2024年4月 ばたんきゅー(仕事の話)
前回、お母さんと一悶着あってから、限界ワナビお父さんは一旦筆を置くことにして、仕事と家庭に注力していた。それでも、家庭の家事育児ではたまにミスしてお母さんを激怒させるし、死んだ顔で家事育児をしていることも多い(らしい)。
「そんな疲れるほど家のことしてないよね」
「……申し訳ない、仕事が忙しくてですね」
「具体的には?」
「ええと、直属の『ゾンビくん』が──」
◇◇◇
某月某日。お父さんの職場に変化あった。
お父さんの勤務先はそこそこのブラック企業である。にもかかわらず地元では100年続く優良企業で通しており、「年間休日は○日! 年間有給取得日数も平均×日! 三年以内の退職率も△%!」(※)と盛んにアッピール、便利な奴隷──おっと、優秀な若者を獲得しようと必死である。
※ 年間休日、有給取得、離職率
年間休日……休日も事前の申請なく社屋に入ることが可能で、不夜城と化しているフロアもある。サービス出勤が横行している企業風土で年間休日もクソもない。年間有給取得率……出退勤の管理が紙管理なのでやりたい放題。年度末には、出勤していると思ったら裏では有給を消化させられていた、という狐につつまれたような状況の社員が続出する。離職率……休職者は当然、離職者としてカウントされない。
甘い言葉に騙されて入社した若者たちは、各部署へ出荷。男は安い労働力として、女は観賞用として。そして前者のほとんどは、遅かれ早かれおかしくなる。つまり、異常な環境に順応して、異常な精神状態で奴隷として働き続けるか、適応することができずに休職するか。そして休職した者はそのうち自己都合で退職してもらえばよい──これで世間では優良企業と呼ばれているのだから笑い話だ。
「休んでいた○○君が来週から復帰します。みなさん優しくしてあげるように」
課長の微妙な言葉が始まりだった。
先ほど「休職した者はそのうち自己都合で退職」と書いたが、時代はかわり、正社員の地位を利用して会社にしがみ続ける者が現れ始めていた。
お父さんはまったく詳しくないのだが、どうやらお父さんの会社は制度上、休職中も給与の何割かというけっこうな『見舞金』がもらえるらしい。それも長期間。
働かずして金がもらえる。なら、長期の休職と短期の復帰を繰り返せばいいじゃないか。正社員の権利は強く、会社側も簡単には辞めさせられない。更には「あなたのパワハラのせいで、病気が再発しちゃいますよ? 」という最強の脅し文句もある。
復帰しても腫物扱い、まともに仕事もせず、気に入らないことがあれば組合に泣きついてまた休職──休職と復帰を繰り返す者たちを、職業的ゾンビ(※)と呼ぶ。
※ 職業訓練ゾンビ
優良企業面したブラック企業が生み出した悲しきモンスター。意図的に制度を悪用する者を指す。病気で苦しむ方々とはまったくの別物。ちなみに、お父さんも前職で鬱になり、サビ残300時間をこえた翌月に診断書をとって辞めている。ただ、お父さんの場合は実家でニートしてたら治った。オタクにとって一番の薬はニート生活か。
○○君──ゾンビくんと呼ぼう。三十路になる彼もまた、そんな一人だった。
いくつもの部署を渡り歩き、幾度かの休職を経験した無敵の人。今回、診断書が出なかったとか何とかで、休職事由が消滅し、職場復帰することになったらしい。お父さんからすると同じ課ではあるが別グループで、これまで一切関わりはない。
「今日から復帰しました。ワナビさん、よろしくお願いします」
「よろしくおねしゃす」
なんか知らんけど、ゾンビくんはお父さんの下についた。
しかも、別グループから押し付けられた仕事というオマケつき。
お父さんは平社員なので、正確には部下ではない。単なる何世代か下の後輩だ。そういえば、お父さんが入社した数年後、大幅給与アップで求人が出されており、何ならゾンビくんの方がいい給料をもらっている可能性すらある。それでいて、課長の勅命によってゾンビくんと追加の仕事のお守をしなければならない。そりゃないぜ。
肩を並べて仕事をするようになって数日。
残念ながら、ゾンビ君の仕事ぶりは前評判の通り、ウンコだった。
事務処理能力はともかく、やる気がないのがブチギレ案件だった。上には強く異動願いを出しているらしいようで、教える気も失せてくる。お父さん自身がゾンビくんの手の回っていない仕事を処理した方が数倍早いし、ストレスも少ない。
