第四話「警備員さん」

 私が暗い夜道を歩いていた時のことです。


 深夜までもつれ込んだ残業を終えた私は、疲れから頭がボーッとしたまま帰路についていました。もともと人通りの少ない道ではありましたが、辺りに注意を払わずに歩いていました。だから、いつもなら立ち止まる横断歩道の赤信号も、その日は赤になっているのにも気づかずにフラフラと渡ろうとしてしまいました。その時です。






 横断歩道に足を踏み出していた私の身体を、突然何者かが押し戻したのです。




 はっとして正気に戻った瞬間、目の前を車が猛スピードで通り過ぎていきました。私は驚いて尻もちをついてしまいました。


 ……危ないところでした。こんな時間帯、車もほとんど通らないので普段なら問題なかったのでしょうが、この日は珍しく車が走っていたのです。車の方も、そもそも車道の信号は青なわけですし、こんな時間帯に歩行者がいるとは思っていなかったのでしょう。かなりの速度を出して走っていたようです。私は「あと一歩遅かったら」とヒヤリとしながら、尻もちをついたまま束の間呆然としていましたが、そういえば私を押し戻してくれたのは誰だろうと、ふと上を見上げたんです。顔は暗くて見えませんでしたが、警備員さんらしき人がこちらを見下ろしていました。

 普段は警備員さんなんていないのに、たまたま近くで工事でもしていたんだろうか。なんにせよ助けてもらったことにお礼を言おうと、私は立ち上がりました。不注意を怒られるかもしれませんでしたが、それでも言わねばなりません。






「あの、ありがとうございます。」


 私は声をかけました。
















 しかし、そこに居たのは警備員の格好をした、普段は近くの電柱の横に設置されているはずの交通安全人形だったのです。

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