~海異~ 第六話

 一度、旅館へ戻ってから昼食を頂く。


 そして浜辺に戻ると、見わたす限り誰もいなくなっていました。家族連れも、学生たちも。

 まぁ万が一、盗まれてもいいか、という考えで片付けるのがめんどくさかったシートとテントだけがそのままでした。


 正直なところ、ワンタッチで開く簡単なテントなのですが直すのがいつも苦手なあなた。太いハリガネのようなものが丈夫な生地の中に入っていて、それが開くときはバサッとハリガネの反動で左右にハの字で開くのですが、収納時にはその反動が抵抗となり跳ね返されるように上手くいかず、少しストレスなのが正直なところなのでした。


 だれも居なくなり寂しい浜辺ですが、貸し切りのようなこの状況はまた少し心が高揚するものです。



 テントから海のほうをみると、海水が大分と引いていました。遠く離れてしまったテントをもう少し波打ちぎわまで近づけるついでに、誰もいなくなったのでもっと中央のほうへと陣地も変えたくなりシートを畳みテントの中へ放り投げました。生地とハリガネだけのテントは、あなた一人でも十分に持ち上げられるほどなので軽々と移動できます。


 そのあいだ、晴斗は引いた潮から剝きだしてきた崖下の岩場を散策していました。


 新たな陣地を決め、テント内の四隅へ風止めでもある荷物や足や体を洗い流す用にペットボトルにいれてきた真水などを置き、シートも引き直していきます。


 すると


「みてみてー」


 晴斗が、あなたの見かけたことのない大人サイズのビーチサンダルとクロックスを片方づつ履いてやってきました。


「え?誰の?」


「わかんない、あっちにあったよー」

 岩場の方を指さして言います。


「誰かの忘れ物かなぁ・・・」

 とりあえず、人の物かもしれないし汚そうでもあるし、履いて遊ぶのを制止させて元の場所に戻してくるように言いました。


 シートも引き直し終え、日焼け止めをまた塗りなおそうと先ほどのビーチサンダルを岩場へと戻させた晴斗のもとへと向かいます。浅瀬で海水を蹴りあげながら歩く晴斗を、日焼け止めを見えるように掲げながら呼びつけると


「ねぇ、これほしいー。もういっこ、いっしょにさがしてー」


 なんと今度は戦隊ヒーローものの絵があしらわれた、晴斗がいかにも好きそうなサンダルと、もう片方の足にはを履いてやってきました。


「え?!それも落ちてあったの!?」

 この綺麗に清掃されている浜辺に、そんなものがこんなに落ちている、もしくは捨てられているのも不自然でした。


「うん、なんか、いっぱいあるよー」

 あなたは、赤いハイヒールをどこかで見たことがあるような気がしましたが、思い馳せることが恐ろしくて考えないようにし、そしてなぜかとりあえず戦隊ヒーローのサンダルを探しているスタンスで岩場周辺を探ります。


 探しながらもつい・・・


《クロックスやサンダルは、日焼けで色あせていたり傷だらけだった。だけど、赤いハイヒールは、まるで・・・》


 そこで何度も思考を停めます。ありえない、そんなわけがない。と。

 そう、キレイな状態、まるで買ったばかりのように・・・・・・

 そして、見たことがある。色あいも形も似ている。つい先ほどに。朝方に。ここに来る前に。旅館前であなたは会釈し、そのとき目に入り込んできた女性の足元で目立っていた赤いハイヒール・・・・・・


 そんなことを”考えないように”しながら、必死に平静を保つ努力をしているうちに何個も靴やサンダルが見つかっていく。その中に、崖上でみた同じタイプのシューズを見つけて、拾い上げてみた・・・・・・


 刹那、あなたは絶句し血の気が引きます。急いで晴斗の元へ走り、晴斗を抱えながら履いているサンダルを脱がせ、テントも荷物もそのままで旅館へと戻りました。その間、ひと言も声を出すこともできませんでした。


「どうしたの?」


 何度かあなたに抱え込まれながら晴斗が不思議そうに聞いてきます。しかしそれに返事をすることも出来ないほど、あなたは焦り、心は震えあがっています。


 晴斗を抱えながら、急な坂道を休みなく登り切り旅館へと飛び入りました。


「はぁ、はぁ・・・すいません!だれか!」

 大きな声で人を呼び出しました。晴斗もビックリして不安な表情をし、あなたをずっと見つめています。すぐに女将さんがでてきてくれてあなたは説明をし出しました。


「あの!すいません、あの・・・」

 安堵と焦りの両方から、うまく言葉がでてきません。


「あの、とにかく・・・見て下さい!ついてきて!」

 咄嗟に言葉がまだ出ず、とにかく見てもらった方が早いと思いそう言って戻ってきた道をまた戻ります。


 女将さんは着物なのもありますが歩みが遅く、また焦る気持ちが強くなってきます。


「早く!」

 小刻みに、一応にまるで競歩のごとく走ってきてくれる女将さんですが、ただしかしその女将さんの表情は無表情です。あなたはこんなにも狼狽しているのに。冷静、平静な反応に少し苛立ちを感じながら駆り立てました。


 晴斗を旅館の入口に置いてぼりにしてきてしまいました。しかし、きっと旅館の他のスタッフが気づいてくれると祈ります。なにより、子供に”アレ”を見せるわけにもいきません。



 再度、岩場へと到着したあなたは女将さんを待ちます。前方の約十メートルほど先には、さきほど投げ捨ててきたスポーツシューズが落ちています。あなたはそれ以上、靴に近づきたくなかったのです。



「女将さん!あの!あの靴!」

 後にあなたのもとへやってきた女将さんに見せるように指をさします。


「あの靴・・・中に・・・『足』が!『人の足』が・・・・・・」

 女将さんはスタスタとシューズの方へと歩いていきます。


 座り込み、覗き込み、シュータン部分を親指と人差し指で摘まみ上げました。


 そして、そのままこちらへやってくるので、あなたは怯みながら少し距離を置くように後ずさりします。あなたがいた場所に到着した女将さんはあなたの顔を見るや否や、ニコッと笑顔で


「・・・なるほど、かしこまりました。警察には連絡を入れておきますので、安心してください。なにも気になさらず、引き続きおくつろぎとお楽しみ下さい」


 そういって何事もなく、優雅にスタスタと旅館へと戻っていきます。履いたままの人の生足が詰まったシューズの靴紐を、まるでお土産をひっさげて帰るお母さんかのように・・・・・・


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