたに等しい和樹には、件の子である友子と恋仲になったことをいつものように飲みながら店先で報告した。喜んでくれたが友子の年齢を聞いて「この果報者め」と悪態をつかれてしまう。

 

 友子は一巡りほど年齢が下なのだ。私が33歳、智子は20歳になったばかりである。

 

 落ち着いた容姿と話し方にてっきり同世代だと思っていたが、会話の端々にどうにもこうにも学生時代に流行ったものがズレていた。確か1回目の買い物くらいの時に、互いに誕生日を何気なく聞いてこちらが固まったが、友子はこちらの年齢を知っていたようで特段気にも留めていなかったらしい。

 やがて身体を重ねるようになっていくと互いの関係は安定を求めるように至り、1年後、告白を受けた道の駅で今度は私から「結婚してほしい」とプロポーズをしてOKを貰い、いまの関係へと成ったと言う訳だ。


「友子、お蚕さんて今でも飼えるのかな?」


 囲炉裏端で友子の肩を抱いたままで短くそう言ってみる。


「どうなんでしょう、でも、きっとできるんじゃないかしら。畑には桑の木が数本は残っていますし…」


「まぁ、趣味になるだろうけど、家が記憶として覚えているのなら、実際に育ててみるのも良いのかもしれないよね」


「でも、いきなりどうして?」


「この家で出会って夫婦になって今があるから…家が記憶を覚えているのなら、実際にそれをしてみるのも良いかもしれないと思ったんだ。そうしたらこの出会った家に対して恩返しになるんじゃないかと思ってさ」


「恩返し…ですか」


「うん、それに実際に育ててみて糸を紡いでみたいなとも思って」


「繭玉から生糸をのあれですか?」


「そうそう、それを2人で紡いでみたい、そしてずっとして行ってみたい。いつまでも仲睦まじく紡いでいけるように…、なんて恥ずかしいことを言うけれど」


「素敵だと思います。私もしてみたいです」


「じゃぁ、祖父母さんにも聞いてみて、できるならやってみようか」


「はい」


 囲炉裏端の炭がパチリと爆ぜて音を立てた。

 お蚕さんの成長過程は中学校で習ったから知ってはいた。桑の葉を沢山食べて何度かの脱皮を繰り返し、やがて、繭玉を作り絹糸を生み出だしていく。通常は1頭で繭玉を形成するが、中には2頭で力を合わせて繭玉を作ることもある。自然界で自ら暮らすことはできず、必ず人の手が加わらなければ生きていくことは難しい。

 

 夫婦の関係も同じようなものだ。

 

 これからきっと何度か衝突することもあるだろう、そして、数多くのことで悩んで答えを出しながら、進んでいくことになる。お蚕さんの脱皮のようなものだ、その都度、互いを慈しみながら成長していくしかない。やがて、温かく柔らかな繭玉のような家庭を営んでいくようなりたい。


 合掌造りの家を守ることも大変なことだが、夫婦で頑張れば乗り越えてけるだろう。何十年かに一度、茅葺の屋根を葺き替えねばならないが、例えるならそれは繭を新しく作ることに似ているのかもしれないとも思う。


 この家は私達の籠だ。


 2頭で必死に糸を紡ぎながらこれからゆっくりと繭玉を形成していこう。


 この素敵な友子の肩をずっと抱きしめて行けるようにして。


 

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桑の葉を食む音 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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