ゾンビくんは毎日、最小限の仕事をして、合間に30分単位の離席(n回)とニュースサイト巡回を繰り返し、定時1時間前になると「今日もお仕事がんばった」みたいな顔をしてコーヒーを飲みつつ帰り支度を始め、定時になった瞬間に帰っていく。その隣では一日中、お父さんが割と真面目に働いていた。
ある日、遂にお父さんはゾンビくんに声をかけた。
「少し話そうか」
「……」
「もうちょい、仕事がんばってみない?」
「……」
「それとも何か、プライベートで没頭してることでもあればいいんだけどさ」
「……」
「実は僕ね、『ラノベ』ってやつを書いて、本気で作家になりたいと思ってる」
「……」
「まぁ、書いてても苦しいし、結果が伴わないのはつらい。それでも、馬鹿みたいに楽しい瞬間がチラホラあるんだよね。だからやめられない」
「……」
「でも、なんでこんなに楽しいんだろう? って一度考えてみたことがあって」
「……」
「20代の頃、僕はニートしてて、その頃にも少し書いてたんだけど。でも、楽しいと思える瞬間はほとんどなかった。ゲームやアニメに逃げて、結局、書くのは後回しにして。数本送ってそれっきり。きっと『いつでも書ける』と思っていて」
「……」
「今は時間も体力も限られてるんだけどさ。そうなって、やっと気づいたんだよね。ニートの頃とは真逆の状況、それでもやってみたいものだったんだって──だから今は本気で書いてて、苦しい中にも最高に『楽しい』瞬間があると思ってる」
「……」
「仕事中でも、『これ作品に活かせないかな?』ってことが多々あったり(笑)」
「……」
「仕事をがんばってみると、案外、プライベートも充実するかもしれないよ?」
「……あ、……あ……。ワナビさん……」
「人生で大切なことが見つかるといいね」
「ワナビさん……俺、がんばってみます……!」
というようなラノベ展開など、あるわけがなかった。
話す機会はあったが、深い話はしていない。幸いにもこの時期は閑散期であったため、どうにかなる仕事量ではあった。しいて言えば、ムカついただけ。
◇◇◇
そして──出会いと別れの季節。
内示が出て、ゾンビくんは当然のように別の部署への異動が決定。
かわりにやってくるのは、意外にも貴重な新卒くんだった。マイナー部署である当課への新卒配属とは、なかなか思い切った人事である。
そんな期待の『新卒くん』が、3月末に挨拶にきた、らしい。……らしい、というのは、お父さんにとって伝聞だったからだ。あくまで人から聞いた話である。
「人事から挨拶にいけと言われたので来ました。では」
上記の台詞を受付で言い放ち、部署の誰にも挨拶せずに帰っていったという。
お父さんは爆笑した。
面白いやつだな。さぞかし自分の能力に自信があるんだろう。
事務分担として、新卒くんはゾンビくんの後釜。お父さんとペアを組み、ついでにゾンビくんが別グループから押し付けられた仕事も引き継ぐことになった。
4月吉日。
新卒くんを迎え、新体制が動き出す。
「とりあえずこの入力やっといて」
「はい」
ポチ、ポチ、ポチ……
新卒くんは、なんと人差し指(右手)タイピングマンだった!
お父さんの部署は文書作成も多い、かなり事務的な部門である。
キーボードのQを右手の人差し指で押してる人を初めて見て、卒倒しかけたぜ!
これがほんとのばたんきゅー!
しかも新卒くんは、『分からないことをググらないタイプ』の指示待ち人間。一から十まで、小数点以下まで教える必要がある。それでいて妙に自信とやる気に満ちているのだから……まぁ、この新卒くん、他のイケイケ部署では速攻で潰されるだろう。何故こんなマイナー部署に配属になったのか、その理由が分かった気がした。
(この未来ある生意気な若者を、悲しきモンスターにしてはいけない)
そんな使命感だけで、お父さんはのどを枯らし続けた。
◇◇◇
後日、お父さんは仕事中に立ち眩みで倒れた。まじで死ぬかと思った。
会社に保健室的なところがあることを初めて知る。流石の優良企業(笑)。
原因は公私ともに心当たりが多すぎて分からないが、医者から処方された薬&大量睡眠でギリ復調したのがつい先日。気の休まらない日々が続いている。
そして、限界ワナビお父さんは再び筆を取った。
なんでやねん、と思われるかもしれないが……命の危険を感じたことで、ワナビとしての決意を新たにしたのだ。創作意欲MAXである。「公募に励めよワナビ野郎」という内なる声を無視しつつ、月一の生存報告ということで、ここはひとつ。
それではまた、健康第一で。一か月後にお会いしましょう。
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