え? 今更迎えに来たのですか? 貴方が私を捨てたのはもう5年も前ですが。

かのん(飛び犬のアイコンの女)

短編

「な、なんでだよ! お前、俺のこと好きだって言ってたじゃないか!」


 情けなく私の前で、泣きそうな顔で叫んでいるのは、私の元婚約者のベスタ―様。金色の髪の毛とエメラルドの瞳が大変美しい王子様。


 私は泣きそうな顔で縋ってくるベスタ―様に、困ったように頬に手を当てながら、正直に自分の気持ちを話す。


「そうですねぇ。毎日毎日、お前はぐずだ。お前は俺より劣っている。お前くらいの女はいくらでもいる。なんてことを言われ続けましたら……そりゃあ百年の恋も冷めるのではないかしら?」


「うっ……」


 胸に手を当てて呻くベスタ―様に、私は呆れたように言った。


「それにしても、こんなところまで来て、今更なんなのです。私は貴方様に悪役令嬢と呼ばれ、婚約破棄されて追放された身ですよ?」


「だ、だから迎えに来ただろう?」


 私はあきれ果ててしまい、ため息交じりに言った。


「迎えにって……あの、貴方様が私を追放したのは、もう5年も前じゃございませんか」


 私が16歳の時のことだ。


 公爵家の令嬢であった私マリアンヌは、第一王子殿下の婚約者として研鑽に励み、王子妃となるべく学んでいた。


 けれども5年前に、ベスター様が運命の恋を見つけたのなんだのとほざき始めて、その上私に罪をかぶせ、悪役令嬢だと罵って国外追放した。


 16歳の、まだ右も左も世の中の本当のことなど分からなかった私は、お父様とお母様にお別れを言うこともさせてもらえずに、隣国に捨てられた。


 しかも、人里離れた暗い森の中。


 その後、獣に追い回され、川に落ち、流されて……。


 あの時、私の公爵令嬢としての生は終わったのだ。


「ベスタ―様。お帰り下さいませ。私はもう公爵令嬢のマリアンヌではございません」


「あぁ。そんなことを言わないでくれ。俺はあれからひどい目にあったんだ。運命の恋だと思っていた相手は百歳を超える魔女だった! ばばあだ! そして王国を乗っ取られそうになり、どうにか魔女を追い払ったが……父上に、廃嫡された……だが、マリアンヌを生きて連れて帰れたならば、また王族に戻してくれると言ったのだ! だからはるばるこうして迎えに来たのだ! あぁ。愛しいマリアンヌ! 一緒に王国に帰ろう!」


 私は何と答えたらいいものかと思いながらも、こんな街中でそんなことを言われても、と頭を悩ませる。


 丁度今日は一週間に一度の買い出しの日なのだ。その為に森の中にある家からわざわざ街にやって来たと言うのに、こんなところでベスタ―様に見つかるとは思わなかった。


「あの、どうやってここに私が来ると知ったのです?」


「呪い師に占ってもらたのだ! あの呪いし、会ったとしても無駄だと言ったが、無駄などではない! あぁ。マリアンヌ!」


 手をぎゅっと握られ、私は顔をしかめてしまう。


 手を離してほしいけれど、振り払おうとしてもしっかりと握られており放してもらえない。


「あの、放してください! 痛いです」


「嫌だ! 絶対に放さないぞ! マリアンヌ国に帰って俺と結婚するんだ!」


 その言葉に、私が大きくため息をつきそうになった時であった。


 空が陰り、鳥の翼の羽ばたくような音が響き渡った。


 人々が悲鳴を上げ、私はしまったなぁと思いながら、空を見上げる。


「貴様……私の妻に……何をしている」


 愛しい人の、恐ろしい程に冷ややかな声に私は苦笑を浮かべた。


「ひっ! も、森の王が出て来たぞ!」


「逃げろ! なんで森の王がここにいるんだ!」


 黒い長い髪の毛に、恐ろしい程の仄暗い瞳。


 巨大な黒い翼をはためかせるその異形の姿に人々が悲鳴を上げ逃げていく。


 森の魔物達を統べるその王は、人間達からは恐れられ、魔物達からは崇拝されている。


 そんな森の王であり私の愛しい人であるディアン様は、ベスタ―様の腕を一瞬でひねり上げると、地面に叩きつけた。


「ぐはっ。い、いだい……ぐそぉ。なんだよ。なんだよこの化け物は!」


「煩い人間だな……」


 蟲でも見るかのような瞳で一瞥し、それからディアン様は私の元へと来ると、ひょいと私を抱き上げた。


 そして私の頬に愛おしそうにキスを落としてから、ベスタ―様を睨みつけた。


「この人間はなんだ。マリー」


 その声に、微笑みを浮かべて答える。


「元婚約者です」


「なんだと……お前に罪をかぶせて捨てた?……あー。殺すか」


 その言葉に、私はどうにかご機嫌を取らなければと思い、私の方から頬にちゅっとキスをし返す。


 恥ずかしさから視線を外してから言った。


「殺すのは、問題になりそうで嫌なのでおやめくださいませ。お願いです」


 ディアン様は私のお願いに弱い。案の定、小さくため息をつくとうなずいた。


「……あぁ。マリーがそう言うなら。では帰ろう」


 もうすでにディアン様にはベスタ―様のことなど、どうでもいいのだろう。


 私のことしかみていないその雰囲気にほっとする。


「あ、待ってください」


 今後会うことはもう二度とないだろうから、最後にずっと言いたかったことをちゃんと伝えよう。


 そう思い、私は口を開いた。。


「申し訳ございませんが、私、もうベスタ―様のことをこれっぽっちも好きじゃありませんし愛してもいません。貴方のような最低な男性大嫌いです」


「え? え? ま、マリアンヌ! 国に帰れば国母になれるのだぞ!」


「ごめんあそばせ。私、もうディアン様の妻なのです」


「は?」


 私は頬を赤らめると、ベスタ―様に言った。


「もう二度と会うことはございませんが、お元気で。さようなら。さぁディアン様。帰りましょうか。ちょうどお買い物終わりましたわ」


「うん……マリー。やはり人間の街に買い物に来るのは危なくないか?」


「だって、魔物の森には売ってないものたくさんあるのだもの。うふふ。妻のわがままを聞くのは夫の役目ですわよ」


「はぁ。分かった。愛しの妻の為に我慢しよう。では帰ろう」


「はい。ディアン様」


 私はディアン様の腕抱かれて空へと飛びたつ。


「マリアンヌー! お、お前がいないと、俺は、俺は国に帰れないのだ!」


 ベスタ―様の情けない声が聞こえた。


「知ったことではありませんわぁ~」


 私はひらひらと手を振る。


 青い空を愛しいディアン様と飛ぶことの心地の良いこと。


「マリー。本当に良かったのか?」


 その言葉に、私はディアン様の頬にもう一度キスをして答えた。


「もちろんですわ」


 それにしても、5年も前のことなのに、今でも自分のことを好きだと思っていると勘違いしているなんておかしな人。


 私はちらりと遠ざかっていく街を見つめながら呟いた。


「自分を捨てた人間を、どうして愛し続けられると思うのかしら」


 私はディアン様に出会って愛される喜びを知った。


 愛し、愛され、私は今人生の中で一番の幸福の中にいる。


「ディアン様。だーいすきです」


「くっ……何故ここでそのように可愛らしいことを言うのだ。家に帰るまで、我慢だ。我慢」


 自分に言い聞かせるように呟くディアン様に、私はくすくすと笑ったのであった。





★★★★

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え? 今更迎えに来たのですか? 貴方が私を捨てたのはもう5年も前ですが。 かのん(飛び犬のアイコンの女) @kanonclover

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